第12話「限界を迎える前に」

 ――夢を見ていた。


 それは私が、リーサ・アルファード・アルテミスという名前ではなく、生前の榊原理沙として生きていた頃の夢だ。

 何も無い。何も夢描く物も無く、何も抱く事も無く、ただひたすらに木刀を振り続ける毎日。そんな退屈さと窮屈さを感じる毎日を繰り返し、虚無感に包まれたままで生き続けていた。

 いや、違うな。正確に言えば、生きながらも死に続けていたのだろう。辛うじて残っていたのは、家を出た後に出来るかもしれないという時間だけだ。


 「……」


 そんな思い出したくない記憶の夢を見ていた私だったが、徐々に意識が覚醒していく。やがて夢の世界から、現実世界へと戻るのである。榊原理沙ではなく、リーサ・アルファード・アルテミスとして新しく生きている世界へと――


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 盗賊との一件から数日後、リーサとシェスカはグレイルの書斎へと呼ばれていた。並んで立っているリーサとシェスカの前で、口の前で手を組むグレイルは二人を見つめていた。


 「……シェスカくん」

 「はい」

 「私は今、非常に機嫌が悪い。何故だか分かるかね?」

 「はい。私が居ながら、リーサお嬢様に戦闘行為を行わせてしまった事。そして、逆にリーサお嬢様に護られてしまった事でしょう」

 「……」


 シェスカがそう言いながら、頭を下げる。そんなシェスカの様子を横目で見たリーサは、耐え切れずにグレイルに言った。


 「お父様」

 「何だい?リーサ」

 「シェスカさんを咎める前に、まずは私を咎めるのが筋です。今回の件、動いたのも、シェスカさんに命令を出したのも私です。罰は受けます。ですが、シェスカさんに罪を問うのは……」

 「リーサ……私は、お前に何か遭ったらと懸念を感じているのだよ。私が留守の間、あのままでは盗賊にリーサの武器が市場にて売買されていた可能性だってある。それに万が一、お前たちが敗北した場合も同じだ。私は嫌だぞ?私の大事な家族が、奴隷売買の商品にされていたらっ!」

 「っ……」


 グレイルの感情が昂ぶったのか、机を叩く音にリーサは強張った。そんな怯えるリーサの事を見たグレイルは、肩を竦めながら冷静さを整える為に椅子に背中を深く預ける。


 「はぁ……まぁ無事ならば文句は無い。だが約束して欲しい。これからは無茶な事、危険だと思える場所に踏み込もうとしないでくれ。そうでなければ、私の心臓が持たん」

 「……お父様……はい、分かりました」

 「うむ。ではリーサは部屋へ戻り、ゆっくりと休みなさい。シェスカくんは残りたまえ。良いな?」

 「はい」


 目を俯かせながら、リーサは書斎を後にした。その背中を眺めていたグレイルは、再び口の前で手を組んでシェスカに問い掛ける。


 「――リーサに怪我はさせていないだろうな?」

 「はい。途中から気絶していた私が言うのもどうかと思いますが、外傷が見る限りありません。、ですが」

 「どういう意味かね?」

 「お嬢様はまだ11歳の子供ですよ、旦那様。当然ながら、他者を殺した事は一度も無いでしょう。手には感覚だって残っているはずです。あのまま放置すれば、時機に限界を迎えるでしょう。それがいつかは把握出来ませんが」

 「トラウマとして残る。または、他者を斬るという事が出来ない。それでは騎士としての仕事にも影響するという今後を見据えて言っているのか?」

 「はい。あの学園では、実戦形式で教える部分も多くあります。必ず魔物退治や対人の訓練もあるでしょう。その度にお嬢様は、その感覚と向き合わなくてはなりません。何も無いと良いのですが、どうも危うく思えるのです」

 「……幼い頃から何でも出来たリーサだが、一つだけ出来ない部分があるとすれば……それは恐らく、自分という存在を過小評価している部分かもしれない」

 「過小評価、と言いますと?」

 「リーサは私とシェスカくんから教えを受け剣術を学び、フレアとルルゥくんからは魔法を学んでいる。その中で、不出来と思った事は一度も無い。それどころか、出来過ぎと思える程に飲み込みが早いし、教える前から礼儀や作法は問題も無かった。と言える程にな」


 グレイルは感じていたのだ。以前から、リーサの出来過ぎる部分と年相応ではない感情の動きや言動を、そして今回の件を通して確信へと変化したのだ。だがしかし、それでも自分の娘である事実は変わらない以上、リーサの性格を知っている分、深く踏み込んでしまえば彼女自身が壊れる可能性だってある。それだけは避けなくてはならないと考えていた時、シェスカが口を開いた。

 

 「旦那様の言う通り、確かにそういう部分があるのは間違い無いでしょう。ですが、私は勿論、旦那様も見守るべきかと思います。我々の通った道はそれぞれであり、お嬢様の道もまた険しい道かもしれません」

 「……」

 「ですが、お嬢様は決して弱くはありません。それは旦那様もご存知でしょう?今はお嬢様が学ぶ様子を眺めるだけでも、十分だと思いますよ」

 「そういうものか」

 「はい。そういうものです。それに下手に手を出せば、旦那様がお嬢様に嫌われる可能性だってありますしね」

 「なっ、なんだと!?何故だ?」

 「あの年頃の子供は、詮索を嫌います。大人になっても詮索されるのは良い気分ではないと同じく、子供はその数倍は他者からの行動に敏感なのです。あまり深追いをすれば、旦那様が嫌われていくのが目に見えてしまいますよ」

 「ぐぬ……ならば、私はリーサの周囲に気を配ろう。悪いがシェスカくん、今後ともあの子を頼んでも良いか?」

 「……仰せのままに。我があるじ様」

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