第11話「刀を抱く少女」

 盗賊オーグとの戦闘の後、リーサはシェスカを担いで洞窟の外へと出た。大人を運ぶには小さな身体のリーサでは、体力の消耗が激しい重労働だったのだろう。

 リーサは、洞窟から外に出た瞬間に倒れ込むように地面に寝転がった。


 「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 

 大量の魔力消費と体力の消耗。その二つが相俟って、リーサの疲労は限界に達そうとしていた。だが洞窟の入り口付近で寝てしまえば、夜に動き出す魔物に襲われる危険性が生じてしまう。

 その可能性を否定出来ない以上、リーサは少しの体力回復をした後、すぐにシェスカを担いで街へと向かった。

 ラルクの街から数分掛かる距離の中で、リーサの体力が保てるかどうかを懸念材料だ。体力が保てれば問題は無いのだが、それでも道中に倒れる可能性だって無くは無い。

 リーサはそんな事を考えながら、自分よりも身体の大きいシェスカを担いで歩を進める。


 「……っ、もう少しで街……踏ん張りなさい、リーサ!」


 自分の名前を呼んで、鼓舞するリーサ。だが疲労状態は悪化するばかりで、消耗は未だに続いている。このままでは、道中で倒れる方が確率的には大きいだろう。

 そんな事を思っていた矢先、リーサは足が引っ掛かって転んでしまった。担いでいたシェスカの下敷きになり、やがて起き上がる気力さえも失っていった。


 「……もう、動けない……」


 このままでは、自分の所為で行き倒れとなってしまう。シェスカを巻き込んでしまうと考えたリーサは、手を空中へと翳して詠唱をし始めた。


 「――闇の精霊よ、我が周囲の敵を拒絶せよ」


 紫色に輝く魔法陣を展開したリーサは、手元からリーサとシェスカを囲むように空間を拡大させていく。やがて範囲が確定した場所で止まり、リーサは魔法名を呟いた。


 「――シャドウフィールド。ぐっ……」


 だが、魔法を発動したと同時に視界が霞んでしまう。そのまま倒れるように意識が遠くなり、やがてリーサは現実世界との接点を絶たれてしまったのである。そんなリーサの元へと近寄る足は、リーサたちの前で足を止めたのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「ったく、随分と無茶したようだな。あんたの娘らしい行動だよ、全く」

 「そう責めないでもらえるかしら?私だって、この子がこんなに無茶するとは思いもしなかったのだもの」

 「それでも親だろ、あんたは。親なら子供のやる事成す事を考えて予想しろ。そうしねぇといつか後悔するぞ、あんた」

 「そうね。……肝に銘じておくわ」


 そんな言葉を交わしながら、フレアとメシアはベッドへと彼女たちを寝かせる。消耗の激しいのは、やはり幼い彼女の方だった。随分と魔力が消耗していて、体力はもう残っていない程にガス欠だった。

 それをひと目で把握したフレアは、彼女の頭にそっと手を置いて言った。


 「……良く頑張ったわね、リーサ。あなたの頑張りは、決して無駄では無かったわ。おかげで、自分の武器も取り戻せたようだし」

 「本当だな。確かにこれは、アタシが作った武器だ」

 「変わった形の武器ね。それはリーサの注文なのかしら?」

 「あぁそうだ。あんたの娘から、直々にもらった注文だ。鋭く、そして折れにくい剣。嬢ちゃんが言うのには〈刀〉って言うらしいぜ、こいつは」


 メシアがそう言いながら、寝ているリーサの手元から刀を取ろうとした。だがしかし、まるでしがみ付くように抱き始めるリーサから引き剥がす事は難しいと判断された。

 そんなメシアの判断を確かめるようにして、フレアは刀を抱いて眠るリーサの寝顔を眺め始めて言った。


 「……なかなかの荒療治をしたものね」

 「どういう意味だ?」

 「リーサの体力と魔力の消耗を見る限り、この刀とやらで一撃で事を終えたんじゃないかしら。けどその為には、必ず相手を一撃で仕留めなければならない。それを踏まえた上で、リーサはしっかりと仕留めたようよ。ほら、返り血を浴びてるわ」

 「あんたまさか、こんな小さい子に暗殺術でも教えたんじゃないだろうな?」

 「人聞きの悪い事を言わないでもらえる?私はこれでも、娘を愛しているの。そんな娘に暗殺術を教える程、私は落ちぶれては居ないわ。教えたのは、剣術の一部と魔法の発動方法よ」


 そんな事を言うフレアに対して、メシアは溜息混じりに肩を竦める。フレアの言葉を信じていない訳ではないが、それでもやはり、リーサが剣を使える時点で同じ事だと考えているようだ。

 剣術を覚えれば、嫌でも相手を殺す方法は思い付く。それを知っているメシアだからこそ、フレアをジトっと目で見つめながら言った。


 「その剣術が原因じゃないのか?アタシだったら、そんな事を教えずに魔法を教えるけどな」

 「私とあの人だって、最初はそうしようとしていたわ。けれどこの子がね、言ったのよ。『魔法使いでは、近距離戦に不利が生じます。ですから魔法ではなく、剣術を私に教えてくれませんか』ってね。産まれて間もない頃、4歳の子供が隠れて訓練用の木刀を振るっていたのよ?そんな言葉が投げられるのは、もう読める未来じゃない」

 「そうは言ってもだな。リーサはまだ若いし幼い。いくらでも道がある中で、何で最も危険な剣士なんだ!今回の件でもし死ねば、誰も責任なんて取れないぞ!」

 「そうね。私もあの人も愚かだったでしょうね。けれど、この子はこうして帰って来た。なら、私も覚悟を決めてこの子の我儘を聞くだけよ」

 「剣士を諦めさせるつもりは無いと?」

 「あなたも武器を作っておいて、そんな結果はつまらないでしょう?それにこの子は、他の子供よりは賢い子よ。自慢ではあるけれど、それでも危うい部分もあるでしょうね」

 

 フレアがそう言うと、ベッドの上でリーサが寝返りを打つ。そんな彼女の様子を見て、フレアは微かに口角を上げて呟いた。


 「……無事で良かったわ」

 「……はぁ」


 そんな呟きが聞こえて来たメシアだったが、もう突っ込む気力が無くなったのだろう。メシアは椅子に深く背中を預けて、天井を眺めるように視線を動かす。そんなメシアの事を放置したまま、フレアは優しい笑みを浮かべたまま手を動かし続けるのである。


 「おかえりなさい、私の可愛いリーサ」


 そんなフレアの言葉を投げられているリーサは、メシアの作った刀を抱き締めて寝息を立てているのであった。その表情には何処か、安らぎを得ているような空気を纏っているのであった。

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