第4話「初めての友人?」

 「えっと……」

 「サーシャで良いわ。私も貴女の事はリーサと呼ぶから、お互い様よ」


 先に訓練場を使っていた彼女は、何食わぬ顔でそんな事を言った。敬語を使わない所を見ると、他人との距離感を掴まない人なのか。それとも単に面倒なだけなのか。

 どちらにしても、その話し方のおかげで私も普通に話す事が出来た。


 「えっと、サーシャさんはここで何を?」


 聞いた瞬間に馬鹿げた質問だなと思ったが、彼女は顔色一つ変えずに答えてくれた。


 「私はここで一対一の練習をしていましたわ。対人練習ではあったのだけど、イメージでしか出来なかったから丁度良かったですわ」

 「???」

 「貴女、私の相手をして下さるかしら?一対一、一本勝負で結構ですわ」

 「っ!?」


 真正面から告げられた勝負の申し込み。眼前に向けられた剣先は、ギラリと鋭い輝きを放っている。

 出会って早々に勝負を挑まれるとは思って居なかったが、ここまで直線的に来られると応えたいと思ってしまう。


 「私がお相手しても、宜しいのですか?他にも相応しい方がいらっしゃるのでは?」


 誰でも良いというのであれば、この勝負を受ける義理はない。敵を増やす行為を避けたい中で、私は心の奥底で燻っている高揚感を抑える。


 「……残念ながら。この学園の生徒、つまりは同年代で学んでいる生徒の中で、私に相応しい相手を見つける事は叶いませんでしたわ。でも、ようやく見つけました。貴女の入学時の成績、耳に入ってますわ」

 「……どんな噂、でしょうか?」

 「入学時。実技試験担当の教師を倒したそうね?それも両手で数えられる時間で」

 「あれはたまたま、偶然が重なったものです。私は貴女のお相手を出来る程の実力を持ち合わせて居ません」

 「そうかしら?」

 「はい」


 ニコッと笑みを浮かべながら、私は彼女の申し出を断ろうとする。こんな場所だからといって、おいそれと剣術を晒したくはない。

 ただでさえ警戒されている中で、これ以上怖がられるのは勘弁して欲しい。

 私だって、この学園で友人を作りたいと思っているのだから……。


 「——フッ!」

 「っ!?」


 考え事をしていたとはいえ、警戒していなかった訳じゃない。でも彼女の動きは、私の警戒網を突破して来た。


 「……良く、防ぎましたわね」

 「ビックリさせないで下さい。これでも私、不意打ちには弱いんですから」

 「その割には、回避せずに防御に適してましたわね」


 当然だろう。さっきの一撃は、追撃型の連続攻撃にシフトした動きだった。あのまま防いでなければ、私はさらに速い追い討ちを打ち込まれていたはずだ。細かい動きは見えなかったけれど、彼女の動きは素早い打ち込みが主流かもしれない。


 「ので、止めさせていただきました」

 「……フフ、良いわ貴女。私の相手に相応しい相手よ。だから、もう少し遊びましょう?」


 耳元で囁く彼女は、私の剣を弾いて右払いの一撃を繰り出した。私はそれを受け流し、反対側の一撃を放つ。

 それを回避した彼女は、ニヤリと笑みを浮かべたまま懐へと入り込んでいた。


 「(剣士の間合いじゃない?これは……体術?!)」


 伸ばされた腕を振り払い、私は距離を作って剣を構えた。振り払われた手を振りながら、彼女は溜息混じりに言った。


 「あーあ、逃しましたわ。あと少し速ければ、私の魔法を流しましたのに」


 そう言った彼女の指先からは、微かに電流が見え隠れしていた。それを見た私は、安堵しながら呟いた。


 「雷の属性をお持ちなのですか、貴女は」

 「ええ、そうよ。だけどこれは守勢術なのだけど、戦闘にも応用してみようと思ったから使いましたの。貴女には通用しなかったようですが……やはり、貴女を選んで良かったかもしれませんわね」

 「……そうですか。私はもう、自分の練習に取り組みたいところですけどね!」


 防戦一方だった事もあり、微かにフラストレーションが溜まっているのだ。多少荒っぽくなっても、私から攻めさせて貰うとしよう。

 まずは接近して、右からと思わせての下段から上へと斬り上げ——


 「っ!?」

 「逃がすと思いますか?」


 反撃、防御、回避。それぞれのパターンによって、この一撃は変化する。彼女が取った回避の行動の場合は、前に出ての追撃の突きの一手。

 そこに風の魔法を付与して、貫通力を向上させる。そしてこの一撃は、防御をした剣を砕く事も出来る一撃だ。


 ——エアブレイドッ!!


 「(これは、避けられ……)」


 彼女も私も直撃を確信した瞬間だった。私はその攻撃を中断し、咄嗟に後方へと距離を作った。

 その瞬間、私と彼女の間に巨大な氷の壁が行く手を阻んでいたのである。


 「……そこまでですよ、リーサお姉様。その勝負はお預けです」

 「ミレイナ」

 「お姉様?訓練場とはいえ、殺傷能力のある技を使用しては駄目です。今のを防げるのはお父様かお姉様と同等またはそれ以上のお力を持った方だけです。不用意に使わないで下さい!」

 「ミレイナ、もしかして怒ってます?」

 「怒ってます。プンスカプンプンです。全くもう……あの、大丈夫でしたか?私の姉がすみませんでした!必ず言い聞かせますので許して下さいっ」

 「ま、待ちなさいミレイナ。その言い方だと、私が悪いみたいな言い方じゃない。撤回してもらえる?」

 「現に悪かったから、私は怒って謝ってるんですが?何か」

 「うぐ……いつにも増して厳しいですね、ミレイナ」


 そんな言い争いのようなものをしている時だった。彼女、サーシャが堪えられなくなった笑みを溢していた。


 「ぷっ……フフフフ……ククク……」

 「サ、サーシャさんっ?わ、笑わないで下さい!」

 「フフフフ、すみません。あまりにも違い過ぎて、気が抜けてしまいましたわ」


 そう言って彼女は、微かに目元にあった涙を指先で拭う。悪い人ではないと思っていたが、そういう笑い方も出来るのかという印象を覚えた。

 そんな印象を覚えている内に、彼女は私の目の前までやって来ていた。そして手を差し出され、彼女は口を開いたのである。


 「この決着はまた今度。貴女となら、いい勝負が出来そうですわ」

 「あ……こ、こちらこそ宜しくお願いします?」

 「では私はこれで。妹さんも、いつか立会いましょうね?」


 彼女はそう言って、私とミレイナの間を通り過ぎて行く。その背中が見えなくなるまで、私は眺めていた時に感じていた。

 いや、戦っている最中にも感じていた事だ。彼女はまだ、本気を出していないという事を――。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 やっと見つけましたわ。まだ私の体が熱く、鼓動を素早く打っている。この高揚感、久しく感じていなかった満ち足りている清々しさ。

 素晴らしいですわ。ええ、本当に。


 「お嬢様、如何でしたか?」

 「想像以上だったわ。あの力、噂通り。下手したらそれ以上の力を持っていてもおかしくありませんわ」

 「左様でございますか。では、お嬢様の望みがようやく叶うのですね?」

 「ええ、そうね。是非とも彼女とは、友人になりたいわね。ライバルという名の友人に、ね……」


 リーサ・アルファード・アルテミス……彼女と巡り会えた事に、感謝を。

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