騎士の半身編

第1話「入学準備」

 学園への入学試験を終えた数日後、私は再び学園のある街へと出掛けていた。自分の家が街から離れているとはいえ、それでも自然とはまた違う活気がある。そして何より、見渡す限りの人……人、人……まるで動物の群れである。


 「か、鍛冶屋って何処ですかぁ。お父様……はぁ」


 そして私が何故、この街に来ているかはこの鍛冶屋が理由なのだ。騎士科に入るという事もあり、その生徒は自分の魂を具現化させたのを剣として表すという風習があるらしく、信念や執念と言った物を形作らせる為のシンボルを必要とするようなのだ。

 それを聞いた私は、木刀のままではいかないと思った末にこの街〈ラルク〉に来ているのだが……――


 「人に酔いそう」


 以前、つまりは生前では学校と家の行き来しかしていなかった。その所為もあってか、この周囲から来る人の圧力には抵抗する物がある。そして極め付けは……


 『お、黒髪の剣姫だ!』

 『剣姫の嬢ちゃん、ウチでなんか買っていきな!サービスするよ』

 『ほれ、肉刺しだ。持って行きな!』

 

 ……という状態なのである。あの試験以来、何故か私の事を『黒髪の剣姫』と呼ぶ人が現れ始めた。それも一人だけなら何も思わなかったのだが、ラルクの街のほぼ全体で呼ばれる為に精神的疲労が圧し掛かって来る。

 生前でクラスメイトが話してたテレビに出てる芸能人って、こんな気分なのだろうか。凄く今すぐにでも帰りたいという衝動に駆られている。


 「んあ?アルテミスじゃねぇか」

 「え?……ネメシスさん、久し振りですね」

 「数日振りだな。何してんだ?」


 街の中をウロウロしていると、カーツ・ネメシスさんに遭遇した。入学試験時、対戦相手となった人物だ。試験時の時は肩幅が広いしか印象が無かったが、確かに彼も剣士なのだろう。良く鍛えられている。


 「じー……」

 「(な、何故そんなに見られてんだ?……つかアルテミスの格好、滅茶苦茶可愛いじゃねぇかぁ!!直視出来ねぇ!!!)」

 「あの、ネメシスさん……試験時は有り難う御座いました。私なりにも良い勉強になった試合でした」

 「あ、あぁ……そうか。オレもあの試合は熱くなれた。それなりに感謝してるぞ」

 「……」

 「……」


 改めて挨拶を交わしたが、その後の会話が出て来ない。それどころか、何故かチラチラと彼は私に視線を送りつつも、この沈黙に得体の知れない緊張感が走っているように感じる。

 だが足を進んでいる為、嫌でも私が目指している場所が露見するのも必然となってしまう。


 「ん、アルテミスは剣を作りに来たのか?」

 「はい。入学式も目前ですし、そろそろ私の剣も依頼しようと思いまして。今依頼すれば、入学までには間に合うと思いますし」

 「そうか。それならオレはここまでだな」

 「あれ?てっきりご一緒するのかと思ってました」

 「出来ればそうしてみたいところだが、騎士にとって剣は半身同然だ。オレもあの時に晒しちまったが、自分の内面を晒すようなもんだ。それを入学前にそれも一回だけ剣を交えた程度の奴に見せる訳にはいかねぇだろ?」


 そうか。騎士の剣は半身同然、その言葉は確かに的を射ている。私も剣を振るっている時、自分が握っていた剣を我が身として見ていた時もあったかもしれない。そう思うと、半身という言葉がかなり的を射ていると感じてしまう。

 だが、それ故に彼は席を外そうとしているのか。ならばここは御礼を言わなくてはならないだろう。騎士として、一人の人間として。


 「ありがとうございます、ネメシスさん。また学園でお会い致しましょう。同じクラスだと良いですね」

 「……あ、あぁ、そうだな。またな」


 彼はそう言って、私の前から去って行く。その背中が遠くなり、やがて人の波に消えたのを見届けると、私は振り返り鍛冶屋の扉を眺める。少し自分よりも高く作られているようだが、それが大きい壁に見えて緊張感が走る。


 「あ、あの御免下さーい。どなたかいらっしゃいますかー?」


 私はそう言いながら扉を開けて、建物内へと足を運ぶ。全身を入れた後に扉を閉め、周囲を観察しながら様子を伺う。人の気配はしないが、鍵が掛かっていない状態ならば、誰かは居なくては無用心にも程がある。


 『アタシの工房に何か用かい?黒く麗しのお嬢ちゃん』

 「っ!?」

 

 耳元で、しかも背後から聞こえて来た声。その声に反応した私は、咄嗟に距離を作りながら振り返る。だが視界にその声の主は確認出来ず、振り返り終わった時にそれを理解した。

 その声の主は、私よりも強く……そして高い身体能力を持っているという事を。


 『ははは、そう警戒しないでくれ。可愛いお客さんが来たから、少しからかっただけなんだ。警戒を解いてくれるとありがたい』

 「……あなたはこのお店の方ですか?」

 

 私に問いに応えると同時に、私の事を背後から捕縛しに来た。というより、抱き着いて来た。


 「アタシの名前はメシア。この工房の主人をやってるよぉ?」

 「な、なるほど。……いつまで抱き着くおつもりですか」

 「んー?いつまでだと思うのかな?アタシなら、可愛い物はいくらでも愛でられる自信があるよぉ」

 「っ、何処触ろうとしてるんですか!!いくら同姓でも拒否権はありますよ!?」

 「おっと、すまない。少しからかい過ぎたな。冗談はさておき、改めて挨拶しておこうか」


 そう言いながら、彼女は店の奥から姿を現した。薄暗い店だったが、一部には陽の光が差し込んでいる。その差し込みが丁度、彼女……メシアさんとやらの姿を見せた。


 「アタシがここ主人であり、鍛冶師のメシアだ。お嬢ちゃんを抱き締めたのは、アタシの趣味だ」

 「い、いえ、そこは聞いてません」


 褐色の肌に眼帯。そして片腕を覆っている布を見る限り、過去の戦争か何かで負傷したのか被害を受けたのかは不明。だけど、さっきの気配の消し方といい、足運びはまさしく剣士のそれだった。


 「んで、お嬢ちゃんの名前と用件はなんだい?まぁ、ここに来るって事はおおよその見当はつくがな」

 「リーサ・アルファード・アルテミスと申します。この度は、私の剣を作って頂きたく、この工房に立ち寄りました。私のこのご依頼、受けて頂けますか?」

 「構わない。だがアタシの店は一見さんはお断りだ。それでも良いかい?」

 「ええ。私もここが良いと両親から勧められているので」

 「へぇ……ん?アルテミス?すまないが、お嬢ちゃんの両親の名を聞いて良いかい?」

 「母はフレア・アルテミス、父がグレイル・アルテミスですが……」


 それを聞いた瞬間、彼女は……メシアさんは再び私を抱き締めた。先程よりも確かに、頭まで包み込むように優しく抱き締めて来た。

 そんな行動に驚いた私は引き剥がそうとしたが、次に放たれた一言によってそれは出来なくなってしまったのである。


 「……良かった。ちゃんと産まれて、こんなに大きくなって……!」

 「……メシア、さん?」

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