第2話「抜刀術、雷光一閃」

 その剣を見た瞬間、私の背筋は寒気を感じた。大きいからとか、彼女の体には合わないとか、そういう問題からの寒気ではない。私が感じたのは、ほんの一瞬だけ視線に混ぜられた殺気である。

 

 「……っ」

 「では始めましょうか、リーサさん。対等になる為の儀式、剣舞ブレイドダンスを致しましょう?」

 「……すぅ……はぁ……分かりました。クラスメイトに合図を任せても宜しいですか?」

 「ええ、構わないわ。合図があった方が、決闘らしくもあるから大歓迎よ。フフ」


 両手剣を足元で突き立てる彼女は、私がクラスメイトの元へ行く事を許可する行動だった。騎士道と呼ぶなのかもしれないが、正々堂々さを感じさせるその印象は個人的には好む行動だ。

 だが戦士として、剣士として、一つだけ私が気に入らない部分があった。その部分を気にしながらも、私は壁に背中を預けて萎縮していなさそうなフロストさんに言った。


 「フロストさん、良ければ開始の合図をお願いしても良いですか?」

 「あたしが?」

 「はい。ここで冷静に審判が出来るのは、どうやらフロストさんだけのようなので」

 

 私は他の生徒の反感を買うかもしれない台詞を言い、フロストさんの同意を求める。背中にチクチクと視線が刺さるのを感じるが、フロストさんに向けた視線を逸らす訳にはいかない。

 

 「……はぁ、分かった。簡単にして良いんだよね?」

 「はい。簡略化して構いません」

 「仕方無い」


 フロストさんはやれやれという雰囲気で壁から離れ、私と共に彼女の元へと足を運んでくれる。その途中、私にしか聞こえない声でフロストさんが囁いて来た。


 「(アルテミス、気を付けなね。あたしが知ってる範囲だけど、彼女は強いよ)」

 「(分かってます。でも大丈夫ですよ。私、これでも弱いつもりはありませんから)」

 「(……そう)」


 ひそひそ話をしている様子というのは、他者から見れば怪しげな光景かもしれない。だが私は気にせず、フロストさんからの忠告を受ける事にした。やがて一定の距離に立った私よりも奥へと足を運び、フロストさんはポケットから一枚の金貨を取り出して言った。


 「これを上に弾いて、あたしの手に戻ったら試合開始。それで良い?」

 「構いません」「ええ、異論は無いわ」

 「じゃ、早速……」


 フロストさんはそう言ってピンと弾き、微かな音を立てて真上へとコイントスをした。くるくると回転する金貨がゆっくりと上から下へと落ちていく。その様子がどうもスローに見えて、私は前に居る彼女を見据える。

 

 ――金貨が落ちれば、すぐに動く。


 そう思いながら、私は刀を微かに指で押し出して構えを取った。距離が少し開いているとしても、居合い斬りでは範囲外で届かない。ここは抜刀術の『一閃』で斬撃の衝撃波を放って先手を取るしかない。

 あの大きな両手剣を受け続ければ、いくらメシアさんが作った刀だとしても折れたり刃毀はこぼれする可能性だってある。長期戦は避けて、短期決戦で終わらせる事を優先した方が良い。


 ――やがて金貨は、フロストさんの手に戻った。


 「――!!(身体強化で速度を上げて、抜刀術を放つ。抜刀術、一閃!!)」

 

 刀を鞘から素早く引き、まるで三日月が出現した様子が斬撃となって彼女の元へと迫る。一歩も動く隙を与えなかったと確信した私だったが、彼女から感じた空気にまた寒気を感じた。


 「フフ……知っていたわ。貴女がそう来るのを」


 そう呟いた彼女は、両手剣を剣道のように構えて腕を上げた。そして振り上がった腕を一気に振り下ろし、私が放った斬撃をパリンと音を立てて割ったのである。


 「っ!?(居合い斬りと同じ速度の斬撃を――同じ速度で振って相殺した!?)」


 有り得ない。彼女の持つ両手剣は、彼女よりも長く大きい剣だ。その剣に振られるのではなく、足を固定した状態をしっかりと作り出して上から下へと振るっている。そしてその速度は、およそ大剣では実現が難しい速度だ。

 その一瞬の斬撃を見えていた私は、彼女の動きに驚愕していた。だが驚いている暇は無く、空かさずに彼女は私との距離を縮めるように駆け出す。


 「……はぁ!」

 「ぐっ……」


 ブゥンと空気を斬る剣戟を回避し、再び距離を作って彼女から離れる。向かい合うように対峙した私は、鞘に納めている刀に再び手を添えた。その身構えている様子を見て、彼女は剣を突き立てて言った。


 「先程の斬撃、見事でしたよ。ただ私には通用しない。これは決定事項よ?」

 「通用しない?そう思うのは、聊か早計ではありませんか?王女殿下ともあろう方が、そんな浅はかな考えで事を片付けて良いのですか?」


 私がそう言うと、彼女は小さく笑みを浮かべて言った。


 「大丈夫ですよ。執務と違って、これは最初から知っていましたから。知っていれば対処が出来る。簡単でしょ?」

 「……知っていた?ですか。それなら、これはどうですか?」


 それはオカシイ。そう思いながら、私は彼女の言動の真意を確かめる事にした。姿勢を小さくし、刀の柄を握り、突撃の姿勢を作り出した。その姿勢を見れば、誰だって突撃してくると警戒するだろう。

 警戒すれば身構え、殆どの者が微かに後ろへと下がる事を私は知っている。


 「――抜刀術、雷光一閃」

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