第4話「クラスメイト:エリザ・リーズフェルト」
午後の講義。恐らくそれが騎士科の生徒の中で、メインとなっている講義といえるだろう。それは机に向かって集中する講義ではなく、対人を目的とした実戦形式で行われる模擬戦である。
そしてその講義では、生徒の一人一人の実力を見る為に生徒同士を模擬戦させるらしい。だからこそ、私が居るこのクラスは偶数なのだろうと納得している最中だった。先生の説明を受けている間、やたらと背中に受ける視線があった。
「……女の子の事を凝視するなんて、セクハラよ?ベイル」
「うるせぇよ。あんたの事を見て無いんだから、ほっとけ」
「そうは行かないわ?彼女と戦う前に決着を付けるべき相手が居るでしょう?それとも、私から逃げるつもりかしら?ベイル・オーガストくん♪」
「くっ、テメェ……!」
悪戯心全開の笑みを浮かべながら、ベイルを挑発する彼女。彼女は確か、朝にベイルと喧嘩していた相手だ。実力はどうであれ、騎士科に居るのだから剣で決着を付けるという事だろうか。
でも今の口振りから予想するに、彼と彼女の間には因縁めいた物があるのかもしれない。そんな事を考えている間に、事は進んでいるようだった。
「おいアルテミス、早く離れた方が良いぞ。あいつらの戦闘に巻き込まれる」
「は、はい」
「何で隣に座るんだよ?」
「いや、貴方がここにって促したんでしょう?それに他に場所は無いし、私は構わないですよ」
「(俺が構うんだよ。さっきも思ったが、こいつには羞恥心ってものが無ぇのか?ちくしょーがっ!)」
何やら頭を抱えているザックだったが、私はすぐ近くの壁に背中を預ける彼女に視線が動いた。本を読んでいる様子とあの青水色の髪はティナである。
「フロストさんフロストさん、こっちに来ませんか?まだ座れますよ」
「遠慮するわ。窮屈なのは苦手なの、暑苦しいのもね」
彼女は私の奥に居るザックを見て、そんな事を言った。それが本心かどうかは分からないが、確かに私も窮屈なのは嫌いだ。生前の事もあるし、息が詰まる状況というのは空気で感じやすい。
やはりさっきも思ったが、どこか私とティナには繋がっている部分があるのかもしれない。少し嬉しいと思える自分が居て、笑みを浮かべてしまう。
「――始まるみてぇだぞ」
そんな彼の言葉が我へと戻し、視線は彼女から模擬戦で向かい合う彼らへと向けられる。対峙しているベイルはガントレットを付け、準備運動をしながら目の前に立つ彼女を見据えている。
至近距離戦を得意とするガントレットでは、相手が遠距離だった場合は不利になってしまう恐れがある。だが、彼女が取り出した武器は綺麗に畳まれた棒状の武器だった。
「エリザはランス使いなのか。この上なく厄介だな。中距離戦も近距離も出来るなら、選択肢は山ほどある。あいつはどう対処出来るかで、勝敗が左右するな」
「彼女はエリザという名前なのですか」
「そうだ。エリザ・リーズフェルト。代々騎士としての名を歴史に刻んで来たリーズフェルト家は、王家直属の家臣の家柄だ。奴は貴族ではなく、王族って訳だ」
「王族って事は、未来が分かっているのに学園へ通う事を決めたって事ですか?」
「一応そうなるな。未来が分かっていながら学園に来る王族を、あいつは許せないんだろうよ。まぁそこら辺、縛りが無いこの学園だから出来る事だろうがな」
なるほど。これで朝の口論の原因が理解出来た。要はベイルがエリザを僻んでいるのか、王族で未来が分かっているのに貴族として通っているのが許せないんだろう。ザックの説明を聞いた上で、私は真っ直ぐ彼らの戦いを見届けたくなった。
「どっちが勝つと思いますか?」
「さぁな。だが優勢なのはやっぱりあいつの方だろう。中距離と超至近距離じゃ、差が有り過ぎるしな」
確かにザックの言う通り、距離で見れば槍使いと素手は大差があるだろう。だが動き方さえ間違わなければ、いくら槍が相手で不利でも抗う事が出来るのではないだろうか。
そんな事を思いながら眺めていると、近くに居たティナが会話に混ざって来た。
「リーチの長さがあるのもそうだけど、それでも現段階でベイル・オーガストが不利と思うのは早計よ」
「へぇ……〈氷結の魔剣士〉様があいつを認めるのか?」
〈氷結の魔剣士〉――それがティナ・フロストが持つ二つ名という物なのだろうか。ザックの言い方は皮肉が混じっていたように聞こえたが、それでもティナは気にした様子も無く言葉を続けた。
「認める訳じゃない。けど、勝負はやってみなくちゃ分からない。当たり前の事よ」
「へいへい。けど俺の予想だが、この勝負はリーズフェルトだな。言っておくが、これは根拠があるぜ?」
「ふうん。まぁどっちでも良いけどね。あたしは興味無いし」
「相変わらずクールな事で」
ザックとティナが言葉を交わしている間、ベイルとエリザが何やら話している。まだ口論をしているのかと思った瞬間、戦いの火蓋が切って落とされたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それにしても、好戦的なのは相変わらずね。良くも知らない相手に決闘を挑むなんて、正気の沙汰じゃないわ」
「ハッ、あんたみてぇにのんびりと相手を調べたりしねぇんだよ。そんな暇があるなら、さっさと戦って見極めりゃ良い。それだけだろうがっ!」
ベイルはダッシュした後に格闘を繰り出し、地面へと拳を突き出した。その拳を回避したエリザは、反撃もせずに後退して距離を取った。そして溜息を吐きながら、肩を竦めて言った。
「全く、呆れるくらいに馬鹿よね。そんな攻撃が当たると本気で思ってるの?」
「フッ、避けられるなら避けられなくなるまで打ち込めば良いだけだ!はぁあ!」
「はぁ……相変わらずよね。馬鹿の一つ覚えとはこの事よね、本当に」
再びダッシュして距離を詰めたベイルは、隙が生じていた真横から打ち込もうとした。だがしかし、エリザは呟きながら軽々とその拳を避けた。そのままエリザはベイルの足を崩し、追い討ちを仕掛けて薙ぎ払った。
結果は呆気なく、エリザ・リーズフェルトの勝利で事が収まったのである。
「ほらな。俺の言った通りだろ?」
「そうね」
「……」
そんな短い言葉が交わされている中で、リーサは二人の会話を聞かずにエリザの事を眺めていた。その目は揺れる事なく、一つ一つの動きを見極めようとするように観察していたのである。
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