第8話「お風呂にて」
特訓終了後、リーサは汗を流す為に大浴場へと向かう。足早な様子が気になったのか、廊下を進むリーサを見て彼女は首を傾げる。やがて脱衣所で足を止めたリーサの様子を伺い、背後から突然に抱き着く少女の姿がそこにはあった。
「お姉様ぁ、てりゃ♪」
「ひゃぁっ!?」
突然に抱き着かれたリーサは、驚いた様子で悲鳴を上げる。そんな悲鳴を上げながらも、リーサは背後から抱き着いた少女へ言うのである。
「ミ、ミレイナ……何ですか急に」
「いやぁ、お姉様がお風呂に向かってたから気になって。もうお父様との訓練は終わったの?」
「終わったからここに居るのだけど……それよりも早く離してくれませんか?くっついたままでは入れませんし」
「じゃあ、私も入る事にするよ。んしょ……」
ミレイナはそう言うと、早速という感じで服を脱ぎ始める。だがそれは一瞬で、某ヤッターというヒーローのように早着替えをしていた。いや、脱衣所だから着替えではないか。
そんな事を思いながら、私は残りの服を脱いで浴場の中へと足を運ぶ。
「……(相変わらず、広いなぁ。このお風呂)」
生前の記憶を巡りながら、目の前に広がる浴場を眺める。何度も見ているし、小さい頃から思ってはいたけれど、やはりリーサにとっては大きいらしい。リーサとしては、風呂場の浴槽は自分の身体が納まるか少し大きいぐらいが丁度良いという感覚だ。
だがしかし、今視界広がっている浴槽は少し大きいどころの話ではない。
「……ん、どうしたの?お姉様」
「あぁ、いや……なんでもないの。安心して?」
「そう?なら早く入ろう!」
そう言いながらミレイナは、リーサの手を引いて駆け出す。足元が滑る事が予想したリーサは、溜息を吐きながら風の魔法を指先から発動させた。その直後、ふわりと浮き上がったミレイナは浴槽の真上で驚いていた。
「ミレイナ?まずは体を洗ってから入りましょう。外に出ていないミレイナはともかく、私は外で汗を流したのだから洗ってから入りたいわ」
「むぅ……そんなの気にしないのに」
「少しは気にして下さい。このお風呂は男女兼用ですし、お父様が何かしてないとは限りませんからね」
リーサはそう言いながら、目を細めて悪い想像をした。その想像内での父グレイルは、お湯を飲んだり空き瓶に入れたりという愚行に及んでいた。あくまで想像だがしかし、リーサやミレイナは全く同じ想像をして呆れた表情を浮かべた。
「あぁ……お父様ならありそう……」
「でしょう?だからミレイナも洗ってから入りましょうね」
「はぁい。お風呂の中に麻痺薬とか混ぜたら、本当にしてるかしてないか分かりそうだね♪」
「……シェスカさんやルルゥさんに言えば、協力してくれそうな要望ね。それは」
主に楽しみながら、という想像をしながら体を洗うリーサ。そんなリーサの様子を眺めていたミレイナは、隣からじっとリーサの身体を見つめる。その身体には、あちこちに微かに切り傷や擦り傷があった。
剣の組手を父であるグレイルに任せずとも、訓練をしていれば傷が出来るのは必然だ。そんな微かな傷など見つめていたミレイナは、無意識に手をリーサの傷跡へと手を伸ばしていた。
「ひゃぁっ!?な、なに?」
「あ、ううん。なんでもないよ、なんでも……」
冷たい手が触れた事によって、リーサは声を上げた。それに驚いたミレイナは、触れた手を戻して頭を洗い始める。そんなミレイナの様子が気になりつつ、リーサは触れられた箇所を見て口角を上げて口を開いた。
「ミレイナは、剣を握る私は嫌いかしら?」
「え……?」
「魔法よりも剣を磨く事に決めた時、貴女も含めた全員が驚いた様子だったものね。私が剣を振るって怪我をするのは心配?」
「あ、当たり前。お姉様は私にとって一人しか居ないんだよっ!心配しないなんて有り得ないよ!!」
「じゃあ剣を握る私は嫌い?」
「それは……ううん。好き……――あだっ」
ミレイナは身を乗り出した体勢から元に戻し、むぅっと拗ねたような様子で洗髪を再開した。そんな表情を横目で見ていたリーサは、微笑みながらバシャンとお湯をミレイナに掛けた。
突然の事で唖然としていたミレイナは、思考が停止したままリーサの事を見た。戸惑っているミレイナの額にデコピンをしたリーサは、真っ直ぐにミレイナを見つめ返して言うのである。
「ミレイナが好きで居てくれるのも嬉しいし、心配してくれるのも嬉しいわ。でも私は魔法で戦ったり、誰かの役に立てる自信が無いの。私は私で在り続ける為には、魔法じゃ出来ない事が多分あると思うの」
「それが剣を覚えるって事?」
「そう。単純かもしれないけれど、それが私が出した結論で今の私がやりたい事なの」
「じゃあ私がもし、剣を振るのを辞めて欲しいって言ったら?」
「その時はその時に考えるけれど、多分私はそれでも剣を振り続ける道を選ぶと思うわ。それしか出来ないと思ってる内は、ずっと剣を振り続けるつもりだから」
リーサはそう告げて体に付いた泡を流した。そしてお湯の中へと足を入れ、浴槽に座ってから言葉を続けた。
「――私が出来るのは、本当にそれだけ。誰かを守れる力が欲しい。自分自身も守れる力が欲しい。そうやって願った結果、思い付いた道が偶然これだった。それだけの話よ。ねぇ、ミレイナ……?」
「ん、なに……?」
「もし私が道を間違えそうになったら、その時は私に怒ってくれるかしら?間違える気は無いけれど、それでもどうしようも無い時はいつだってやって来るわ。ミレイナ、貴女は私を叱ってくれますか?」
リーサがそう問い掛けたのを見たミレイナは、返答に少し思案を巡らせた。だがやがて答えが出たのだろう。口角を上げたミレイナは、立ち上がって中空に手を差し伸べて言った。
リーサを指差して、真っ直ぐに見据えたまま言うのである。
「その時は、お姉様より強くなった私が止めるよ。私だって、魔法が使えるんだから!」
「じゃあ、その時は本気でミレイナと戦う事になりそうね」
そんな言葉を交わしながら、彼女たちは談笑を続けた。そして大浴場の入り口では手伝いが必要か様子を見に来たシェスカとルルゥが、顔を見合わせて笑い合ってその場から離れた。
その日。大浴場からは、姉妹の騒いでる様子が屋敷に響いていた――。
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