騎士科Aクラス編
第1話「クラスメイト:ベイル・オーガスト」
入学式当日から、私は頭を抱えていた。その理由とは……――
『見ろ、あの子だ』
『黒髪の剣姫。あれが黒薔薇のリーサか』
『入学試験で対戦相手から勝利を収めたらしいわ。凄いわよね』
『ハッ、いずれ追い抜かれる可能性だってある。今だけだぜ?余裕があるのは』
そんな話し声が耳に入る中で、私は配属が決められている教室へと向かっていた。学園アルカディアの大きさはかなりの物だが、何より教室の数が多過ぎるというのが印象を受ける。
国が払っている財が無ければ、まずは実現不可能なマンモス校だ。その上、平民から貴族が、その能力の適正にあった教室へと配属される。DからAクラスというランクに近い物で分けられるのだが、私はAでミレイナは魔法科のBクラスとなったらしい。
姉妹揃ってC以上というのは、周囲に黄色の声を上げる影響力にもなっているようで、周囲からの視線が正直に言えば厄介である。これを数年間、卒業まで耐えなくてはならないと思うと少し憂鬱である。
「……(っていうか黒薔薇って、私はそんな棘棘してませんよ。失礼な比喩をした人が居るようですね)」
そんな事を考えながら、私は配属教室へと辿り着いた。扉に手を触れた瞬間、教室の中から何だか騒がしい声が聞こえて来た。
『――何でこんな所にあんたみてぇのが居るんだよ!』
『あら、ここに私が居ちゃいけないというのかしら?ここは貴族階級関係なんて意味は無いでしょう?』
『だからって、何であんたが居るんだよ!貴族でも平民でも無いじゃねぇか!』
何やら揉め事のようだが、配属されたばかりの教室に知り合いが居るのは羨ましい事だ。そうやって言い争いをした事すら、私には経験の無い事だ。そうやって過去を思い出しながら、私はその争いを割り込むようにして教室へと入った。
「……」
『ほら、同じクラスの仲間が来たのだからみっともない姿を見せる物では無いわ』
『あぁ!?元はと言えばあんたがっ!』
『いい加減にしろよ、うるせぇなゴチャゴチャと。ガキの喧嘩がしたきゃ外でやれ。ここは騎士の集まりで学園だぞ?』
教室の端で片足を机に引っ掛けている少年が、そんな事を言って争いを中断させる。素行は決して良いとは言えないが、彼の言っている事は正論でしかない。名も知らないし、顔も知らない。そんな集まりの中でも、自分の思っている事を正直に言える口があるのは大した物だ。
「……」
『何で隣に座りやがるんだよ、お前』
「貴方の意見に賛成したからですよ。最初から険悪になっているのは驚きましたが、無駄な争いは無駄な労力を消費します。その点、貴方の隣は比較的に楽と思いまして」
『……物好きな奴だな。勝手にしろ』
「はい、勝手にさせて頂きます♪」
彼の微かな舌打ちを耳にしたが、決して迂闊な行動には発展させようとはしない。常識を一応持っているようだが、やはり片足を机の上に乗せているのは止めない様子である。
まぁ、初対面で細かい指摘をするつもりは無いし、彼がそういうスタイルの方だと思えば気にならなくなるだろう。それよりも、私と彼の会話を聞いていたクラスメイトの視線がこちらを向いている。
『あんた、黒髪の剣姫だな』
言い争いをしていた内、最も好戦的そうな少年が私の前までやって来た。何の用かは分からないが、通り名で呼ぶのを止めて欲しいと告げるとしよう。
「どちら様ですか?その方は。私には、リーサという名前があります。黒髪の剣姫などと呼ぶのは勝手ですが、人の名前を呼ぶ事も出来ない方と仲良くするつもりは私にはありません」
『仲良くなんてこっちがお断りだ。オレはベイル。ベイル・オーガストだ』
彼はベイルという名前なのか。と思いながら、私はベイルの容姿を眺めるように見つめた。小柄ではあるが鍛えている様子もあるし、騎士を目指す仲間としては申し分ない戦力かもしれない。けれど、仲間意識というのが欠けているなら減点だろう。
何様かと思われるかもしれないが、騎士として仲間にする授業があった場合の相手の情報は必要不可欠。故にこの初対面の段階で、クラスメイトの事は把握した方が良いだろう。
残るは隣に居る彼と、言い争いをしていたベイルの相手だった彼女。そして本を読んでいるクール系の彼女に……寝ている誰か。視界に入るだけでも、どうやらここAクラスは私を含めて6人らしい。
「……それで?私に何か用でしたか?ベイル・オーガストさん」
「あんた、オレと決闘しろ」
ベイルの言葉を聞き、周囲の様子が一変した。騎士同士の決闘というのは、互いの合意があれば出来る個人での模擬戦である。恐らく使い道はあるだろうが、この場合は多分見たまんまだろう。
私との直接的な決闘の申し込み。宣戦布告を堂々とした訳だ。そんなベイルの行動によって、他のクラスメイトの視線が一斉にこちらに向いた。受けるか受けないかは相手の自由という規則があるが、私は間髪入れずに答えを告げた。
「お断り致します。その申し出は大変喜ばしいお誘いですが、今の私たちは騎士科に入ったばかり。まずは全員の名前を覚え、自分の周囲が落ち着き始めた時に挑む事を最優先事項だと思います。ベイルさんがどう考えているかは知りませんが、騎士とはただの私怨で理由も無く決闘を受ける。などという愚行をするとは思えませんが?」
「ぐっ……オレを舐めてるのか?どうして決闘を受けない」
「貴族だろうが平民だろうが、学園の規定を守るのは道理です。ですが、無意味な戦いもまた、貴族も平民も選好みすると思いますよ。ベイルさん」
真っ直ぐに見据えた目を向け、私はベイルにそう告げた。そう告げた瞬間、隣から感心したような声が聞こえた。気のせいかもしれないが、それでもこれは私の本心であるから仕方の無い事だ。
『おらぁ、各自席に座れー。講義を始めるぞー』
「チッ……」
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