第2話「クラスメイト:ティナ・フロスト」

 「……」

 「……」


 騎士科の講義に授業という授業は無いらしいが、対人で必要な知恵を勉強したり、自分の戦闘スタイルの見直しをする時間でもあるらしい。最初の段階から、ほぼ自習という感じだ。

 私としても授業が無い事は嬉しい事なのだが、この世界の事を知る機会を手放した感覚に襲われていた。騎士科と違って魔法科は、この自習という空間が無い状態で授業が行われているのだろう。

 だがそれでも騎士科が自習だからと言って、勉強をしなくて良いという訳では無いだろう。周囲に居るクラスメイトの中には、未だに寝ている人も居れば、外を眺めたり本を読んだりと様々だ。


 「はぁ……勉強しよ」

 「何処かに行くのか?」


 隣で退屈そうにしていた彼が、そんな事を問い掛けて来た。別に秘密にするような事でも無いのだが、それと同時に彼に私の行動を報告する義務は無い。友人や恋人だった場合は言うかもしれないが、今の彼にそんな気持ちは全く無い。


 「ちょっと先生に許可を取りたい事があるんですよ」

 「へぇ……」


 彼はそう呟きながら、机に突っ伏す。退屈というのが伝わる行動だが、私は彼を放置して先生の元へと向かう。


 『ん、どうした。アルテミス、何か分からない事でもあったか?』

 「いえ、図書室へ行きたいんですけど、許可を貰えたりしますか?」

 『ん、あぁそうだな。誰かが付き添いで行くなら許可をしよう。そうだなぁ……おーいフロスト。お前、一緒に行ってやれ』


 付き添いは先生とかだと思っていたら、クラスメイトで許可を取れる事に驚いた。そう思いながらも、先生に声を掛けられた彼女へと視線を向ける。溜息混じりに読んでいた本を閉じ、椅子から立ち上がって私を見て来た。


 「行かないの?」

 「あ、はい。行きます」

 『鐘が鳴る前には戻って来いよー』


 放任主義なのか、生前なら途中退室はお手洗いしか許されなかったのに。この世界の教育機関は、また随分と甘いらしい。それに彼女、先生に返事をせずに指示に従っていたし、ずっと無表情のままだ。

 最初の印象もそうだったけれど、やはりこういうのがクール系という事なのだろうか。


 「……」

 「……」


 廊下を歩く二人の足音しか聞こえない程の沈黙。前に居る彼女が何を考えているか分からない以上、知る為にはまずはコミュニケーションが必要だろう。


 「あの、フロストさん」

 「……何?」

 「えっと……有り難う御座いました。せっかく本を読んでいたのに、着いて来て頂いて」

 「別に。あたしも図書室に用があったし、ついで」

 「それでも有り難う御座います」

 「……」


 短い言葉を交わした後、すぐに静寂に包まれて図書室へと向かう。ティナ・フロストという名前なのかと思いながら、彼女の青水色の綺麗な髪に目が吸い寄せられる。他人の可愛い部分や綺麗な部分があると、自然と目が奪われるというのはこういう感覚なのだろうか。

 生前にクラスメイトが言っていた雑談を思い出しながら、私が彼女の髪を眺めている時だった。彼女は振り返らずに私に問い掛けて来た。


 「……何か用?」

 「え?」

 「人の髪をジロジロ見るのは、失礼だから止めときな?」

 「あ、ごめんなさい。その、綺麗な髪だなって思いまして」

 「……」

 「あの、不快にさせてしまったのならごめんなさい。けれど、嘘は言っているつもりはありませんから。貴女の髪、凄く綺麗です」

 「……そう?あたしには、この髪に良い思い出が無いのだけど。けど、ありがと」


 彼女は自分の毛先を指先で弄りながら、冷たくそう言った。だがしかし、私は彼女の口角が少し上がっていた事を気のせいでは無いと思いたい。何故なら彼女は決して、無愛想ではないのだと思えたからである。


 「着いたよ。ここが図書室」


 教室からしばらく歩いた後、やっと辿り着いた扉の前で彼女は足を止めた。少し大きな扉に驚いていた私とは違い、彼女は早々に中へと足を踏み入れて行く。私もその背中を追って、図書室の中へと入った。すると……――


 「っ……!!」


 そこには、まるで宝物庫と勘違いしてしまう量の本棚が存在していた。建物の構造上、ここまで空まで届きそうな感覚では無かった気がするのだが、どうしてこの図書室は天井が空まで伸びていると錯覚してしまうのだろうか。


 「これは、凄いですねっ」

 「……ご、ごほん。そこまで驚く程でも無いでしょ?ここは魔法学園でもあるのだから、これぐらいの事は余裕だと思うよ」

 「それでも凄い物は凄いです!改めて、魔法って凄いんですね。私も多少は使えますが、三つの属性だけじゃここまで出来ないんでしょうね」

 「はぁっ!?み、三つ!?」


 私が使える魔法属性の数を口にした瞬間、今までの雰囲気を吹き飛ばす程のリアクションをし始めて身を乗り出してきた彼女。そんな彼女の様子を見た瞬間、思わずたじろいでしまった。

 私のその反応を見た事で、自分が取り乱した事を理解した彼女は咳払いをして誤魔化した。


 「ご、ごほん……それで、三つの魔法属性を使えるの?」

 「あ、はい(あ、続けるんだ)」

 「確かに三つの魔法だけじゃ、ここまで芸当をする必要は無いわよ。参考までに、使える魔法属性が何なのか聞いても良い?」

 「あぁ、えっと……火と風と闇、ですね。えっとフロストさん、どうしたんですか?」

 「いや、もう良いよ。あんたが無自覚って事だけは理解出来たから」

 「???」


 何やら溜息を吐きながら、頭を抱えている彼女。何故だろうか、何か私は可笑しな事を言ったのだろうか。そんな事を考えていると、彼女は図書室の奥へと進み出した。私はその背中を慌てて追い、一緒になって本棚へと視線を動かす。


 「(使える属性が三つって、それで足りないって本気で言ってるの?とは言っても、自分が凄い才能を持ってる事を自覚していない様子なのが違和感でしかないわ。あの試験、確かにこの子は剣を扱えていた。申し分ない程に騎士科に居てもおかしくない。けど……どうして三つの属性魔法を使えるのに、魔法科を選ばなかったの?)」

 「……えーっと、あったあった」

 「(それに剣士としての才能は、この学園中の生徒が知っているし見ている生徒もいるはず。それでも魔法も使える事を知ってる生徒って、まさかあたしだけとか言わないよね?)」


 私は彼女が何を考え込んでいるのか分からなかったが、探そうとしていた本も見つかった事で満足していた。図書室から教室へと戻る際、彼女から視線を感じ続けていたが何だったのだろう。

 そんな疑問もありつつも、私は彼女――ティナ・フロストさんと話す事に成功したのである。これで名前を知った相手は、二人目となった。

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