第9話「魔法習得」
「入学試験、ですか?お父様」
「そうだ。リーサももう11だ。そろそろ入学試験を視野に入れた方が良いと思っていてね。我がアルテミス家は貴族位をもらってると言っても、平民と大して変わらない。だから試験の内容を知る事は出来ないし、全ての試験は平等に行われるのだ」
「そうですか。ではその入学試験に備え、私は何か知恵を覚えた方が良いのでしょうか?」
私は目を細め、一枚の机を挟んで向こう側に居るお父様を見る。技術や知恵については、ひと段落はしていてもまだ物足りない部分もある。それを自覚してはいても、私はこの世界の全てを理解している訳では無い。
知っているのは、この屋敷の広さと両親たちの優しさぐらいだろう。日本のように法律や規律があれば学ばなければならないし、禁止事項も覚えなくてはならない。
やる事は、山積みである。
「知恵、ではないのだがな。リーサ、お前には魔法の技術も向上させた方が良いだろう。ミレイナには、多少の護身術を教えるとしよう。シェスカくん、ルルゥくん、任せても良いかね?」
「「畏まりました」」
お父様の言葉に応え、私の背後でシェスカさんとルルゥさんは一礼をする。シェスカさんは剣術指南役を一任されているのは知っているけれど、ルルゥさんにも何か得意分野があるのだろうか。
かれこれ数十年、この屋敷で暮らしているというのに詳しく無い。そんな事を思いながら、私はお父様が続けた言葉に耳を傾けた。
「では任せる。私は今後の事を踏まえて立ち寄る場所があるから、しばらく留守になる。屋敷の事を含めて、お前達を信用している。リーサも、無理せずに頑張りなさい」
そう言って私の頭に手を乗せるお父様は、ニコリと微笑んだ。私は同じように微笑み返し、スカートの端を摘んで一礼をして言うのである。
「はい、お父様。行ってらっしゃいませ」
「ははは、なかなか
「「行ってらっしゃいませ、旦那様」」
廊下へと出たと同じくして、シェスカさんとルルゥさんは深く頭を下げた。綺麗な線が見えてしまう程、歪みの無い真っ直ぐな姿勢だった。その一礼に答えるようにして、お父様はこちらを見ずに手を挙げて廊下を進んで行った。
本来ならば入り口まで向かい、シェスカさん達も見送るべきなのだろうが……今回は、私とミレイナが二人占めである。
「それではリーサお嬢様、私は準備に入ります。お嬢様も準備が終わり次第、裏庭へ来て頂けますか?」
「分かりました。あ、ミレイナはもう起きてるんですか?」
私がそう問い掛けると、肩を竦めながらルルゥさんが答えてくれた。
「残念ながら、また寝坊されてますよー。いつになったらリーサお嬢様のように早起きされるのか。少々心配になるくらいですよー」
「ルルゥ、しっかりとミレイナお嬢様を起こして来るのですよ。貴女まで一緒に寝ないようにね?」
「大丈夫だよー。私はママの娘だから、しっかり者なのです。えっへん」
「またこの子は調子に乗って。……それではリーサお嬢様、また後ほど」
シェスカさんはルルゥさんを引き連れて廊下を進んで行く。メイドという仕事をしていても、やはり親子なんだなと並んでいる様子を見て思う。
私は自分の準備をしようと思ったが、準備という手間が必要な物を用意した事は無い。だから私は先に裏庭へ向かい、シェスカさん手作りの木刀を握る事にした。
「すぅ……はぁ……っ!!」
簡単な剣舞ではあるが、落ちて来る葉を何枚か斬るイメージで振るう。剣術もそうなのだが、魔法も練習にはイメージが必要になる。詠唱が必要なのは、魔法を用いた攻撃や防御に展開する場合のみ。
それ以外はイメージだけでどうにも出来るという訳だ。
「ふぅ……こんなものかな。次は……」
私は少し木刀を振るった後、木刀を木陰に置いて両手を眺める。マメがややある女の子の手とは言えない手ではあるが、それを放置して私は目を瞑ってイメージをし始める。
魔法を発動する為の条件は、明確なイメージは最低条件。だがその他に必要なのは、周囲に存在している精霊との意思疎通。これが無ければ魔法を操る事は愚か、詠唱にすら入る事は出来ない。
精霊との意思疎通をしなければ、その属性の魔法を操る事は許されない。一度許されていた場合は省略出来るのだが、それでも私は使う度に許可をもらいに意思疎通をしようとしているのである。
「……」
『ふわぁ~あ、眠いなぁ……』
――あ、聞こえて来た。なんだか眠そうですね、シルフ。
『あ、リーサ!?何、また風の魔法を使うって報告しに来たの?』
風の魔法を使用する為には、その風の精霊である大精霊の〈シルフ〉に許可を得る必要がある。見た目は幼い子供のように見えるが、それでも数百年生きている長寿精霊だ。
年長者には敬意を払うべき。そう私は思うから、許可を取るついでに挨拶しているのである。
――今日も元気そうですね。
『まぁねぇ。でも元気が有り余るから、退屈で仕方が無いんだよねぇ。リーサはこれから魔法の特訓?それとも、また剣の特訓?』
――まぁそんなところです。今回は魔法の特訓ですので、風の魔法を使おうかなと思いまして。
『それで挨拶しに来たって訳?毎回思うけど、律儀だよねぇキミは。まぁそういう所が好印象だし、ボクも気に入ってるんだけどねぇ。――良いよ、じゃんじゃん使っちゃって。けど魔力切れに注意しないとダメだよ?』
――はい、心得ております。ではシルフ、またお会い出来る日を楽しみにしてますね。
『はぁい。またねぇ。……全く、キミがご執心になる訳だよねぇ』
許可は取り終わった。これで魔法が使う事が出来るようになった。そんなやり取りの直後、集中していた私の背後に誰かが居る気配がした。
「っ!?」
咄嗟の事で気付くのが遅れたが、私は周囲に風の魔法を発動させた後に木刀を拾って背後に振るった。だが手応えは無く、その気配は風と一緒に何処かへ消えてしまうのであった。
「何だったんだろう、今の……?」
「リーサお嬢様ぁ、お待たせしましたぁ!!!」
そんな事をしている内にルルゥさんの声が聞こえて来た。多少の疑問はあるけれど、今から魔法の特訓に身を投じる事になる。そう思いながら私は、スイッチを切り替えるのであった――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『っ、はぁ、はぁ、焦ったのじゃ!!……もう少し遅かったら
『はははは、相変わらずキミも面白いよねぇ。アルファ』
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