第9話「王女殿下の右腕」

 ――魔眼を酷使し過ぎるなよ。


 その言葉は的を射ている言葉だった。私は微かに視界が霞んでいき、立ち眩みのように身体がフラ付いた。当然だ。この眼を酷使していたのだから、魔力よりも体力が激しく消耗している。

 それでフラフラとならない方がどうかしてると思ってしまう。


 「……アルファ様の言う通り、彼女は面白い存在で――強かった」


 後一歩、もし彼女が体勢を崩す失敗をしなければ、私はこの数十年間の間に初めての敗北を飾っていただろう。あそこまで切羽詰まった戦いをしたのは初めてであり、これまでの人生の中でこれ以上の無い報酬だった。

 神様であるアルファ様には、本当に感謝しなくてはならない。世の中にはまだ、私の知らない世界が広がっているという部分を知れたのだ。感謝しないというのは、それだけで天罰が下るだろう。


 「……グレゴール?」


 一人で帰路を歩く途中で、建物と建物の間が見える場所を通る瞬間に名前を呼んだ。その声に反応するようにして、私の執事である彼が姿を見せた。


 「――はい。ここに」

 「既に把握していると思うけれど、彼女を迎えに行ってくれる?」

 「畏まりました。そのまま屋敷へと案内をすれば宜しいでしょうか?」

 「ええ、それで構わないわ」

 「では、少々お待ち下さい」

 「ええ。私はそうね。少し寄り道をしてから、屋敷へ戻る事にするわ」

 「お一人で、でしょうか?」

 「そうよ。大丈夫よ、いざとなれば権力を振り翳すだけよ」

 「あまり危険な場所へは足を踏み入れないで下さいませ。お嬢様の魔力は感知しておりますが、場所によってはその感知を防ぐ魔法も御座います」

 「心に留めておくわ。まぁ安心しなさい。これでも私は、人を呼ぶ日は早めに戻る事にしているの。寄り道をすると言っても、貴方の知っている有名な方よ。安心なさい」


 そう言って私が身を翻すと、彼はお辞儀をしながら姿を消した。どうやら彼女の迎えに向かったらしい。付き人であり、執事であれグレゴールには、かなりの仕事をさせている気がしていて気が気では無い。

 本人は指示に従っているけれど、本心でどう思ってるのかが想像も出来ない。


 「さて、行きますか」


 そう呟いた私は、周囲の人の目が無い場所へと入り込み、壁と壁を間を蹴って建物の屋根部分へと着地する。決闘をした後だというのに、体力も消耗しているというのに、我ながら馬鹿な事をしている。

 だがしかし、それでも走らずには居られなかった。何故なら、私をここまで高揚感に包んだのは彼女が初めてなのだ。衝突し合う中で互いの動きを読み合い、互いの手の内を知らない状況での命のやり取り。

 真剣であり、ただの一生徒としてある決闘の為に命を取る事は禁止している。だが、それでもあそこまでの決闘をしたあの時間をすぐに忘れる事は無い。きっと彼女も、私のように余韻に浸ってくれていると思う。

 あそこまで戦える彼女の事だから、もしかすれば次に勝つ方法を考えているかもしれない。次にもし戦う事があれば……いや、すぐに戦う機会なんてやって来るだろう。


 「ふぅ……失礼します」

 「ん、誰かと思えば珍客が来たみたいだね。今日は何か用かい?リーベル王女」

 「もう、他人のような呼び方は止めて下さい。私と貴女は、友人ではないのですか?メシア」

 「姉の間違いじゃねぇか?サーシャ。それで?何の用なんだ。まさかあの剣を折ったとか言わないよな?」

 「そんな事をしたら貴女に怒られるわね。……と冗談は置いといて、貴女、リーサ・アルファード・アルテミスという女の子を知ってる?」

 「……さぁ、何処の誰だ?」

 「はぁ……誤魔化しても無駄よ。今日会って来たのだけど、少し気になった部分があったのよ」

 「へぇ」

 「彼女の剣、貴女が打った武器でしょ。あれは私のと同じ鋼で出来ていたわ。そうでなければ、私の剣を防ぐ事なんて容易じゃないはずよ」

 

 私がそう言った瞬間、誤魔化していたメシアは溜息混じりに口を割った。受付台で頬杖をしながら、メシアは目を細めて言うのである。


 「確かにアタシが打った武器だ。けど、サーシャとの契約に違反しているつもりは無いぞ」

 「そうは言うけど、私の許可を待たずに他の貴族の武器を作るなんて許せないわ。もう少し貴女は、自分の立場を理解した方が良いわよ」

 「立場ねぇ……名ばかりだと思うんだが?」

 「そうかしら。リーベル王国騎士団所属、鮮血のメシアさん?私の右腕という事をお忘れですか?」

 「はぁ……はいはい、悪かったよ。昔の知り合いなんだから仕方が無かったんだ」


 その言葉を聞いた私は、そのまま武器を作った経緯を聞いた。その経緯を聞いた私は、心が躍ってしまったのである。そして決めたのだ。彼女――リーサ・アルファード・アルテミスを傍に置きたいと。

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