第11話「ミレイナVSルルゥ」
「リーサお嬢様、起きて下さい」
「んん……」
眠い。昨日は遅くまで魔法の詠唱の勉強をして、途中に身体を動かしたくなって素振りをしていたのが響いているようだ。身体が重く、全身が気怠い状態となっている。
「ふわぁ……んん」
「珍しいですね。リーサお嬢様が寝坊をするなんて」
「私だって、夜更かしぐらいしますよ。まぁ根を詰め過ぎた節がありましたし、明日はするつもりはありませんが」
「そうですね。明日はいよいよですしね」
「ええ、そうですね」
そう。いよいよ明日は、〈学園アルカディア〉への入学を決める為に試験があるのだ。夜更かしなんてしたら、試験に支障が出てしまうのは明白。これ以上ないくらいにコンディションは良くして置かないと。
「ミレイナはどうしてますか?もしかして、まだ寝坊するのが直って無いんですか?」
「それがですね……」
「ん?」
私の問い掛けに答えるシェスカさんは、耳打ちをしてくる。その内容を少し信じる事が出来なかったが、私はシェスカさんと共に裏庭へと足早に向かった。するとそこには、汗水垂らしながら魔法の特訓をしているミレイナの姿があった。
「――水の精霊よっ、我が敵を貫く槍となれ!」
対峙しているのはルルゥさんのようだが、ミレイナの消耗が激しいのが気になる。単なる魔法の特訓だけならば、だらだらと汗を流す程の練習にはならない。いくらミレイナに体力が無いにしても、あそこまで汗を流すだろうか。
そんな事を考えていると、ミレイナは詠唱をし終わりルルゥさんに向かって魔法を放っていた。
「……アクアランスッ!!」
水で生成された槍は、勢い良くルルゥさんの元へと迫っていく。だがルルゥさんに回避する気配は無く、ただ棒立ちしながらニコニコとしていた。その様子に驚いた私は、『危ない!』と声を上げそうになった瞬間だった。
「大丈夫ですよ。ルルゥにはあの魔法が良く見えていますから」
「え?」
そうシェスカさんに止められている間、ミレイナが放った魔法はルルゥさんへと直撃していた。いや、正確には直撃はしていなかった。何故なら、ルルゥさんの手前には可視化出来る程の壁が存在していたのである。
「っ……また防がれた!」
「ふふん♪ミレイナお嬢様の魔法技術は凄いですよー。けど、私はこれでもママ直伝の魔法を習っているんですよー。そう簡単にこの壁を突破出来るとは思わないで欲しいですよー!」
「くっ……」
ルルゥさんが水で生成された槍を弾くと、地面に手を付けて口を開いた。それを見たミレイナは、咄嗟の判断で後方へと距離を作るように退避した。
「良い判断ですが、ルルゥには通用しませんね。あの程度では」
「……(ミレイナ、頑張って!)」
私はそう心の中で応援をしながら、ミレイナとルルゥさんの動きを見据える。ミレイナも、戦闘に集中しているようで私やシェスカさんに気付いていない。その目は、真剣なものだ。
そんなミレイナの様子を見た私は、自然と笑みを浮かべていたのだろう。シェスカさんは微笑みながら、私の顔を覗き込んで言った。
「嬉しそうですね、リーサお嬢様」
「そう見えますか?」
「ええ。まるで奥方様のような眼差しでしたよ」
「ふふ、お母様にそっくりなのは嬉しいですね。けど、確かに私は嬉しいのかもしれないですね。あんな真剣なミレイナは、初めて見ましたから」
「そうですね。これはリーサお嬢様も負けてられませんね」
「そうですね。でも私の方が、まだまだあの子よりは強いと思っていますよ?」
「なら、お嬢様も体を動かしますか?」
「……その言葉、受けて立ちます。今度こそ、シェスカさんから一本取って見せます。でもその前に」
「ええ、まずはミレイナお嬢様とルルゥの戦いを見守りましょう」
「眠気覚ましに紅茶をお願いしても良いですか?」
「ふふ、畏まりました。リーサお嬢様」
私はシェスカさんに紅茶を頼むと、屋敷の中へと取りに行く背中を眺める。その背中を見届けてから、私はミレイナとルルゥさんの方へと視線を戻した。
「――どうしましたー?ミレイナお嬢様!もう息が上がっていますよー!」
「うぐっ……うるさいうるさい!ルルゥだって疲れてるじゃん!!人の事言えないじゃん!」
「私はまだ本気を出してないですからー?まぁ?ミレイナお嬢様よりも優秀なのでー」
「むかつくむかつく!!ルルゥ、次は絶対当ててやるからね!!」
「もう何回目ですかー?お嬢様ぁ♪」
ルルゥさんの煽りを真に受けているミレイナは、ムスッとしたように頬を膨らませて地団駄を踏んでいる。よっぽど悔しいのだろうが、恐らくミレイナ自身は気付いていないだろう。
自分がここまで負けたくないと思っている事に。そうやって無邪気に表情や言葉を発する出来るのは、自分が本当に真剣に取り組んでいるという証拠なのだと。
面倒臭がりな部分があっても、しっかりと私の後ろで頑張っているのを知っているからこそ、私は応援したくなるのだ。我ながら、私は妹に甘いのかもしれない。
「ふふふ♪」
「楽しそうですね、お嬢様」
「ええ、楽しいですよ。だって見て下さい、シェスカさん」
私は戦っているミレイナたちの方へと視線を送りながら、シェスカさんに言うのである。
「あんな笑顔で楽しそうにルルゥさんと戦ってるミレイナは、私は見た事がありませんよ」
「本当ですね。まだ小さかったミレイナお嬢様は、運動がお嫌いの御様子でしたからね」
「ちなみにルルゥさんの実力というのは、今のミレイナよりどれくらい上なのですか?」
「そうですね。多分本気のルルゥであれば、お嬢様二人掛かりで互角……は言い過ぎでも、多少手強い相手になると思いますよ」
シェスカさんは良い笑顔を浮かべながら、そんな事を言って私を見た。というより、その良い笑顔よりも二人掛かりでやっと互角という事実に驚いた。
それではこの戦闘の結果は、私が出来る予想は現段階では一択に絞られてしまう。そして案の定、勝者はルルゥさんで幕を閉じたのであった。
「えっへん」
「ぐぬぬ、悔しい~~!!」
「お疲れ様でした、ミレイナお嬢様。それにルルゥ」
そして二人に声を掛けたシェスカさんは、私へと視線を向けて微笑んだ。私はその視線を受けた瞬間、私の頭の中でスイッチが切り替わる音が聞こえた。
「準備は出来ているようですね、リーサお嬢様」
「すぅ……はぁ……はい。いつでも大丈夫です」
「では、どうぞ?御自由に攻めて下さい」
その言葉をキッカケにし、私の頭の中で懐かしい声が響き渡るのであった。道場の中で、誰かと見合った状態で響いていた声。生前、私に厳しく接していた父の声が……大きく響き渡るのであった。
『始めっ!!』
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