魔法剣士編

第1話「王女殿下の剣」

 「……」

 「……」


 遅刻しそうだと思った私は、ラルクの街へと走っていた時である。馬車が隣へとやって来て、私の事を馬車へと乗せてくれた。だが乗せてくれたのは嬉しかったのだが、馬車の中で二人きりで対面するという気まずい空気を味わっていた。


 「(き、気まずいです。何か会話をした方が良いんですか?いや、でもでも、一国のお姫様なら、私のようなただの貴族と会話するのを不快に思う可能性だってある。迂闊に話しても問題を起こしたら私だけでは責任が取れない事態となってしまう。……うぅ、胃が痛い)」

 「……?」


 そんな事を考えながら、私は彼女から向けられる視線に苦笑いを浮かべる。応えなければならないと思っているのだが、上手く言葉に出来ない感覚が焦りを生じさせていく。

 

 「……そんなに緊張しないで欲しいですね。私は貴女と仲良くしたいだけなんですよ?リーサ・アルファード・アルテミスさん」

 「……っ」


 そういえば、さっきは気付く事が出来なかった事があった。それは自己紹介もしていない状況だというのにもかかわらず、どうして私の名前を知っているのだろうか。そして『現実では初めまして』という言葉も気になる。

 聞いてみたいとは思うのだが、聞こうにもどうやって聞こうか迷ってしまう部分だ。気安く話し掛けて良い物かと思って、喉元まで出掛かった言葉は喉奥へとまた戻ってしまうのが現状だ。


 「貴女が疑問に思っている事をお教えしましょうか?」

 「……私の、疑問ですか?」

 「ええ。そうね……まず『どうして私が貴女の名前を知っているのか』という疑問からかしら?」

 「っ……」


 確かに私はそう思ったのは事実だ。だがしかし、まるで私の思考を読んだかのように口角を上げて言った。そして私が驚いたのは、彼女の放つ空気である。

 その空気は何処か……いや、私の気のせいだろうか?


 「驚くのも無理は無いわ。けれど考えても答えは出ないわ。だって答えはとても簡単な事で、単純明快なのよ?」

 「王族だから、ですか?」

 「不正解よ。今の貴女じゃ分からないわ、今の貴女では……ね」


 彼女はそう言いながら、目を細めて笑みを浮かべる。その表情を見た私は、微かにゾクリとした寒気が背中に走る。今すぐにでも馬車を降りたいと思える程だったが、私は学園へ遅刻はしたくないと自分を抑制して我慢する事にした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 クラスから訓練場へと移動したリーサとサーシャは、互いの程良い距離で足を止めて向き合っている。その様子を得体の知れない緊張感が包んでおり、クラスメイトである生徒たちが強張っていた。

 そんな生徒たちの中で、ティナだけが呆れた様子で壁へと背中を預けた。だが、その手には本を持つかと思いきや、腕を組んで対峙している彼女たちを見据える。


 「……(どちらも『準備は出来ている』、と言っているような気迫ね)」


 ティナの視線の先で対峙するリーサは、微かに呼吸をしてからサーシャへと問い掛けた。その目には、何処か真剣さを感じさせる空気を纏っている。


 「リーベル王女殿下。貴女が望むのは、何でしょうか?」

 「……望むものですか?」

 「はい。貴女が先程、対等以上と仰っておりましたが……私には、貴女には別の何かを考えているように思えるのですが」

 「フフ……そうね。確かに私が考えているのは、対等以上に戦える相手。だけどそれは建前という意味で、本当の目的は他にあるわ。ご名答よ?流石ね、リーサさん」

 「……」

 

 そう言って口元に指を添えて、笑みを浮かべている。そんなサーシャの仕草を眺めながら、リーサは腰に下げた刀に手を添える。構えを取った訳では無いが、リーサは少しだけ身を引いて体勢を作った。

 いつでも戦える体勢と言っても良いのだが、それをした事によってサーシャも武器を持たずに構えだけを取った。だがリーサは気付いた事があった。


 「リーベル王女殿下、貴女の武器は何処にあるのでしょうか?戦いを望むにしては丸腰ではないですか」

 「あぁ、余計な心配はしなくても大丈夫よ?私からすれば武器なんて重い物を常に運ぶなんて事、するだけでも疲れてしまうわ?執務があるというのだから武器を持つのは余計な事よ」

 

 肩を竦めながら、サーシャはそんな事を言った。執務が疲れるなどと王族が言って良い物なのかと思ったリーサだったが、すぐにその思考は停止する事になった。何故なら、サーシャの纏っていた空気が一変したからである。


 「――!?」

 「……でもそうね。戦いを望む者として、私は貴女に応えなくてはいけないものね。失念していたわ」


 そう言ったサーシャは、白い魔法陣を展開させて手を入れた。そこは水面に手を入れてるかのように、波紋で揺れる様子が目に入る。やがて、魔法陣からゆっくりと手を抜いたサーシャの手元には大きな両手剣が出現した。


 「驚いたかしら?無理も無いわね。この剣は、私が持つには派手過ぎるもの」

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