第3話「クラスメイト:ザック・シュラウド」
騎士科Aクラス。そこに配属して、クラスメイトの名前と顔を覚えている最中の事だ。そのクラスメイトの中で、まだ声も名前も聞いていない人物が一人だけ居るのだ。
その人物は今までの時間、いつも机に顔を突っ伏したまま微動だにしないまま眠り続けている。私の場所から少し斜め上の位置に居るのだが、未だに起きた所を見た事が無い。
「……あの、もうお昼ですけど……食べなくて平気なんですか?」
「そいつは起こさなくて平気だぜ?」
「え、そうなのですか?」
寝ている彼を起こそうとした瞬間、隣の席に座っている見た目不良っぽい彼がそう教えてくれた。やはり素行や見た目は悪いが、気の利く性格なのかもしれない。
「あぁ、こいつはいつもこんな感じなんだ。いちいち気にしてると疲れるだけだ」
「そうですか。お昼ご飯、食べなくても平気な方なんですか?」
「さぁどうだろうな。まぁ寝てる内は何も無い奴だから、適当に済ませた方が良いぜ。俺たちも飯にするぞ」
「あ、はい」
そのまま導かれるようにして、私は彼の言葉に従って教室を後にした。寝息を立てている彼を気にしていては、お昼を食べ損ねてしまう可能性だって有り得る事だと思ってくれたのだろう。
そんな事を思いながら、私は前を歩く彼を眺める。赤い髪に逆立っているが、目付きの悪さと相俟っている様子で周囲の生徒が避けているように見える。擦れ違う生徒が、目をどこか彼と合わせないようにして廊下を歩いている。
それを気にしていないのか、それとも気にしないようにしているのか。彼はスタスタと廊下を進んで行く。
「……えっと、名前なんだっけか?お前」
「リーサです。リーサ・アルファード・アルテミスと申します」
「そうか。俺はザックだ。ザック・シュラウドだ。ところでお前、俺を恐がらないんだな」
「恐がる?どうしてですか?」
「どうしてって……はは、別に良いや。何も思わないならそれで」
確かに目付きは悪いが、話してみれば普通だと思うのだが……周囲の生徒はそうは思っていないのかもしれない。どの世界でも、人は見た目で判断されてしまうらしい。いつの日も、無常という事か。
「シュラウドさんは、どうして騎士科に?」
「んあ?騎士になる理由なんて無ぇよ。俺の家が騎士科に通っていたから、成り行きで受けて試験に合格しただけだ。剣を握る以外、別に取り柄なんて無いしな。やる事が見つかって無い状態で、闇雲にやっても疲れるだけだろ」
「なるほど。そういう生き方もあるのですね」
「生き方って……そんな難しい話でも無ぇだろ」
微かに口角を上げながら、彼は学園の外へと向かって行く。私は首を傾げながら、その行動の意味を問い掛けていた。
「学園の外に出るのですか?」
「あぁ?学園の外に出なきゃ、飯は食えないだろ。何言ってんだ、お前は」
「なるほど?……(外に出て良いんだ)」
「可笑しな奴だな。俺の事も恐がらないし、決闘も断るし、お前みたいなのは初めて見るよ」
「知らない事の方が多いので、その所為かもしれませんね。街外れに住んでいたから、その影響もあると思います。参考までに、シュラウドさんがいつも何を食べてるのか、着いて行っても良いですか?」
「別に良いが……少し離れて歩いてくれな。勘違いされるのだけはゴメンだ」
「勘違い?」
何を勘違いするのだろうかと思いつつも、少し彼から離れて着いて行く。ラルクの街は賑わっている様子だが、歩き食べをするつもりなら何かを買わなければならない。だがしかし、彼には何かを買う素振りが一切見えない。
それどころか、何かを買うつもりかどうかまで把握出来ない。店へ視線を動かす事すらせず、ただ真っ直ぐに目的地があるかのように歩を進め続ける。
私はその彼に着いて行き、やがて学園から離れた場所までやって来た。
「俺は平民の出だ。だから、あっちにある店じゃ買えるのは少ないんだ」
「そうなんですか。いつも何を食べてるんですか?」
「俺の家の近くに酒場があるんだが、そこで出るスープをいつも口にしてるが……まさか着いて来るとか言わねぇよな?」
「そのまさかですよ。ここまで着いて来たのは私ですし、そのスープというのも気になりますから」
「マジかよ。どうなっても知らねぇからな?」
この世界に平民や貴族といった階級話があるのは聞いていたが、そこまで気にするような問題なのだろうか。私としては、彼の言っているスープとやらがコーンスープだったら良いなと考える程度である。
「おいババア、適当に見繕ってくれないか?手持ちが無ぇ」
『入って来て早々冷やかしかい?一文無しに出す飯はここには無いよ』
「いつものスープで良い。後、こいつにも出してやってくれ」
『こいつって……!?』
「ど、どうも初めまして?」
私の顔を見るなり、何故か驚いた表情を浮かべる店主らしき人。その人は私の服装と風貌を確認するように上から下、下から上へと視線を動かしてハッとしていた。
『おいザック、アンタが連れて来たにしては立派なお嬢さんだね。どうやって吹っ掛けたんだい?』
「妙な勘ぐりをすんじゃねぇよ。ただのクラスメイトだっつの」
『アンタみたいな生意気なガキに友達が作れる訳ねぇだろ。お嬢さん、変な事をされたのなら憲兵団に言うんだね』
「ぷ、っくくくく……大丈夫ですよ。シュラウドさんはそんな事しないって分かってますから」
「笑いながら言う事じゃねぇだろお前」
「でも、事実ですよ。私はこの通り、何もされていませんよ」
『……本当だろうね?ザック』
「ちっとは信じろよババア」
『アンタの事を信用するなんざ、後十年経っても出来ない話だよ』
「あぁ!?んだとババア、今すぐミンチにしてやっても良いんだぞゴラァ!」
『おーおー、やってみな?返り討ちにしてやるから』
そんな口論をしているのを眺めながら、私は適当に椅子に座り始める。カウンター席とテーブル席があったので、彼らが続きを話せるようにカウンター席を選んだ。薄汚れていたは居るけれど、しっかりと掃除が行き届いているように思える。
素材が少し痛んでいるだけで、後は普通の店と変わらない。そんな彼に着いて行った先で、私はそんな隠れ家のようなお店を見つけた。
今度ミレイナも連れて、彼と彼の祖母?らしき人との口論を眺めに来るとしよう。そう思いながら、私は彼の言っていたスープを彼と待つのであった。
出て来たスープは、予想通りのコーンスープという事で、私は上機嫌で午後の講義へと望むのである。ちなみに午後の講義は、騎士科の主体となる講義――模擬戦である。
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