第3話 隠匿せし深緑の神殿

 小鳥のさえずりと、眩しすぎる太陽の光で、ロアは覚醒する。

「ふ…あぁ~っ……おい、起きろリア。朝だぞ」

「スゥーっ、スゥーっ………」

 起きる気配がない。洞穴と言う中々ハードな環境下でも、リアは構わずぐっすりと眠っている。

 本来なら、このまま放置するところだが、今は任務の真っ最中。いつまでも寝かせるわけには行かない状況化だ。

「起きないと朝食と昼食抜きにするぞ~?」

 リアの耳元でこっそり囁き、軽く脅した途端むくりと上体を起こし、一瞬にして準備を開始する。まるで寝たふりをしていたかのように。

「お兄、そこの服とって」

 ロアはカバンの中に入っている空色を基調としたブレザーを取り出し、リアに渡す。そして、リアは堂々と着ていた服を躊躇なく脱ぎだし、ブレザーを着る。

 パンツのラインがくっきりとしており、尚且つ胸も中々に大きい。膨らんでいるところは膨らんでいる、美少女体質な妹なのだ。

 ロアはもう見慣れた光景ゆえか、もう羞恥心とか完全に消え去っていたのだ。…しかし、妹のリアはというと――。

「……お兄、こっち見ないで。恥ずかしい」

 やはり妹とは言えど羞恥心は当然ある…ロアはリアの姿から目を逸らし、着替えを待つ。

 そしてリアが着替えを終えて諸々の準備をして洞穴から出ていく。

 

   †


「………」「………」

 二人は沈黙し、立ち尽くしていた。目の前にあるのは、二階建ての酒屋だ。名を【シード・クリス】と呼ぶそうだ。

 この酒屋は、あの洞穴から大体十五分ほど歩いた場所にあったのだ。

「……ねぇ、これって……」

「だよな………」

 二人は顔を見合って、同時に叫んだ。

「「野宿した意味、無かったじゃんッ‼」」

 あの時洞穴なんかに野宿せずに、もう少し我慢して歩いていれば魔物に襲われることなく、ここに行き着いただろうに……と、後悔するが今更悔いても仕方がない。


 酒屋の扉を開け、受付で宿の手配を済ませる。部屋は2人部屋で二つのベッドというシンプルなものになった。

「リア、今から受付の人に近くに町はないか聞いてくるから。くれぐれも寝るなよ」

「ん……分かったけど、早く済ませてね?」

「善処する」

 ロアはその言葉だけを残して部屋を後にする――そしてリアはロアが部屋を出て行ったのを見計らってベッドに飛び込み、眠る。

 

「あの、すみません。近くに町ってなんかないですか?」

 受付のカウンター席に座り、グラスを洗うマスターを問い質す。マスターは大抵の知識を持ち合わせているという謎の偏見を持っているから、マスターに質問したのだ。

「そうですね……少し進むとエルフの郷はありますが…」

「エルフか……ま、多少の観光としていくか。――あ、それとマスター」

 ロアはカウンターに出された葡萄酒をクイッと飲みながらさらにマスターに問いかける。

 実を言うと、昨日『ユグドラシルの樹海』に入る際にリアに”ウェイブル”と呼ばれる千里眼スキルで空から神殿を探そうとしていたが、全然見当たらなかったのだ。

「フレイヤさまが祀られている神殿の場所を知りませんかね?」

「ん~、正直なところ私にも分からなくてですねぇ。神殿の存在自体が一種の伝説みたいなものですし…さっき言ったエルフの郷に行けば何かが分かると思うんですがね」

 マスターは何か長く暮らしていて、それ故に大抵の知識を保持しているという謎の偏見を持っていたため、分かるのではないかと期待したが、見事に砕けた。

 ロアはある程度の情報を入手したので、部屋に戻ってリアを呼ぼうとする――。


「リアー、そろそろ行くぞー」

 一応ということで、ロアは扉を二回ノックしリアに声をかける。

 そのノックに反応して眠っていたリアはわずか一秒でベッドから起き上がり、服と髪を整えて返事をする。

「うん、今行くね~」

 

   †


 ロアは酒屋で貰った地図を広げ、エルフの郷の位置する場所を道なりに指でなぞる。

「今から俺たちはエルフの郷に向かうんだが……大体一時間半といったところか……リア、観光がてら行こうぜ」

「そうだね…エルフの郷の水とか樹液は持ち帰りたいよね。回復薬にも使えるし」

 エルフの郷は豊穣神フレイヤの恩恵を強く享けている環境で、そこから流れている川や泉の水は不純物を一切として含まない純粋な水で、回復薬に使われている。

 そしてエルフの郷の木材や果実は実に美味で、高級料理店で出される料理の殆どはこのエルフの郷産の果実や野菜なのだ。

 更に樹液も武器の強化やアイテムの作成にも使えるのだ。

 そんな特産品が一杯あるエルフの郷に行って果実とか水を持ちかえれば今後の戦力増強にも繋がるだろう。

「うし、行くか」

「うん」

 

 道中――二人の脇から四体の魔物がザザッ! と茂みを掻き分け出現する。漆黒の毛と真紅の眼を持っている狼の姿をしている。

「ま、流石にエンカウントは避けられないか……デス・ハウンドなら俺でも倒せるか? まぁいい。リア、強化を頼む」

「うん…任せて……! ”ディフィア”、”アテック”、”テルミラ”」

 リアは攻撃力・防御力・体力を上昇させる魔法スキルをロアに付与し、そして本人は腰に携えた漆黒の鋼で構成された剣の柄を抜いて、刹那――。

「…魔剣ヴァル・ラグナ、普遍状態ニュートラル

 剣の柄の先端から漆黒と深紅の炎が螺旋状に出現し、そしてごく普通の剣の形へと変化し、そして炎は消えてただの刃と化した。

「……リフィロディア‼」

 ロアは剣を十字型になるよう振り翳し、直後滑らかな弧を描いた。刃から闇色の斬撃が飛ばされ、四体のデス・ハウンドが血を流して死に絶える。

 今のは、剣士職の初期スキルの一つ”リフィロディア”。駆け出しの剣士が必ず使うスキルである。

 ロアは漆黒の剣の刃を消し去り、柄だけを腰のベルトに納める。

「――フゥ、終わっ……っちょッ!」

 柄を納めて再び進もうとしたその時、ロアの身体が急に感覚を失ってフラフラとする。…これは魔力欠乏症。

 文字通り身に宿している魔力が一気に消耗され、脳の細胞が一瞬停止するという症状だ。

 リアが辛うじて倒れ込むロアの身体を支え、そして心配している。

「お兄? 大丈夫……? 魔力が足りないの?」

「あ、あぁ……いつものだ。悪いがこのまま――」

 このままにしてくれ。そう言おうとした瞬間――唇に何か柔らかく、熱い感触を感じる。

 よく見ると、リアがロアの唇に接吻していた。…正直、この行為は効果的でしかもいつもやっていることだ。

 ……しかし、いつやられても焦るものだ。妹にキスされる兄なんて、今日少ないだろう。

 これは所謂魔力供給だ。これはあくまで魔力供給だから決して如何わしいことは一切として無い。

 だが、あくまでこの魔力供給は付け焼刃だ。いつまで持つか分からない。

 故に急いでエルフの郷に向かい魔力回復のポーションを貰わなければいけないのだ。

「ん――ありがとうな、リア。もう……しょっと、問題ない」

 リアの肩を貸してもらい立ち上がるロア。さっきも言った通り、魔力供給は付け焼刃…急いで移動しなければまた倒れ、次倒れれば確実に――死ぬ。

 出来るだけ戦闘を控え、エルフの郷に行く……。リアも一応というコトで身体を支えてくれる。

 

 そして更に歩くこと一時間――やっとそれらしい門扉を発見する。門扉は世界一硬いとされるオリハルコンで造られた頑丈そうな扉で、リアとロアは左右の扉を片手で開ける。

 すると生命を感じる暖かい息吹が吹き、二人を包み込む。

「やっと……着いたぁ……っとと!」

 ロアはやっとの思いで到着したエルフの郷の麗しい景色を眺め、身体の力を抜いてしまう。力を抜いたあまりに倒れようとするロアを、リアは優しく抱える。

 いつもは我が儘な妹だが、こういう状況では人並み以上に優しい。そんなリアが、ロアは大好きだ。

「ありがとう、リア。もう大丈夫だ――ここで少し休んでいきたいな」

「そう? ホントに?」

「問題ない。さっさとエルフの郷の魔力回復ポーションを買って飲むんだよ」

 先頭に立つロアに続いて、リアが背中にピタリと付いていく――。


「ようこそ! エルフの郷キィプスへ‼ ここは特にフレイヤ様の恩恵を享けており、特にここの水は回復薬から魔力回復、汎用性の高い自然豊かな水ですよ~‼」

 如何にも悪徳商法をしている奴の宣伝方法だが、事実このエルフの郷の水は効果がある。

 ロアはその店に足を運び、その水を瓶十個分ほど購入した。

「……これ、どうするよ?」

「簡単だよ。私に任せて……”チェスト”」

 胸を張るリアは、公共の場でいきなりスキルを発動する。目の前の空間が歪曲し、その中にさっき購入した水を全て放り込む。

 時空術師セージ専用スキル”チェスト”…目の前の空間を亜空間と繋げ、その中にアイテムを何でも収納することが可能という便利的なスキルだ。

 その手があったか――ロアはすっかり忘れていた。もしリアの”チェスト”を使っていればもっと多くの私物や必需品を持っていてただろうに、と。

「うん、これ使えばよかったじゃん。馬鹿だなー俺」

「お兄はもともと……バカ」

「黙れ。お前よかシャンとしてるは」


   †


 このエルフの郷の水は、魔力回復薬を作るための素材に過ぎない。本来、魔力回復薬には特定の素材と水を錬金スキルで調合し、製造する。

 ……が。

「プハ~っ! やっぱり普通に飲んでも美味いなぁ。生き返る!」

 しかし、エルフの郷の水…それもこのキィプスは豊穣神フレイヤの恩恵を多く享けている…直に飲んでも魔力が大回復するのだ。

「お兄、なんか酔っ払いみたい……うるさい」

「当たり前だろ? 俺はさっきまで魔力無くて辛かったんだ、許せ」

 引き続き、水をごくごくと酒のように呑み、呑み、呑み。その結果、持って帰る分の水を全て呑み干してしまったのだ。

「あ……やば」

 ロアは積まれた空の瓶を見つめ、焦燥感に浸る。リアもこの水を飲みたがっていたし、更に言えば持って帰ろうと切り出したのもリアだ。

 金はまだまだ余っているが、このまままた浪費すれば金欠&破産だ。ロアは恐る恐るリアの方を見ると、何かを堪えているような表情をしていた。

「お兄……? 私、言ったよね…取っておいてって」

「そ、そうだな。けど俺魔力が不足して――」

「言ったよね?」

 ロアの弁明すら受け付けず、ただ威圧していた。こうなった時のリアはもう制御できない。だから……

「あのーすみませんマジで出来心だったんですお願いします赦してください」

「――何でもするって、言ってくれれば…赦してあげる」

 ロアは奇妙に思う。いつものリアならば気が済むまでロアを玩具にして瀕死状態にさせるというのに、今回は珍しく怒りがすぐに治まっている。

「え……な、何でもします」

 正直今の言葉は勢いで言ってしまった言葉だ。たとえ怒りが治まろうとしても言わなければもっと怒ってロアは確実に死んでいるだろう。

「……うん、赦してあげる」

「フゥ――あ、そうだリア。今からこのキィプスの長にちょっとした話をするからお前もついてきてくれ」

「メンドクサイ、お兄だけで行ってきて? 一人でもできるでしょ?」

「何言ってんだ? 神殿の在処聞きに行くんだから当然――」

 リアはベッドに座っているロアの目の前に立ち、満面の笑みで押し倒す。

「何でもするって、言ったよね?」

 ――そう来たか。だが、前言撤回なんていう言い訳できる状況ではないのは分かる…ロアは大人しく頷いた。

 

   †


「えっと――確か此処だっけかな? すげぇ大きいな」

 そこは、窓があり、扉が取り付けられている大樹。

 遥か天空から垂れる蔦、そして雄大で生命の神秘が滲み出ている樹木…まさしくエルフの郷のような建造物だ。

 どうやらここはキィプスの村長が居るとされる教会兼住処だそうだ。

 ロアは扉を開けて中に入る。内装は仄暗く、妖精が飛び交う光景が見える。やはりエルフの郷は人里とはあまり交流をしないというコトもあってか、雰囲気が全く異なっている。

 右奥に視線を送ると二階、三階…と繋がる螺旋階段が設置されていた。ロアはその螺旋階段を昇り、頂上にいるであろう村長のところへと向かう。


 階段を昇りに昇り、ロアは少し疲れてしまった。体感で二十階ぐらいの高さを昇ったと思う。

「はぁ……お、ここがフレイヤを信仰する教会か。結構書物があるな…少しばかし盗み見るか」

 盗み見る…事実許可は取っていないからあながち間違いでもない。ロアは教会に入り、窓側に置かれていた本棚の前に立つ。

 見るといっても、ちょっとばかりページをパラパラ捲って見るだけのことだから、恐らく数分で見終わるだろう。

 ――と思って書物を手に取ろうとしたその時。背後から足音が聞こえる。

 バッと後ろを振り向くとそこには修道服を着た白金の髪を持つエルフの少女が怯えた様子で立っていた。

 恐らくロアの瞬時の振り向きに驚いてしまったのだろう。

「あー……えっと、此処のシスターか? だったらすまん。勝手に教会の書物を読み漁っちまって……」

「いえいえ、大丈夫ですよ? 貴方は――見る限り冒険者ですか?」

「まあな。今は此処で休憩もとい観光に来ているんだが……あのさ、初対面の奴に聞くのも何だが、フレイヤさまの祀られている神殿とやらを知っているか?」

 此処の教会の人間ならば、多少の情報は身に着けているだろうと踏んで、ロアはこのシスターに質問する。

 シスターは何か知っていそうな感じの改まった表情に変わり、返答する。

「一応ですが……知っています。フレイヤ様の神殿は、少なくとも近くにはありません」

「え……じゃあどこに?」

「少し話とは脱線しますが、こういう言葉がありますよね? ”木の葉を隠すなら森の中”と。聖書では、神殿はそれに倣ってとある鍵を隠したのです」

 今の言葉を聞いて、ロアは嫌な予感を感じ取ってしまう。”木の葉を隠すなら森の中”……つまり。

「それは――神秘の魔法陣が描かれた木の葉です。その肝心な鍵は…このキィプスのどこかにあると云われているのです」

 少し困った表情をしている少女に、ロアは頭を撫でる。

「――いや、それだけの情報があれば十分だ。改めて、迷惑をかけた。俺の名前はロア・ゲノズィーバ、【エル・レクイエム】から追放されたしがない冒険者だ」

「ロアさん……覚えました。私の名前はミリア・フェルメリアと申します、宜しくお願いしますね、ロアさん」

 可愛い。ふと無意識にそう思ってしまった。この初対面の人間に対し誠実で慈愛に満ち溢れている対応…本物の天使が目の前にいるようだ。

 そしてロアはミリアの前に掌を出して握手を求める。それに応じてミリアはロアの手を握る。

(凄い……男の人らしからぬ手なのに、意外と分厚い……!)

 ミリアは内心驚愕した。確かにロアは冒険者だというのに手の大きさは人並みより小さいのだが、重厚感は並の冒険者ほど硬さなのだ。

「どうした? ミリア。…まさか俺、手汗かいてる?!」

「いえいえ! 少し分厚いので、驚いていただけですよ」

「そうだったか。良かった~、手汗かいてたら仏に恥ずかしくて死にそうだったぜ!」

 ロアが掌を服で拭って焦る姿を、ミリアは微笑する。そして少し間をおいて、ミリアがロアに問いかける。

「そういえばロアさん」

「ん? 何だ?」

「貴方はどうして……フレイヤ様の神殿に行こうと思うのですか?」

 この疑問は、当然の疑問だ。突然フレイヤの祀られている神殿の居場所が知りたいなんて言い出す人間は確かに不思議だ。ロアは本来の目的を、このシスターだけには言おう、そう決意し、答える。

「実は、俺の目的は――フレイヤを殺すことなんだ」

「え……フレイヤ様を…………殺す??」

 

 

 

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