第2話 《全能魔導士》リア
〈
「お兄、もっと大きなカバン用意してよ~」
「は? ふざけんなリア。お前が布団と枕なんて詰めなければ鞄がもっと空くの!」
兄妹らしい喧嘩を繰り広げる二人。ロアはリアの突っ込んだ専用枕と布団をベッドに放り投げ、荷物を軽くしようとする。
しかしリアも負けじと兎に角布団と枕をカバンに入れて死守する。今から長くなるであろう旅の前にここまで気楽な人間は二人だけだろう。
「そういえば、俺らが神々を殺す意味ってなんかあるか?」
「あ……聞いてなかったね、それについては」
そう、二人がギルドから追放されたのは〈黄昏の魔笛〉を封じるために神々を殺す…矛盾しているのだ。
本来〈黄昏の魔笛〉を封印しているのは神だ。なのに神を殺すなんて、逆に終焉への後押しになる……普通の考えだ。
ロアとリアは首を傾げ、熟考するが、結局分からず諦めて旅支度を続行する。
†
「ふぃ~っ、終わった! 支度だけで結構時間かかったな」
気づくと時間は午後の一時を回っていた。あのギルド長との対談から約三十分が経過していたのだ。
――殆ど、リアのせいだが。
「疲れたね。やっぱり必需品の整理に苦労したよね~」
「他人事みたいに言いやがって……! まあいい。ギルドを出る前にギルド長に最後の質問をしに行くぞ」
「もしかして……さっきのコト?」
「ああ」
煮え切らない気持ちを抱えたまま旅に出るのはどうも気持ちが悪い。せめて神を殺すという大罪を犯してまでやる理由を聞かなければ気が済まない。
ロアは扉を開けて再びギルド長室へと踵を返す。――ちなみに、リアの布団と枕は置いていくことにした。
「……で、僕のもとに戻ってきたってことかい?」
「そうだ。神を殺すなんて大罪、理由もなしに犯すのはどうも突っ掛かる。だから教えろ、神を殺す理由をな」
ギルド長は「ふむ……」と言って窓から帝都の景色を眺めている。この帝都は豊穣神フレイヤによって護られている――そんな帝都を、ギルド長は愛しているのだ。
「君たちが神々を殺す理由は…神々の持つ《魂魄》が必要なんだ。神の《魂魄》は肉体を持つ神より遥か神の力が強く、封印の礎となるんだよ」
「なるほどな……普通の状態の神より《魂魄》と化した神の方が力が高まり封印の強化が可能…ってことか」
ロアは納得した。肉体は所詮ただの魂の収納庫。核である《魂魄》のほうが終焉を抑制できるのだろう。
頷くロアの横で、話が長すぎて眠ってしまったリアを負ぶって、今度こそギルドから出ていく――。
「ありがとうな、今度こそ出ていくからな……じゃあな、ギルド長――いや、カイン」
「うん、神を殺して此処に戻って来ることを願っているよ、ロア」
今度こそ、このギルド【エル・レクイエム】から姿を消すロアとリア。出てきたのは良いのだが……。
「――まず何の神を殺すか……だな」
「まず仕掛けるなら…身近からじゃないかな?」
リアがどさくさに紛れて起き上がり、ロアの背中から降りる。
身近から……か。この帝都イルクリークは豊穣を司る女神・フレイヤが統治しているという伝説がある。つまりこの帝都…否、この帝国はフレイヤによって安寧を保てているのだ。
ロアは「神」という存在を信じる性格ゆえ、フレイヤには感謝している。――しかし、”殺さない”と”感謝している”は似て非なるものだ。
己の欲望の為なら神すら殺せる…自分至上主義者なロアと、「神」という存在は胡散臭いと思うという、疑心暗鬼な性格かつ何にも興味を示さない妹のリア。
聞く限りだと異常な兄妹だ。
「確かフレイヤの神殿って………」
ロアはフレイヤが祀られている神殿の場所が分からずあたふたしていると、リアが服を引っ張って西の方角を華奢な指が示す。
「あっちだったはず……西の『ユグドラシルの樹海』だったけ?」
「西か……太陽が沈む方角だからなぁ…魔物が湧きやすいんだよなぁ」
魔物というのは、闇に潜む存在だ。太陽の出ている時は生息数は少ないが、夕刻や夜にはその数が倍に上がり、地上の支配権が人間から魔物に変わる。
故に、面倒臭い。ロアとリアはギルドに所属していた時も基本的に戦闘はせずにただ隅でチェスやらカードゲームをしていただけだった。
「チッ、今日は一旦宿を見つけなきゃな。西の方ってなんか宿あるかなぁ?」
「多分……一二件ぐらいしかないと思う。しかもあっちはあまり開拓されてないから…魔物とのエンカウントは、不可避」
ロアは大きい溜息を吐いて、肩を重苦しく落とす。現在の時刻は午後の二時――まだ時間はあるが、宿の位置が不明だったら時間があっても意味がない。
「…さっさと行かなきゃダメそうだな。時間が無い」
「お兄、運んでって」
ロアが焦燥感に浸っている中、空気の読めない発言を飛ばし、腕を伸ばすリア。 確かに可愛いし目の保養になる光景…だが、荷物が多すぎるからリアを負ぶって移動できるほどの体力は持ち合わせていない。
「うんこの荷物の数見てから言え。いくら可愛いポーズを執ろうとも俺は惑わされない。お前には脚がついていないのか? リア」
「ケチだなぁお兄は。…ま、荷物多そうだし、今回は折れてあげるよ」
「上から目線なんだよなぁお兄ちゃんに向かって。ほら、行くぞ」
そう言ってロア、リアは西の方にあるだろう宿を探すべく石畳を踏みしめる――。
†
時刻は既に午後の七時を回っていた――そして二人は今、西にある『ユグドラシルの樹海』を彷徨っていた。
「はぁ…はぁ…どれくらい歩いたっけ?」
「分かんない……でも、宿無いね。いっそ野宿する? 近くに洞穴あるし」
そう、かれこれ五時間以上樹海の中を歩き回り、畦道を通って探しても見つからない。建築物はおろか、光一つ見当たらない状況だ。
脚の筋肉が壊死している感覚に襲われる。
ロアはこれ以上歩いたら間違いなく死ぬと判断し、洞穴に野宿することにする。
「仕方ない……リア、錬金スキルで布団を生成してくれ」
「私、錬金スキル使いたくないよ? 魔力の消費量激しいし。だったら――」
と言って、右手から暗黒空間を生成する。
「……”ディスティア”」
瞬間、リアの生成した暗黒空間からギルドに置いてきた布団と枕が召喚される。
これは時空スキル”ディスティア”。空間と空間を歪ませて繋ぐというスキルだ。これによってリアは専用の布団と枕を用意し、ロアに質問する。
「お兄、デイ・シープのマットがあったでしょ? それ取って敷いて」
「あいあい。……って待て、俺の分の布団は?」
ロアはリアの言うとおりにカバンからデイ・シープと呼ばれる魔物から採取した柔らかいマットを取り出し、そして疑問を露わにする。
その質問にリアは枕を抱いて可愛らしい表情で応える。
「え? 一緒の布団に寝ればいいだけでしょ?」
「――はぁ、そうだな。今は兎に角寝たい…環境は選べないな」
兄妹が一つの寝床に眠る…普通に考えれば非常識だが、今は宿もない状況だ。贅沢は言っていられない。
そして――――。
「フュー、スピ――っ」
密接する身体。首筋に優しく吹く寝息、そして、背中に当たる胸とホールドされている細く白い腕。
ロアは寝付けていない。理由は単純、妹が後ろから抱き着いて眠っているのだ。緊張感が凄まじい。
擽ったいし、背中に柔らかい双丘がめり込むほどに押し付けられている…寝苦しいが、意地でも寝なければ明日絶対に死ぬ。
「――寝るか」
目を瞑ろうとしたその瞬間、洞穴の奥から炎の燃え盛る音と金切り声が聞こえる。
ロアは咄嗟に危険を察知して布団から離脱し、厳戒態勢に入る。
「おい! リア。起きろ、敵がいるかもしれん! 早くしてくれ!」
「ん……うるさい、お兄。気づいてるから乱暴に起こさないで……で、敵は?」
目を擦りながら短絡的な口調で状況確認を求める。ロアは気配だけで敵の数と素性を確認することが出来るという潜在的な能力を持っているのだ。
それで敵の数を把握する。
「敵は三十体、フラム・バンシー、ヴォイド・バンシーが十五体。リア、悪いが全部処理してくれ」
「もうしょうがないな……明日絶対に昼ご飯奢ってね?」
「いつも奢ってるだろうが……わーったわーった、やってくれ」
リアは体を起こして枕の横に置いていた杖を手に持ち、植木越えの聞こえる暗闇に向かって魔法を発動させる。
「”クリスト”…”ソル・インフェルノ”…”エクソシズム”」
同時に三つの魔法スキルを『アストラル・テン』と呼ばれる最上級の杖から発動する。
本来、魔法職の人間が発動できる魔法スキルは一度につき一回とされている…しかし、リアは普通の魔法職の人間とは一味も二味も違いのだ。
リアの職業は《賢者》――魔法職最上級の職業だ。《賢者》の特徴は、本来一個の属性の魔法スキルしか扱えない魔法職とは違い、全属性の適性を持つことが出来る。
しかし、リアの凄いところはこれだけではないのだ。リアは、世界にある魔法スキル全てを行使することが出来る《
そんな《全能魔導士》であるリアの発動するスキルの威力は凄まじく、まず最初に発動した”クリスト”によってフラム・バンシーの生命線である炎を凍結させ、”ソル・インフェルノ”でヴォイド・バンシーの纏う闇を消し去り、最後に”エクソシズム”で全魔物を塵も残さず消滅させる……という順序だ。
ちなみに今の魔法スキルは全て異なる職業のスキルである。
この三つの強力なスキルよって三十体いた魔物はすべて消滅し、これで安全に眠ることが出来る…はず。
「よし、よく頑張ったぞリア。これで安全に、ぐっすり眠れるぜ……」
「私頑張ったよお兄。早く寝よう?」
誰のせいで眠れないと――とイラつくが、これがロアの妹の普通だ。もう諦めている…というより、慣れたものだ。
そして二人はお互い密着しながら眠ることにした――ちなみに、ロアは何とか眠れたそうだ。
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