第7話「特訓」

 この世界で生まれ変わった私が、物心付いた頃に驚いたのは義務教育が無い事である。

 小学校から中学校という施設は無く、殆どの子供は親から知識や技術を授かるという流れがあるらしい。

 その為、義務教育が無いという代わりに産まれた家。つまりは両親から知識や技術を学ぶという事になっているのだ。


 「はぁあ!」

 それは私も例外では無く、お父様から剣を学んでいた。物心付く少し前から秘密裏に素振りはしていたけれど、この世界の剣術は学んでいない。

 こうして直接的に教わる事が無ければ、娘に剣を教える親はそうは居ないのだろう。

 私が剣を習いたいと言うまでは、ひたすらに魔法の特訓をしていたのもそういう事だろう。


 「どうした、リーサ!踏み込みが甘いぞ!」

 「はいっ」

 「もっと腰だ!もっと腰を入れなさい」


 愛娘を戦争に行かせる準備のようなものだとお父様は言っていたが、それでも私が願った事だ。

 ワガママとして、私の申し出を受け入れてくれたのである。そして今……お父様と対峙し剣を交えている。


 「うむ。(シェスカくんから聞いていたが、本当に秘密裏に練習していたのだろう。良く動けている。……軍に居たのかと錯覚してしまう程だが、まだ甘い所もある)」

 「はぁ、はぁ、はぁ……(体力の消耗が早い。この身体の筋肉も発展途上だから、まだ常時激しく動かせる程には身体が出来上がっていないんだ。身体強化して、やや動きやすくなるぐらい……かな?)」

 「どうしたのかな?リーサ。もう休憩かい?」

 「っ……まだまだです!」


 私はそう言いながら、自分自身を鼓舞しながら剣を振るった。お父様はそれを受け流したり、軽く反撃したりと反応は様々だ。

 臨機応変に対応出来るように、というのが目的で私を鍛えてくれているのだろう。

 だがたまに思ってしまうのだ。お父様の本気が見てみたいと……。


 「よし、そろそろ休憩にしよう。リーサ」

 「分かりました。……ふぅ」


 身体強化の魔法を解くと、疲労感がドッと襲ってきて身体を重くしてくる。私はその疲労感に包まれたまま、木陰で無造作に倒れ込んだ。


 「リーサ!大丈夫か?」

 「大丈夫です。ちょっと一休みをしてるだけですから」

 「ふむ……」


 焦った様子から安堵の息を漏らし、お父様は私の横で腰を下ろした。そして片膝を立てて、もう片方を胡座のようにしてから自分の膝を叩いて言った。


 「リーサ、私の膝を枕にしなさい。そのまま寝転がっては、お前の綺麗な髪が汚れてしまう」

 「お父様って、いつもそんな風にお母様に言っているのですか?」

 「な、何だ突然……」


 少し動揺したように目を逸らして、お父様は気恥ずかしいというそんな反応を見せた。

 私はその反応に落ち着きながら、お父様の膝に頭を乗せた。そして私とお父様を包み込むようにして、優しい風が頬を撫でてくる。

 周囲はとても静かになった。


 「リーサ……お前はどうして剣を握る?」


 そんなふとした静寂を破ったのは、お父様からだった。

 どうして剣を握るのか。そんな事を考えた事は無かったし、明確な理由は私には無い。ただ握れるから握っていた。振れるから剣を振るっていたし、夢中になれるものがそれしか無かったからそうしていた。


 「理由が必要なのですか?」

 「大事な愛娘の願いだから聞いていたが、剣を握れば力も付くし危険な場面にだって遭遇する。それを心配せずして何が親だ。と私は思う訳だ。お前の身に何かあったら私は……」


 膝の上にある私の頭に手を置き、そう言いながら優しく撫でられる。そんなお父様の手を握った私は、下から顔を見上げて言った。


 「大丈夫ですよ。お父様が教えているのですから、私は誰にも負けません。それに私も、負けないように努力するつもりですよ」

 「口で言うのは簡単だが、負けずに居るのは酷く難しい事だぞ?」

 「分かってます。だからこうして、そうあるように力を付けているのですよ」


 強くなりたい訳では無いが、お父様に余計な心配をさせるのも忍びない。だからこそ、そうならない為に力を付ける必要がある。だがしかし、学園に通う前からこれでは先が思いやられる。

 それに……――


 「……お父様、そろそろ再開致しませんか?」

 「……」


 ――なでなで。


 「あの、お父様……」


 ――なでなでなでなで。


 「はぁ……火の精霊よ、我が五指ごしを燃やせ」

 「リ、リーサ!?どうして火を出したのか、説明してくれるかね?」

 「そんなのご自分の胸に聞いて下さい」


 撫でられるのは嫌いではないが、あまりしつこく撫でられるのは恥ずかしくて仕方が無い。その状態に耐えられなかった私は、火属性の魔法を使ってお父様に触れようとする。

 咄嗟の事ではあっても、瞬時に反応を示したお父様は私の手を掴む。だがもう片方の手がガラ空きという状況によって、私は違う属性の魔法を放つ事を考えていた時だった。


 「――再開しようとしてるところ申し訳ありませんが、そろそろお時間ですのでお帰りになって下さいませ?旦那様、リーサお嬢様」

 「ルルゥさん」

 「はい、ルルゥですー。リーサお嬢様、今日も綺麗ですねー。羨ましいです」

 「ルルゥさんの赤茶色の髪も素敵だと思いますよ。……お父様、今日は有り難う御座いました。また宜しくお願いします」


 私はお父様の膝から離れ、服に付いた草や砂を叩きながら言った。ルルゥさんとお父様よりも先に帰った私は部屋に戻り、汗が染み込んでしまっている服を脱ぎ始める。

 

 「……ふぅ、流石に頑張り過ぎ?」

 

 独り言を呟きながらも、私は部屋着に着替えて廊下へと出る。脱いだ服を持っていると、慌てた様子で通り掛ったメイドさんが近付いて言った。


 『お、お嬢様。御召物は私たちメイドが御洗濯致しますから』

 「えっと……じゃあ、宜しくお願いします。汗臭かったら御免なさい」

 『いえいえ。お嬢様の匂いは、汗を掻いていても良い匂いですよ。では……』

 「……」


 そう言って彼女は、私の横を通り過ぎる。だがしかし、今の発言を前向きに受け取る器量は私には無かった。微かに汗の臭いを確認してから、私は足早に大浴場へと向かうのであった。

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