第15話「黒髪の剣姫」

 騎士科の入学試験の条件は、戦える実力や覚悟があるかどうかの見極め。そして、己の中に眠る闘争心を抑える鋼の精神があるかどうか……いや、違うかもしれない。

 単純な話をするならば、今の私には試験の内容がどうでも良くなっているのかもしれない。何故ならば、今は一つの事しか頭に入って来ないのだ。


 ――勝ちたい。


 ただそれだけの意志を持って、私は今この場所に立っている。対戦相手は、カーツ・ネメシスというらしいが、対面すればどういう人間かは自ずと理解出来るものだ。

 それを踏まえた上で私は、今の私自身の実力がどんなものか……試したくて仕方が無いという状態なのである。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「ねぇママ、気のせいかもしれないけど……リーサお嬢様、何か堅くないかな?」

 「そうですね。緊張もあるでしょうが、それ以上に集中しているのかもしれないですね。これはお嬢様にとって、初めての決闘ですからね。思う所もあると思いますが、あのままでは動きを鈍くしてしまうかもしれませんね」

 「な、なんとか出来ないかな!?」

 「通常、私たち観客席に居る者が支援するのは規則に反します。ここは応援するか祈るしか無いでしょう」


 シェスカの言った事に対して不満がありながらも、ルルゥは自分の手を握って祈りを捧げていた。心配性な部分があるのだろうが、ルルゥとは逆にシェスカは目を細めてリーサの事を見つめていた。


 「(お嬢様、気張り過ぎては駄目ですよ。貴女のして来た事を信じて下さい。無駄な努力は無いのですよ)」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「すぅ……はぁ……」

 「何だ、名前を見て貴族が相手かと思っていたが……まさか女だとはなぁ、拍子抜けだぜ」

 「……」


 舞台に上がりながら、そんな愚痴を零して現れた一人の男。その男の態度と言動によって、私の意識は試験という事から外れた。こういう人は、こういう存在は、どうやら何処にでも居るらしい。

 そんな事を思いながら、私は冷めた視線を対戦相手に送っていた。


 「宜しくお願いします、ネメシスさん。私はアルテミス家の長女をしております。以後、お見知り置きを」

 「貴族間の挨拶に興味は無ぇが、オレはカーツ・ネメシス。対戦相手の名前は忘れない最低限の礼儀があるとはな。のか?」

 「それはそうと、ネメシスさん?」 

 「んあ?」

 「私にという印象を持つのは、止めた方が良いですよ?」

 「あ……?」


 そう言って、私は彼から距離を作る。試合形式となっている以上、ある程度の距離を空けてからのスタートとなる。それを考慮した上で私は、彼を軽く煽りながら定位置へと向かう。

 いや、煽った訳では無いか。これは私の中での意思表示だ。私という存在を、リーサ・アルファード・アルテミスという私を甘く見ない方が良いという忠告だ。

 私はその忠告を後押しするように、自分の魔力を少し上げながら木刀を思い切り振るった。足元から狭い範囲だが、風圧が私を囲む。


 『ではこれより、両者の試験を開始する。礼!』

 「宜しくお願いします」「……」

 『制限時間は10分。この砂時計が全て無くなるまでにどちらかが負けを認めるか、試合の続行が不可能と判断されるかが勝敗条件だ。試合の結果は試験には反映されないので、無理に勝負する必要は無い。両者、準備は宜しいか?』

 「問題ありません」「あぁ、いつでも」

 『では両者、一歩前へ。――試験開始っっ!!』


 試験監督なのか審判なのか、その立ち位置に居る人が声を上げる。その声に反応するように、この試験を見る為に集まった人が歓声を上げる。だが一般開放されている事や歓声の勢いが凄いとか、そんな情報はもう私の頭の中には届かない。


 「さっきの言葉、宣戦布告と受け取っても良いのか?女」

 「構いませんよ。それと私は女ではなく、リーサという名前があります」

 「ハッ、威勢が良いな。ならその実力、このオレが見極めてやるっ!!」


 そう言った彼は、言った直後に前へ出た。急接近という訳でも無いが、振り上げられた剣を見て、私は木刀で防ぐのを止めて後方へと下がった。その様子を見て、彼はニヤリと笑みを浮かべながら言った。


 「へぇ、良く防がなかったなぁ」

 「……くっ、貴方は何を考えているのですか。それは真剣ですよ、ただの試験で人を殺すつもりですか!」

 

 この世界の法律や世間を知らない私だが、ただの試験に真剣を持ち運んで来る程に落ちぶれてはいないつもりだ。それでも、どうやら私のこの印象は間違っているらしい。

 それは真剣で戦う彼を……咎める声が聞こえないのである。


 「これは試験だが、決闘には間違いない。むしろ、騎士同士の決闘に鈍らな練習用の木刀を持ち込んでるお前の方が、舐めてるとしか思えねぇなぁ」

 「……っ」


 試合の結果は試験には反映されない。騎士としての技量があるかの一点しか見て来なかったのは、私のミスだ。騎士として正々堂々とした態度、相手を敵と認める為の材料を持っているのは……彼の方かもしれない。


 「そうですね。恐らく私は、騎士という物を舐めていたかもしれませんね」


 この言葉が反感を呼んでも仕方が無いが、私は目を細めて木刀を彼へ向けて言った。


 「――でも、貴方も私を舐めていますよ。ただの木刀として見下しているのなら、その目を覚まさせて差し上げます。……っ!」


 そう言い放った私は、身体強化の魔法で全身を包んだ。これは試験でもあり、決闘でもあるが、私にとっては願っても無い場所なのだ。その場所で『木刀がどうの』『真剣がどうの』言っている時点で私はミスを犯した。

 ならばそのミスを帳消し出来るのは、この大勢の居る前で実力を示す他無いだろう。

 

 「っ!?(この女、速ぇ!)」

 

 急接近しなかった彼とは真逆で、接近したと同時に真横からの薙ぎ払い。その一撃を防いだ瞬間を見た私は、挑発を混ぜた言葉を彼に言ったのである。


 「これは防ぎましたか。では、少し速度を上げましょうか」

 「あぁ?」

 「はぁあ!!」

 

 真横から薙ぎ払った一撃を振るった直後、逆方向からの一撃を放った。辛うじて防いだ様子の彼だったが、そこにはもう真剣や木刀という概念は存在しなくなっただろう。

 何故なら、防いだ瞬間にもう私は定位置に戻っているのだから……


 「どうでしょうか?私を舐めないでという言葉に嘘は無かったでしょう?カーツ・ネメシスさん」

 「っ……ハハハハ、面白れぇ。正直、女と対戦ってやる気が起きなかった。だがお前は違うみてぇだな。初戦がお前で良かったぜ!リーサ・アルファード・アルテミスッ!!」


 互いの名を呼んだ末、私と彼は衝突した。何度も何度も衝突し合い、試合時間の残りが後3分になった時だ。体勢を崩した彼を隙が出来た一瞬、その一瞬を逃さなかった私は力一杯の一撃を打ち込んだ。

 その一撃を防ぎ切れなかった彼は、大の字になりながら手を挙げて言うのである。


 「――参った。オレの負けだ」

 『カーツ・ネメシス、降参の為……勝者、リーサ・アルファード・アルテミス!』

 

 その言葉と歓声に内心で喜びながら、ゆっくり起き上がろうとしている彼に手を伸ばした。


 「有り難う御座いました。良い試合でしたっ」

 「……っ」

 「何ですか?早く立たないと次の人の迷惑になっちゃうかもしれません。早く行きましょう?」

 「あ、あぁ……」


 自分よりも遙かに大きい彼に肩を貸し、私は会場を後にした。この時、私は知らなかった。観戦しに来ていた人が、私に二つ名を付けた事を。そしてそれが、瞬く間に広がったという事を私は知らないで居たのである。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「おめでとう御座います、リーサお嬢様。……さて、帰りますよ。ルルゥ」

 「え、でもミレイナお嬢様がまだ」

 「何を言ってるのですか?メイドの誇りであるお嬢様二人が、不合格な訳がありませんよ。帰ってパーティの準備です」

 「っ、うん!!」




 【黒髪の剣姫 終】

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