第8話「神様の言う通りに」

 ――負けた。


 この世界に来て、初めての経験だ。いや、敗北ならばシェスカさんやお母様から剣術を指南されていた時に敗北はしている。だがしかし、明確な敗北という感じではなく、師に弟子が勝利を収める事自体が難しいと頭の何処かで思っていたのだろう。

 でも、先程まで行われていた戦いは違う。剣術指南というものではなく、しっかりとした決闘だった。互いの実力が明確化されていない状態というのは同じであっても、それでも同年代の中ではそれなりに力を付けていたと自負していた。

 

 ――だが、それはただのおごりだった。


 実力差を感じる事は無かったが、このまま行けば勝てると思った矢先に罰が下されてしまったのだろう。まるで天罰が下ったと思ってしまう程、勝てると想像して気を抜いた瞬間に足を捻るという出来事。

 己が招いた結果であり、最大のミスではあるのだが……やはり悔しいものは悔しいものだ。そう思いながら、私はボーっと並んでいる蝋燭の火を眺める。


 「……すぅ……はぁ……」


 生前の頃、一人で集中力を向上させる為に練習していた居合い斬り。その居合いの為にシェスカさんに頼んだ蝋燭の火は、微かに揺れながら斬られる瞬間を待っている。

 集中し、精神を統一したうえで……私は思い切り刀を抜いて薙ぎ払った。用意してもらった蝋燭の数は二本。その内の一本は火が消え、もう一本の蝋燭が消えたと思った矢先に火が復活していた。


 「……はぁ……失敗ですね」


 恐らくだが、今の精神状態で何かをしようとしても失敗で終わる自信がある。何故なら、思ったよりも敗北という二文字を刻んでしまった事が尾を引いているのだ。それが自分自身で自覚している分、多少は和らいでいると良いのだが……


 「リーサお嬢様?怪我をしているのですから、あまり無理をしない方が良いのではありませんか?」

 「そうですね。治療したとはいえ、その場凌ぎ。これ以上の修練も身に入りそうな様子もありませんから、そうする事に致します。蝋燭の用意、有り難う御座いました。シェスカさん」

 「いいえ。私はお嬢様に仕えるメイドでもあるのですから、これぐらいは当然です。また指示やご要望があれば、遠慮なく仰って下さいね?」

 「分かりました。私は先に部屋で休ませていただきますが、片付けを頼んでも良いですか?」

 「構いませんよ。そもそもお嬢様が片付ける必要はありません。どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい。英気を養うのも、騎士の務めですよ?お嬢様」

 「有り難う御座います。ではお先に」

 「はい」


 そう交わした言葉の後、私はその部屋を出て自室へと戻った。決闘が終わってから数時間が経過しようとしているが、確か迎えを向かわせると行っていたが時刻を聞くのを忘れていた。

 だがもし来るとすれば、王女様に仕える方々なのだから礼節を重んじるだろう。そう予想しながら、私は倒れるようにしてベッドへとダイブした。

 全身の力が脱力していき、やがて決闘で疲労していたのか。徐々に瞼が重くなっていき、気が付けば私は――夢の世界へと旅立っていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「貴女の言う通り、面白い方でしたよ」

 「そうじゃろう?まぁ妾が導いた者なのだから、当然なのじゃがな」

 

 魔法陣の間で生じた亀裂から、彼女は姿を現した。容姿は幼い少女にしか見えない容姿であっても、その存在を神だと認識している者は少ない。だが彼女……サーシャ・リーベル・テイルは少女が神という存在だと認識している。


 「実力も申し分無い。妾もあの者が生きていた頃を眺めたが、あれ程に面白い娘はそうは居ないじゃろうな。戦ってみた感想はどうじゃった?」

 「そんな事を聞かなくても、どうせ見ていたのではありませんか?輪廻転生の神であるアルファ様」

 「ククク、神を疑うとは無礼な奴じゃな。じゃがその通りじゃ。お主とあの者、リーサの戦いは一部始終観ておったぞ」 

 「やはりですか。盗み見をする神様など、私は聞いた事ありませんよ?」

 「何を言うか。妾は退屈が嫌いなのじゃ。お主も知っているじゃろう?それに、リーサの様子も確認したかったから丁度良いと思っただけじゃよ」


 アルファはそう言いながら、目を細めて口角を上げて笑みを浮かべた。その様子を見たサーシャは、肩を竦めて言った。


 「――正直に言いますと、負けるかと思いました」

 「ほう?それは何故じゃ?お主は無事に勝ったのじゃろう?」

 「そうなのですが……この眼が無ければ、私は確実に負けていました。彼女は一体、何者なのですか?」

 「何、気にする事は無いのじゃがな。お主が言っていた名前『榊原理沙』というのが、リーサの本当の名前じゃ。じゃが、もうリーサという名前で生まれ変わっている。妾が言っている事は、つまりはそういう事じゃよ」

 「神様が輪廻転生の神であり、彼女を何処かの世界からこの世界へ転生させた。という事ですか?それは分かるのですが、彼女があそこまで強いのはこの世界に来てからなのですか?」

 

 サーシャが疑念の込められた視線をアルファへ向けたが、アルファはニヤリと笑みを浮かべて魔法陣を展開した。そして再び亜空間へ繋がる亀裂を生じさせ、振り返りながら言うのであった。


 「リーサの事が知りたいのなら、お主が自分で聞けば良いじゃろう。お主とリーサは、既に友人となったのじゃ。聞ける事も、話せる事も様々ある。お互い、腹を割って話す機会を作る事を勧めるぞ。ではな、サーシャよ。その魔眼、酷使し過ぎるでないぞ」

 「……はい」

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