第5話「初めての命令」

 至近距離での魔法発動をしたのは、初めての試みだった。だがそれでも、絶対にミレイナを連れて行く訳にはいかなかった。あのままだったら、確実に着いて来てた未来しか見えない。

 だから私は拒絶し、ミレイナに距離を作ったような言い方をしてしまった。


 「どうしたのですか?リーサお嬢様」

 「いえ……なんでもありません」

 「ミレイナお嬢様を拒絶した事を気にしているのですか?」

 「っ……」

 

 気にしている。そんな程度の事ではない。罪悪感、というのだろうか。それが押し寄せてくるような圧迫感が、私を息苦しくしているような感覚がある。それを抑える為、自分で自分で手を握り締めるのが精一杯だ。


 ――恐い。


 生前と同じように拒絶して、嫌われ者へとなる結果が来ると思うと……とても恐い。相手にやった事は自分にも返って来る。――そんな言葉を信じたくはないが、現にそれを経験している私には恐れしかない。


 「大丈夫ですよ。貴女は正しい事をしたのです。姉として、家族として……それは誰にも咎められる事はありません」

 「そう、でしょうか?」

 「はい。貴女は優しい。他人に優しく自分に厳しいというのが、貴女のして来た事です。ですが、その優しさはしっかりと伝わってるはずですよ。ミレイナお嬢様も、それは理解していますよ」

 「……」


 優しい鼓動が響く。シェスカさんの胸の中は心地良く、焦っていた思案すらも落ち着いて巡っていくのが良く分かる。


 ――盗賊に剣を盗まれた。


 ――メシアさんが傷付けられた。


 ――ミレイナを拒絶してしまった。


 起こった事を一つずつまとめている内に、私の心は平常運転へと切り替わっていく。だが、それでも……いや、だからこそ私の心は怒りに満ちている。静かな怒りを抑えながら、私はシェスカさんから抱き締められている状態から離れた。


 「ありがとうございます」

 「いえ、落ち着きましたか?」

 「はい」

 「ではリーサお嬢様、こちらをどうぞ」

 

 差し出されたのは木刀ではなく、真剣だった。それはメシアさんから作ってもらった剣ではないが、何処にあったのかも知らない剣だ。私はそれへ疑問の眼差しを向けていると、シェスカさんは続けて答えてくれた。


 「――これは奥方様が使っていた剣です。今やアルテミス家の中にある家宝として眠っていた物ですが、先程、私から奥方様から許可を頂きました。そしてこの剣を持ち出す際、奥方様から伝言を預かっております」

 「お母様から、私に?」

 「ええ、『存分に腕を振るいなさい』だそうですよ」

 

 それは意味を分かっているのだろうか。いや、お母様は屋敷の中で起こる事や私とミレイナの周辺で起こっている事はシェスカさん経由で把握している。それならば、剣術の指南を受けていた時の事も当然知っている事になる。

 秘密裏に修行していたのだって、きっとバレているのかもしれない。だから、両親は私が魔法ではなく剣を極めると言っても反論はしなかった。

 元々、私たちの意志を大切にしてくれている両親ではあったけれど。それでもやはり、全てを分かって言ってくれているのだろう。そうとしか思えないから、私はその剣を受け取る以外の選択肢など持ち合わせていない。


 「シェスカさんは私のメイドではありますが、お母様に雇われた方です。それでも今回は、どうしても私だけでは叶える事が難しい案件です。お手伝い、頼んでも宜しいですか?」

 「何を仰いますか?リーサお嬢様」


 そう言いながらシェスカさんは、私の前でそのまま跪いて目を伏せる。そして、まるで従者のように言うのである。


 「――確かに私は奥方様に雇われておりますが、それでもメイドである事に変わりはありません。メイドは主人の要望に応えるのが務め。ならば、その仕えている奥方様の娘であるお嬢様の命令を聞けぬメイドなど、アルテミス家には一人もおりません。なんなりとお申し付け下さい。リーサ・アルファード・アルテミス、我が主人よ。ご命令を」

 「っ……そうですか。では遠慮なく、命令したいと思います」

 「はい」

 「私は今から、恐らく非道と呼ばれる行いをするでしょう。ですが、これは粛清と呼ばれる行為でもあります。メイドであるシェスカさんの罪は、私が全て背負います。害ある存在とシェスカさんが判断したら――消して下さい」

 「(今まで、それこそ幼い頃からお嬢様を見て来ましたが……こんな冷ややかなお嬢様を見るのは初めてですね。でも、良いでしょう。貴女が鬼となるのであれば、私も覚悟を決めるとしましょう)――仰せのままに」

 

 必ず取り戻す。メシアさんが作ってくれた武器もそうだが、それに包まれているメシアさんの努力を無駄にはしたくない。それともう一つ、私の武器に軽々しく触れた事……後悔させて差し上げないと。


 「では、行きましょうか。シェスカさん」

 「はい」

 「まずは工房へ、そこからシェスカさんには探知系の魔法をお願いしたいです」

 「畏まりました。拠点が見つかると思いますか?」

 「見つかるではなく見つけるんです。私の半身けんは誰にも渡しません」

 「っ、はい」


 それからメシアさんの工房へ行き、シェスカさんに探知系の魔法で盗賊の足取りを把握する事が出来た私とシェスカさんは、街から少し離れた場所にある洞窟に辿り着く事に成功したのである。


 「この奥のようですね」

 「そうですか。では先手必勝で行くとしましょうか。相手が洞窟の中に居るのなら、こちらとしても好都合な事がありますから」

 「お嬢様、何をするおつもりですか?」

 「決まってるじゃないですか。炙り出します。文字通りに」

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