第4話 神を殺すファンファーレ
「な、何でフレイヤ様を殺すのですか!? 貴方はいったい何者なんですか……?」
当たり前の反応だ。
何故神を殺すのか? 信仰者にとっては最大の疑問である、そして最大の怒りだ。
「……出来れば、訊かないでほしい。確かにミリア、お前はシスターでそれもフレイヤを信仰している教会のシスターだ。だが――俺は並々ならぬ事情を抱えている。その為には神を殺すことすら厭わない」
堂々と宣言した。進行している神を殺すと、目の前で言われたシスターがいただろうか?
ミリアは絶望の表情を浮かべて、立ち尽くしていた。さっきまで気前よく話してくれた人が、急に表情を豹変させたのだから――。
「それでもっ‼ 私は許しません! 何で神を殺すなんて簡単に言えるのですか? フレイヤ様は私たちに恩恵を授け、この帝国を創った恩師のような存在ですよ? そんな崇高な存在を、何故否定するのですか?」
困惑のあまり、ミリアはロアに接近する。ロアはミリアの瞳を覗く…よく見ると、ミリアの瞳には悲しみと怒りが渦巻いているのが分かる。
そんな悲しい瞳をさせるつもりはなかった、ロアだって本来は神を殺すなんて言う大罪は犯したくなかった――だが、ロア…否、ロアとリアは今世界の命運を託されているのだ。
世界が終われば何もかも崩壊する。そんな事態になるぐらいなら、ロアは神を殺す方を選択する――そう、決意したのだ。
しかし、そんなこと言えばきっと公にそれが露呈する――――実は、ロアはギルドを出る前に、カインから話をされていたのだ。
†
「なぁ、ロア。お願いがあるんだ」
「何だ?」
リアが部屋を出た後…ロアとカインは話をしていた。
「実は――このことは公には公開しないでくれ」
「何でだ? 世界の命運がかかっている旅なんだ、しかも神を信仰している人間は少なからずいるんだ、多少――」
「ダメだ。〈黄昏の魔笛〉の存在は王国と【エル・レクイエム】しか知り得ない最高機密の情報だ。そんな情報を公にすれば、人々が大騒ぎになる」
カインは鋭い眼光をロアに向け、話を続ける。
「さらに、君たちが神々を殺す…なんて知られたら、このギルドも君たちも死ぬ。それだけは何としてでも避けたいんだ……だから、お願いだ」
必死に懇願するカイン。今までこんな情けないギルド長は見たことが無い――ロアはその必死の懇願に免じて、首を縦に振った。
†
――というわけで、ロアはカインとの約束で目的を離すことは一切として禁じられている状況下に置かれているのだ。
「…大丈夫だ、ミリア。俺はたとえ神を殺したとしても、絶対にお前だけは殺さないし裏切らない。…俺が、いつかお前の信仰する神を、復活させて見せる! だから、今は耐えてくれ」
「……本当ですか?」
「――ああ」
少し臭い発言をしてしまったが、ロアはこれでも真剣に答えたつもりだ。正直「神を殺す」ということを言ったのは失態だったが、これで誤魔化せれば結果オーライだ。
ロアは心の中で願う――ミリアが俺の言葉を信じてくれるように、と。
ミリアは少し距離を置いて、そして――微笑む。
「……分かりました。私、貴方の言葉を信じます! だから――絶対にフレイヤ様を復活させて、戻ってきてくださいね」
なんとか信じてくれたようだ。ロアは「ああ」と返事をし、そのまま教会を去ることにする――正直、神を復活させる方法なんて、ロアは知らない。ただのハッタリだ。
嘘はついていないと言っておきながら、結局嘘をついているという往生際の悪い男だ。
ともかく、これで神殿の居場所は判明した。リアを呼んでさっさと準備をしなければ。
†
「ただいまー……うん、何やってんだお前?」
ロアが扉を開けるとそこには、裸の少女が平然と立っていた。そう、リアだ。
神から雫をぽたぽたと垂らしながら髪をタオルで拭いている……。
「さっきそこの水浴び場で水浴びしてきた……貸し切りでしかもこの宿にも人がいなかったからそのまま来ちゃった」
「来ちゃった――じゃねーんだよなぁ、リアさんよぉ! 裸で堂々と宿を歩くなんて、痴女だぞ!?」
「お兄なら……喜んでくれるかな…って。どう? いいでしょ?」
ロアは頭を抱えて溜息を吐いた。どうしてここまで露出狂なんだうちの妹は……苦悩する。
「はぁ……そうだな目の保養だよホント、でもな? 俺以外には見せるなよ?」
「……フリ?」
ポカンっ! チョップをリアの脳天に喰らわせるロアは、軽く叱責する。
「フリなわけあるかアホッ‼ もしお前が裸が世に知れ渡ったらプレミア感がなくなるだろうが!」
何か論点がズレているように思えるが、そんなことは気にしないロア。リアは頬を膨らませてせっせこと服を着る。
服を着終えたのを確認し、ロアは神殿での顛末をリアに報告する。
「……つまり、神殿は条件によって出現する…ってこと?」
「そうだ。それもその鍵は木の葉の形をしているらしい。だから――」
「メンドクサイことになる――ってことだよね?」
あまり肯定したくない質問だが、諦念の息を吐き――。
「ああそうだ。今からこのエルフの郷の領域内を片っ端から探すぞ。拒否権は、無い!」
予め、退路を塞いでおく。リアはどうせ嫌がって部屋にこもるんだ、だったらこうしておいた方が効果的だろう。
「む……分かった。でも、お兄、一つ言っていい?」
「何だ、何か奢れってか? それなら――」
”それなら奢らないぞ”…そう言おうとしたその時、リアがベッドの横に立ててあった『アストラル・テン』を手に持ち、ロアを差す。
「探索スキルの”インヴィジョン”を使えば……効率的じゃない?」
「………もしやお前、天才か?」
ロアは盲点だった名案を発見したリアに、腑抜けた質問をする。そして、この方法を見事に採用し、早速実行する――。
「”インヴィジョン”……」
リアは『アストラル・テン』を持って、探索スキル”インヴィジョン”を起動する。今現在、リアの脳内にはエルフの郷全領域の地図が展開され、その上に魔力を感知する波がある。
この波が乱れた時、強い魔力を発見したということになるのだ。つまり、波が大きく乱れれば、それはフレイヤの神殿の鍵があるという合図だ。
リアが”インヴィジョン”を展開してわずか三分――脳内に展開されていた波が大きく乱れ、荒れる。
場所は現在の宿から見て五キロメートルほど離れた最北端が源だそうだ。
「お兄……みつけたよ。ここから大体五キロ…北」
「よくやったぞリア! さっさと行って、殺して、次行くぞぉッ‼」
…正直、ロアの脳内には欲望が満ち満ちていた。ミリアとの約束もすっぽかせはしないが、欲望がどうしても顔を出す。
そして、二人は早速戦闘準備をし、その反応があった場所へと移動する――。
†
「ここだな?」
「うん、ここで反応があったから…間違いない」
周囲は人気すら皆無な木々の生い茂った樹海。木漏れ日すら差さないほどに自然の屋根が青空を覆い、そして――獣の唸り声が樹海を阻む。
「……チッ、ここまで来ると魔物の鳴き声もうるさいな。反応がここってことは、何か特徴的な葉っぱがあるはずだ」
ロアは魔物の気配に気を配りながら神殿の鍵である木の葉を探す。リアは反対側の方を捜索し、そして三十分後が経過した――。
「全然無いじゃ、ねーかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼」
森の中で、ロアは鍵が見つからないことに対する鬱憤を叫ぶ。森の中に居た鳥たちが一気に飛び立ち、二人を狙っていた魔物の恐れて退散するほどの声で、叫喚したのだ。
リアも耳を塞いで、ロアに注意を喚起する。
「うるさいお兄、鼓膜破れたかも……責任、取ってよね」
「誤解を招くような言い回しをするな。それと! 三十分ぶっ続けで探してこれだけないってのは不可解じゃあないか?」
三十分程度…と思われるだろうが、リアの体力は一般人以下ゆえすぐ疲労困憊になり、ロアは剣士職で探索スキルをまともに使えないという険悪なコンディションで臨んでいるのだ、当然簡単に見つかるはずもない。
ロアはフサフサそうな草原に寝ころび、大の字になって再び叫ぶ。
「あーもう! 何で無いんだよ畜生ッ‼ いっそここら辺をリアの魔法で……」
「いや。私、無駄なことに魔法使いたくないし……あとこの森燃やしたら逃げられないし……」
「んじゃどうすりゃ――――ン? …何か変な匂いしないか? こう、甘い…」
突如周囲から不可解な匂いがして、ロアは身体を起こす。突然現れ、そして森に生る果実や花とは全く違う匂いが漂っている。
リアも鼻をスンスンと鳴らしながら匂いを確かめる。
「……! 確かに、変な匂いするね……お兄の近くから」
「え!? 俺の近くからって……んなアホな――本当だ」
ロアはリアの言葉に疑心感を抱きながら自分の周囲の匂いを確認する…そして異常な匂いを察知してリアの言葉に肯定する。
匂いが確認され、ロアは周囲の草原に撒かれている木の葉を探ると、一際輝いている一枚の葉っぱを発見する。
「……どうみてもこれだよな? リア。ほら、見てみろ、魔法陣描いていあるし、魔力が嘘みたいに溢れ出てるし……確実じゃん」
「お兄、やるね。多分これだと思う……魔力を注ぎ込めば、起動するはず……」
木の葉をリアに見せるロアに、リアはアドバイスを授ける。ロアは「リアが起動してくれ」と言わんばかりに木の葉を手渡し、そしてリアは魔力を葉に流し込む。
すると、木の葉が若葉色の眩い光を放ち、二人の視界を襲う。その光は十秒ほど続き、やっと光が治まる。
ロアが瞼を上げるとそこには――本来無いはずの巨大な建造物が、樹海の中に聳え立っていた。
「…これが、神殿か。想像以上にデカいな、もう宮殿じゃん」
「だね……でも凄く綺麗だよね。中、見てみたい……!」
珍しくはないが、リアが瞳を煌めかせている。それほどまでにこの神殿がきれいなのだろうか? ロアは疑問に思う。外観としては女神像が設置されている至って普通の神殿だ…どこに美しいという要素を見出したのだろう……。
ロアとリアは神殿に入り口へと足を運ぶ。
†
「結構中身…エレガント? っていうのかな……だね」
「本当だな……フレイヤどんだけ贅沢なんだよ。俺らが庶民生活しているっていうのに何でこんな貴族みたいな……はぁ」
神殿の内装は――金、金、金。目が疲れるほどに輝く黄金が、二人を包囲している。ニアマリアは貴族が二割、庶民が八割という珍しい国で、貴族も横暴という訳でもなく、実に治安のいい国なのだ。
そんな安寧の権化と言っても過言ではない帝国ニアマリアを守護する神が、こんな金の亡者のような神殿に祀られているという真実を見ると、実に腹立たしい。
「お、あれが多分フレイヤの女神像だよな? リア、一応だが俺に強化魔法を付与してくれ」
「うん――”アテック”、”ディフィア”、”テルミラ”、”メリニア”、”イグネス”」
五つに及ぶ強化魔法スキルをロアに付与する。
森の戦闘の際に付与した魔法スキルと更に魔力を上昇させる”メリニア”とスキル使用限界値というスキルの使用回数の限界を突破する”イグネス”がある。
ロアは魔法を付与してもらったリアに感謝の笑いを見せて、そして戦闘態勢に入る。
「……”リアラスブレス”」
そしてリアは『アストラル・テン』を女神像に向けて、神を具現化させる”リアラスブレス”を唱え、刹那。
女神像が黄金の輝きを放ち、女神像の大理石が砕け散る轟音が、神殿中を震わせる。
「来るぞッ‼ ――魔剣ヴァル・ラグナッ‼」
ロアは腰の魔剣の柄を抜き、漆黒と深紅の炎が螺旋に吹き上がり漆黒の刃が構成される。
眼前に居たのは、白いドレスと黄金の装飾品を身に着けた美辞麗句な女神が、神々しく立っていた…否、浮遊していた。
『あなた方が、わたくしを召喚した民でしょうか?』
女神――フレイヤは厳戒態勢な二人に対し寛容に問い質す。今のところは敵対心は見られないと知り、ロアとリアはそれぞれの武器を納め、答える。
「ああそうだ。フレイヤ様? 実はですねー、貴女様が携わっている〈黄昏の魔笛〉の封印の件で来ましてねー」
まるで詐欺師が急談を持ち掛けるようにロアは話す。その姿を見てリアは「フフッ」と笑う。
『ほう?〈黄昏の魔笛〉の封印ですと? どういうことでして?』
「簡単に言うとだな、〈黄昏の魔笛〉が活性化を始めたから――お前ら神には死んでもらう、ってことだ」
ロアは単刀直入に、早急に結論をフレイヤに述べた。リアはいきなりの本題に「え……」と呆けた声を洩らしてロアの方を振り向く。フレイヤもまた、さっきの人情のある口調から出てきた物騒な言葉に驚きを隠せなかった。
『殺す……とは?〈黄昏の魔笛〉とわたくしの死に、どういった関係が?』
「貴女の《魂魄》がどうしても必要だ。今の封印では破られかねない。俺たちはその為に貴殿らを殺しに来た使者だ…だから、死んでもらう」
「……死んでもらう、フレイヤさま」
ロアの台詞に続いてリアが寡黙的に復唱する。フレイヤは俯いて、ただ笑っていた。まるで神とは思えない笑いだった。
「フフフフフフフフフフ…………」
「「……?」」
二人は奇妙に思った。さっきまで温厚篤実だった女神さまが、いきなり不敵かつ狂気の滲み出た笑いをこぼしているのだから。
フレイヤがバッと顔を上げると、先の女神のような表情は虚無に消え、邪心のような表情へと豹変していた。
ロアとリアも、ついに正体を現したかと思い、再び厳戒態勢に突入する。
『あなた方は神に反逆した――その罪がどれほどの重さか、その脆弱な躰で証明してあげるわぁッ‼』
「ボロが出たなぁ神様よ! では……始めようか。リア、覚悟はできてるな?」
「愚問……私はお兄を見捨てない…覚悟なんて、とっくにできてる……!」
信頼できる返事を受け取り、今ゲノズィーバの兄妹と豊穣の女神フレイヤの戦いが――始まる。
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