第10話「お茶会への誘い」

 「はぁ……はぁ、ふんっ!!たぁ!!はぁあ!!」


 夕暮れに染まる空の下で、清々しい風に撫でられながら木刀を振る。ミレイナは魔法の修練の為、魔力を殆ど消費してしまっている。シェスカさんやお母様も、出掛けてしまっていて足を治癒する事は出来なかった。

 だから包帯を巻いて応急処置をしたうえで、私は戦いを思い出しながら木刀を振るっていた。負けたのは悔しい。だけどそれ以上に、一度敗北したくらいで刀を手放しそうになった自分が情けないと思ったのだ。

 父は、生前の頃の父が居たとすれば、今の私を叩きのめす程に木刀を振るっていただろう。腑抜けた剣士など、必要無いと言われてしまうのがオチだ。ならばこの世界では分からないが、それでも多少の反省会をした方が良いだろう。


 「すぅ……はぁ……」


 集中しろ。精神を研ぎ澄ませ。心にそう言い聞かせながら、私は木刀の握りを強くして思い切り振るった。


 ――ガサッ。


 「っ!?」

 「おっと、これはこれは。気配を消していた私の落ち度ですが、邪魔してしまった罰が下されましたな。はっはっは」


 集中していた私は、その足音に反応するままに木刀を音と気配を探って振るった。だが周囲に人が居ない事を確認してから始めた反省会だ。私以外に人が居る訳が無いと思った瞬間、思わずブレーキを踏むようにグッと足に力を入れて、振るっていた手を止める。

 視界には、寸止めされた状態で笑みを浮かべる執事服の男性が立っていた。だが回避する素振りが見えないが、この人が只者ではないという事だけは直感で感じた。

 何故なら、木刀を素手で受け流していたのだ。私の持っていた木刀に見えにくく隠れていたが、確かにその一瞬が見えたのである。


 「リーサ・アルファード・アルテミス嬢とお見受けいたしますが、お間違い無いでしょうか?」

 「は、はい。えっと、私に何か用ですか」

 「そうですね。確かに用があるのですが、その前に私を解放なさって頂いても?」

 「――ハッ。す、すみませんでした!!私ったら、つい夢中で!」


 私は彼から出た言葉を聞いて、我へと戻って木刀を彼から離した。深く頭を下げようとした瞬間、彼は私よりも早くに頭を下げていた。

 

 「ご安心を。この通り、怪我の一つもしてはおりません。貴女は、私の気配の違和感に気付き、動きを止めて下さったのでしょう?それだけで配慮は大丈夫です。ただ、そうですね。宜しければ、貴女の傷を見せて頂いても?」

 「だ、大丈夫です。これくらいなんとも……ぐっ」


 力を変に入れた所為なのか、意識を向けた途端に痛みが走った。集中状態が解けた事で、呼吸を整えられずに痛みさえも抑えられなくなった。これでは反省会どころか、修練をしている意味が無い。


 「少し失礼致します」

 「あ、ありがとうございます」

 「私に礼は不要で御座います。私が仕えている主人の友人なのですから、敬語も不要ですよ」

 「主人の友人?」


 私の足へと手を翳し、治癒魔法を発動しようとしながら彼は思い出したように笑みを浮かべた。そのまま跪き、治癒魔法を発動したまま言った。


 「この状態で失礼ですが、私はグレゴール。サーシャ・リーベル・テイル王女殿下に仕える執事で御座います。貴女は殿下がお認めになった数少ないご友人ですので、手厚く持て成すのは当然の事ですよ。……さて、如何でしょうか?」

 「……痛くないですね」

 

 私は少し跳ねた後にそう呟くと、彼はニコリと優しい表情を浮かべて頷いた。優しい方なのだろうと、その様子だけで見受けられる。私のお父様と同じか、少し若い様子にも見えるが、確実に年上だろうと思える証拠がある。

 彼の髪の毛は白髪が混じっており、染めているような雰囲気でもない。そもそもの話で、この世界に髪染めがあるのかどうかさえ不明なのだ。だとすれば、目上だと思うのは普通だろう。

 まぁそうでなくても、私よりは確実に年上なのだが……


 「有り難う御座います。無礼な事をしたにもかかわらず、治癒魔法まで掛けて頂いて」

 「いえいえ。せっかくの綺麗な足に包帯は似合いませんからね。当然の事をしたまでです。さて、そろそろ参りましょう」

 「えっと、何処へでしょうか?」

 「リーベル王女がお呼びです。私の手に掴まって下さいますか?」


 確か、迎えを行かせるとサーシャさんが言っていた気がするが、彼がその迎えなのだろうか。だとすれば、断る理由は何処にも無いだろう。

 私は差し出された手を取りながら、


 「宜しくお願いします」

 「ええ」


 そう短く交わされた言葉の後、彼の……グレゴールさんの魔法なのだろうか。周囲の景色が変化し、私の庭から別の場所へと移動していた。まるで瞬間移動やテレポートみたいに、瞬きしただけで視界に広がっていた景色が変わってしまった。

 その場所は草木や花に彩られており、微かに小鳥の囀りが耳に入ってくる。やがて人の気配がしたと思ったら、私の手からグレゴールさんの手が離れる。彼の身体の向きが変わり、その向きの先へと自然と釣られる。


 「ようこそ、私の庭園へ。リーサ」

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