第13話「敗北を経て」

 シェスカに勝利を収める事が出来たリーサは、気分上々という状態で汗を流していた。だがそれとは逆で、良い結果を残せなかったミレイナは落ち込み気味となっていた。

 その様子が気になったルルゥは、魔法書を広げていたミレイナの隣に座る。どうして隣に座ったのか気になったミレイナは、ムスッとした態度でルルゥに問い掛けるのであった。


 「――何しに来たの?ルルゥ」

 「特に何も無いですよー。ただミレイナお嬢様が、珍しく真剣に本を読んでるなぁって思って」

 「私だって、本くらい読むよ。特に」

 「『魔法の本くらいは』ですかー?」

 「ぐぬ……ルルゥ、冷やかしに来たのなら仕事に戻ったら?」

 「ええー、そんな邪険にしないで下さいよー。こうしてミレイナお嬢様と一緒にいるのも、メイドの仕事でもあるんですからー」

 「じゃあせめて静かにして。今は読書に専念したいの」

 「ふむ……」


 ムスッとした様子ではあるが、無視はせずに会話をするのはミレイナの良い所ではあるのだろう。それも理解しているルルゥだったが、少し気になった部分があった。それは彼女が読んでいる魔法書は、彼女が使用する事の出来ない属性が記載されている魔法書だったからだ。

 適合が無い属性の場合、魔法使いをその属性を使用する事は出来ない。魔法士が嫌でも最初に習う項目であり、既に彼女自身も周知しているはずの内容なのだ。

 それなのに何故、彼女はそんな本を読んでいるのか。ルルゥは気になったのである。


 「紅茶をどうぞー」

 「ん、ありがと」


 傍に居るのだからメイドの給仕ぐらいはしなくてはと思いつつ、横目で彼女が何を読んでいるのかを気にするルルゥ。そんな覗き込むようなルルゥの視線に気付いたミレイナは、溜息混じりに口を開いた。


 「さっきから何なのかな?ルルゥ。私は真剣に本を読んでるんだけど」

 「あぁ、えっと……ミレイナお嬢様、ちょっと聞いて良いですかー?」

 「なに」


 プンスカという態度ではあるが、ルルゥの言葉を待つミレイナ。いくら苛立っていたとしても、他人の言葉を無視しては失礼になると理解しているのだろう。そんなミレイナが待っている様子を見て、ルルゥは申し訳無さそうに問い掛けた。


 「えっと、どうしてミレイナお嬢様はそれを読んでいるのですかー?」

 「どうしてって、魔法を良く知る為だけど。それ以外に理由は必要?」

 「良く知るって、でもそれはミレイナお嬢様が使えない属性ですよね」

 「何を言ってるの。使えない属性だから、勉強してるんじゃない」


 ミレイナがそう言うと、ルルゥは真っ直ぐな彼女の瞳を見た。ユラユラと揺れる奥には、静かな闘志が眠っているように感じた。やがて本へと視線を戻したミレイナは、さらに言葉を続けた。


 「あの時、ルルゥが使った魔法は土属性の魔法だったよね?」

 「は、はい。そうですけど」

 「でも私は土属性の魔法が使えない。だから対処をする事が出来なかった」

 「それは、効果を知らないのが当たり前だったから……」

 「そう。私はそれまで、他の属性の魔法の範囲も効果も何も知らない状態で戦っていたの。それは負けて当然よ。でももし、あの時魔法の事をもっと詳しく知っていれば、勝てたかもしれない。そう考えると悔しいから、私は今こうやって魔法書を読んでるの」

 「……!」


 ミレイナのそんな言葉を聞いて、ルルゥはぱぁっと輝いた表情を浮かべる。その表情に疑問を浮かべたミレイナは、ジトッとした目を向けてルルゥに問い掛けた。


 「な、なによ……」

 「ミレイナお嬢様っ!!その考えは素晴らしいです!ちゃんと自分の敗北した理由、それを調べようとするというのはとても先の事を考えている証拠!先程までの御無礼をお許し下さい。そしてどうか、私にもその勉強を手伝わせてはくれませんか!必ずや役に立って見せますよ!」

 「何でそんな急にやる気になってるの!?」

 「ほらほらお嬢様、やりますよー!どんどんやりましょう♪そしてあわよくば、リーサお嬢様も越えて、魔法士の頂点に君臨しちゃいましょー!!」

 「ちょ、ちょっとあまり大声でそんな恥ずかしい事を言わないで!他のメイドたちに聞かれるじゃない」


 ミレイナのその言葉は合っていて、既にその場を通ったメイドたちや端の方に控えていたメイドたちが声を潜めて笑っていた。気恥ずかしさに耐えられなくなったミレイナは、その場から立ち上がってその部屋を出て行こうとした。

 だが入り口付近で立ち止まると、照れたような様子で口を開いた。


 「ど、どうしたのよルルゥ。魔法の勉強に付き合ってくれるんでしょ?続きは私の部屋でやるよ?」

 「っ、お供いたします!ミレイナお嬢様♪」


 輝いた笑みを浮かべるルルゥに肩を押されながら、廊下を気恥ずかしそうに進むミレイナ。そんなミレイナだったが、微かに笑みを浮かべながら魔法書を片手で抱き締めていたのであった。


 「……あらあら、騒いじゃって」

 「申し訳御座いません。奥方様」

 「良いのよ。あの子が一生懸命なのは、とても良い事だもの。それに、ルルゥとも上手くやっていけそうで何よりだわ」

 「ええ、そうですね。本当に」

 「さ、私も久々にお酒でも飲もうかしらね。勿論、付き合ってくれるわよね?シェスカ」

 「お手柔らかにお願い致しますよ?奥方様」

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