第4話「追い着きたい背中」
「お姉様、何処に行かれるのですか?」
「ミレイナ……」
廊下に出た所で、リーサを呼び止めたのは妹であるミレイナだった。屋敷や二人きりでは敬語を使わないミレイナが、真剣な眼差しを向けてリーサを見つめる。その表情には、いつもの陽気な空気は存在しない。……あるのは、冷たい空気だけだった。
「私は今から出掛けて来ます。ちゃんと留守番していて下さいね?」
そう言いながらリーサは、ミレイナの横を通り過ぎる。少し通り過ぎた所で、ミレイナは口を開く。
「私も、一緒に行っては駄目ですか?」
「……!」
ミレイナの言葉を聞いたリーサは、足を止めて振り返る。その言葉を発しているミレイナは、戦闘時のリーサと同様に集中力が凄まじく向上している。殺気にも似ているが、完全には殺気という空気ではないが……それでも鋭い視線をリーサに送っている。
「ミレイナ、自分が何を言っているのか分かっているのですか?」
「分かってます」
「命を落とす危険性がある場所です。私は自分の事で精一杯で、貴女を守れるとは限りませんよ?」
「はい、分かってます。自分の身は自分で守ります。お姉様の手は煩わせるつもりはありません」
「覚悟は出来ている、という事でしょうか?」
「はい」
微かに揺れる左右の瞳には、確かに真剣さが伝わって来る。リーサはその瞳を見据え、ミレイナの事を上から下へと視線を動かす。やがて溜息を吐いたリーサは、中空に手を差し出して口を開いた。
「お姉様……?」
「……見えていない、ようですね」
「――っ!?(いつの間に足元に……いや、今の一瞬で小規模の魔法を)」
リーサは火の粉レベルで火の魔法を放ち、ミレイナの足元を軽く焦がした。その結果を見た瞬間、リーサは目を細めて冷たく言った。
「この程度の攻撃を見切れないようでは、戦場では足手まといです。この時点で私の手を煩わせていると、そう思いませんか?ミレイナ」
「っ……で、でも……お姉様に何かあったらっ……!」
「はぁ……ミレイナ、私をあまり幻滅させないで下さい。同じ言葉を二度言わなければ、貴女は理解出来ないのですか?」
「っ、ぐっ……」
「言いたい事は終わりましたか?……――では、私は行って来ます。留守番、宜しくお願いしますね」
そう言ってリーサが頭を撫でると、ミレイナは悔しそうに自分の服を強く握り締める。その行動を見て見ぬ振りをするリーサは、さらに続けて言った。
「もし無断で着いて来たら、分かってますね?ミレイナ♪」
「は、はいっ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
廊下の奥へと進んで行くお姉様の背中は、徐々に遠く見えなくなって行く。屋敷の中にある廊下はそこまで長くは無いのにもかかわらず、凄くお姉様の背中が遠く感じてしまう。
「また……置いてけぼり……」
いつもお姉様は、幼い頃から何でも出来た。貴族付き合いの社交場でも、
淡々としたその様子や判断力と行動力に、私はお姉様に憧れていた。ずっと隣で見ていたからこそ、お姉様が何処か他と違うという事を私が一番知っている。
「……はぁ」
「あれ?ミレイナお嬢様、どうしたんですかー?溜息なんか吐いて」
「ルルゥ……ううん、なんでもない」
メイドであるルルゥに言っても、これは意味の無い事だ。私はまだ弱い。魔力がお姉様より多くても、魔法を応用した戦闘技術はお姉様の方がやはり上。加えて、私の身体能力は並み程度。お姉様には手も足も出ないだろう。
「……お嬢様?」
「ルルゥ、私……いつかお姉様の隣に並べると思う?」
「率直な意見で、言っても良いんですかー?」
「うん」
「正直に言えば、今のままではリーサお嬢様の隣に並ぶ事は難しいと思いますよー。けど、ミレイナお嬢様にはリーサお嬢様よりも高い魔力をお持ちですー。それは今、出来る事を指し示しているように見えますが……ミレイナお嬢様は、どう思いますかー?」
「っ……」
出来る事を指し示している。ルルゥの言葉を聞いた私は、自分の両手を眺めた。自分の中にある魔力の量は、確かにお姉様よりも高い事は何度も見ている。それが私が今、お姉様に勝っている要素だ。
ならば、今やるべき事は魔法を駆使した戦闘や技術を磨く事。研鑽に研鑽を重ねて、いつか……お姉様の隣に並べられるようになる。
「ルルゥ、今から庭に行かない?」
「……どうしてですかー?」
「特訓よ!まだまだお姉様に負ける訳にはいかないんだからっ」
「フフッ(そうですよー、ミレイナお嬢様。貴女はあのお二方から血を受け継いでいるのですよー。リーサお嬢様が優れているのであれば、ミレイナお嬢様も優れているのですよ)」
「(見ていて、お姉様。私の隣には、お姉様しか居ないと言われる未来を作ってみせるわ!いえ、それだけじゃない。剣術や武術では負けても、魔法じゃ負けないんだから!)」
「ではお嬢様?本日の特訓は、いつもより倍に致しましょうかー。いつもよりビシバシ行くので、覚悟して下さいねー♪」
「あ、ちょ……ば、倍はちょっと勘弁して欲しい、かな?」
「何を言ってるのですかー?やる気になったのですよねー。それじゃあ出し惜しみなど、勿体無いじゃないですかー」
お姉様に追い着きたいけれど……まずはルルゥに扱かれる未来が見えて来た。私がお姉様に追い着けるのは、いつになるのやら――
「では、始めましょー。お嬢様♪」
「少しは手加減してぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
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