第5話「無意識の鎖」

 時はさかのぼり一年前。私がまだこの学園に入学が決まっていない頃、試験を受ける数日前の事だ。


 「リーサお嬢様、私の剣を受ける御覚悟は御有りですか?」

 「……はい。シェスカさんの剣を受ける。受け切ったら、私に剣を教えて下さる。その約束は守ってくれるんですよね?」

 「ええ。旦那様との約束でもありますから、問題はありません。但し、しっかりと受ける事が出来なければ、お嬢様に剣を教えるという話は無くなります」

 「つまりは一発勝負。という事ですか」

 「はい。何も心得の無いお嬢様からすれば辛いでしょうが、これも決まりですので」


 つらい?そんな事は無い。何故なら彼女は知らないのだ。私が、密かに行なっている訓練を。それが今、花開く時である。


 ……そう思っていたのだが。


 「っ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 「どうしました?リーサお嬢様。まだ始まって数えられる時間しか経過しておりませんよ?」

 「つ、強い。……っはぁ!」


 何度打ち込んでも、受け止められて流される。体格や力量に差があるのは分かっていたけれど、ここまでイメージとズレがあるなんて思ってなかった。

 完璧に浮足立っていたらしい。油断は禁物、という当たり前の言葉を失念していた。


 「はぁ、はぁ……まだ、まだ」

 「もう体力も限界じゃありませんか?いくら肉体強化の魔法を使っても、お嬢様の今の質では私には通用致しません。これが、格の差なのですよ。お嬢様」


 格の差。その言葉は、私の脳裏に焼き付いてる言葉だ。あの人たちとの縁は切ったはずなのに、またここでも同じ事を言われなければならないのか。

 もう二度とあんな思いはしたくない。そう願っていたのに……――


 「お嬢様……?(お嬢様の空気が、変わった?)」

 「……冗談じゃない。あんな思いはもう、二度としたくないっ」

 「(魔力が溢れている?いけない!)——お嬢様っ、それ以上は!」


 シェスカさんの言葉が耳に入って無かった私は、居合の構えをしながら詠唱をし始めていた。

 無我夢中で、一心不乱に、ただ詠唱をした。負けたくない、そんな一心で……。


 ——風の精霊よ、我が声が聞こえているならば答えよ、全てを斬り裂き、我が敵を撃つ為のやいばを我に授けよ。罪を穿うがて!——


 グッと握った柄を引き、居合斬りと同時に風の魔法を纏わせる。激しい暴風に纏われながらも、シェスカさんは一歩も引こうとしない。

 だが恐らくこの剣は、この刃は誰にも止められない。止められる気がしない。

 そんな直感の中で、私は目を見開いてシェスカさんの姿を捉える。そして剣を抜いたのであった。


 「——エアリアルブレイドッ」

 「大した技だと思います。がしかし、私の前では無意味ですよ。お嬢様」


 風刃となって放たれた刃は、シェスカさんに確かに直撃していた。だがしかし、それは勘違いでしか無かった。

 シェスカさんは直撃する直前に魔法を発動させ、私の放った魔法を相殺したのだ。

その事実を目の当たりにした私は、グラリと視界が歪んでその場で崩れ落ちた。


 「はぁ、はぁ……ま、だ……」

 「もう限界です、お嬢様。ここまで良く頑張りましたね。最後の攻撃は、凄まじかったですが危険な技です。お疲れ様でした。ゆっくりと御休み下さい。——スリープ眠れ

 「……すぅ……すぅ……」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その日の夜。まだ陽が沈んで間もない頃、欠伸をしながらリーサは化粧室へと向かっていた。

 そんな時、廊下を微かに照らす明かりが目に入った。そこは談話室という場所なのだが、リーサは時間帯を考えて明かりが点いているのは珍しく思った。

 やがて耳を傾けてみると、中では両親とメイドであるシェスカとルルゥの声が聞こえて来たのである。


 「——御苦労だった、シェスカくん」

 「いえいえ。旦那様の御言葉通り、力を入れさせて頂きました。ですが、本当に良かったのですか?あれではお嬢様に剣の道を諦めろ、などと供述しているようなものでは……」

 「確かにそうかもしれないがね、シェスカくん。私はあの出来過ぎる娘にワガママを言って欲しいのだよ」


 ワガママ。そんな言葉を聞いた瞬間、ドクンと胸が脈を打つ。

 ワガママを言うな、という教えを受けた記憶しかないリーサにとって、その言葉は無縁の物だと思っていた。

 いや、無意識にそう思おうとしていた節があった。


 「そうね。あの子は幼い頃から他人との間に壁、というのかしらね?それを作る所があるから、変に大人びている様に見えるものね」

 「あぁ。私としても気掛かりでね。良く出来るし、気付く良い子ではあるのだが……少々物足りないというか、心配してしまうのだ。リーサが、あの子が何もワガママを言って来ないのは、願いを言わないのは塞ぎ込んでいるのでは無いかとね」


 他人との距離感。確かにリーサには、物心着く前からしっかりしていた。メイド達にも敬語を使い、最初からそれが当たり前と錯覚させてしまう程に接していたのである。

 だがそれが当たり前と思っていたリーサと違い、彼らは感じていた。リーサという子供から、ワガママや願いを言われた事が無いと。


 「あの子は物事の考えが子供離れしている部分もあるから、君達メイドにも同じ接し方をしているのだろう?」

 「そうですね。私もルルゥも、同じようにリーサお嬢様からは敬語を使われておりました。普通で良いですよとは言ったのですが、どうやらお嬢様にとってはアレが普通のようですね」


 普通というのは、個々にそれぞれ存在する。それは分かっている。だがそれでも、リーサは今更この生き方を変える事は難しいのだろう。

 生前。約十数年間、そんな生活をずっと続けていたのだから、今更変える事の方が難しいのである。

 しかしその事実を知らない彼らにとっては、リーサがただ他人との距離を開けてしまう。願いがあっても、塞ぎ込んで我慢してしまう。そんな印象を受けるのは当たり前である。

 そんな会話を聞いていたリーサは、自分の過去を振り返りながら自分の体を強く握り締めた。


 「……ダメ……そんな事言われたら、わたしは……っ」


 リーサは奥歯を噛み締めて、その場で座り込んだ。寒さも何も感じないにもかかわらず、震えが止まらない。

 思い出してしまうのだ。ワガママを言った結末を。願いを叶えようとした顛末を。

 後悔と絶望しか無かった事を思い出してしまうリーサには、言いたい事があっても無意識に躊躇ってしまう。

 言ってはならない。迷惑を掛けてはならないと言い聞かせ、自分の感情を押し殺して来た過去がフラッシュバックしてしまうのだ。


 「私は……いや、私たちはあの子を愛している。だからこそ、君達にも協力して欲しい。あの子を縛っている何かを外す為に」

 「あなたっ……そうね。私からもお願いするわ。シェスカ。ルルゥ。……頼めるかしら?」

 「「はいっ!仰せのままに」」


 その声を、言葉を聞いたリーサは口を塞いで声を押し殺していたのだった。


 「っ……ぐすっ……んんっ……(お父様っ、お母様っ、シェスカさんっ、ルルゥさんっ)」


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