第2話「黒髪のお嬢様」

 私は生まれ変わった。

 誰かにこんな事を言っても、恐らくは信じる者は現れないだろう。それに生まれ変わったと言っても、容姿はあまり変わっている様子は無い。

 ただ生まれ変わっているという事を自覚する材料は、私の中にある〈記憶〉だろう。その記憶は私がまだ、榊原理沙という名前で生きていた頃の記憶だ。

 それがあるからこそ、私は生まれ変わったと言えるのである。


 「お姉様?」

 「何かしら?ミレイナ」


 通学路。そんな呼び方していないだろうけれど、学園までの道の途中でミレイナが問い掛けて来た。


 ——ミレイナ・アルテミス


 私の妹である彼女は、幼い頃から人懐っこさを持ち、この私を本当に慕ってくれているのが伝わってくる。

 そんな感覚を話す度に覚えながら、私はいつも彼女と関わっている。姉妹なのだからもっと砕けても良いのでは無いか、という事も言われてしまったけれど、そこは追々慣れていく事にしよう。


 「さっきの縁談、本当に断って良かったの?」

 「当然です。言ったでしょう?私には婚約はまだ早いと。それとミレイナ、ここはもう外なのだから言葉遣いにも気を遣いなさい?品が無いと思われたら、お父様たちに迷惑が掛かってしまうわ」

 「ええー、でもお姉様しか居ないんだよ?姉妹なんだから楽に話したいよー」

 「はぁ……仕方ないですね。では私も練習がてら、付き合いますよ。それでミレイナの気が済むのなら、ですけどね」

 「子供扱いしないでよー。これでもお姉様の次に強いし、魔法の腕だけだったらお姉様にも負けないんだから!」


 そう言いながら、ミレイナはニコリと白い歯を見せてくる。その優しい所とは裏腹、魔法での訓練時には負けず嫌いを発揮する。

 確かにミレイナは私よりも魔力があり、持っている属性も3つという逸材だ。

 通常。この世界の人間が持つ属性は一つ。それは決まっている事なのだが、稀に複数の属性を持った子供が生まれるという話がある。

 それが私たちであり、ミレイナの特徴的な部分だろう。


 「確かに魔法だけだったら、私もミレイナに負けるかもしれないですね」

 「えっとお姉様が使える属性はー……火、雷、闇」

 「そしてミレイナが、風と水と光。私とは全て正反対だから面白い所ですよね。ふふ」


 この世界の人間には、〈魔力〉というものがあり、私たちはそれを命の光として持っているモノ。

 これを失ってしまったら最後、私たち人間は死に至るだろうというモノ。だから無限に魔力を媒介する技である〈魔法〉を放つ事は出来ない。


 「そういえばミレイナ?」

 「なぁに?」

 「この間、お母様から教えてもらった治癒魔法は覚えられたのかしら?随分と練習していたようだけど」

 「あぁ……あれはちょっと普通の魔法とは違くて、すっっっごい違和感あるの!だからちょっと難しかったけど、なんとかなったよ!」


 〈治癒魔法〉と呼ぶその魔法は、言葉通りに傷などを治療する魔法だ。但し覚えられる人間は少なく、その中でも光の属性を持つ者しか扱えないらしい。

 つまり闇属性を持つ正反対な私では、扱えない魔法という事だ。便利という事もあり、治癒魔法は覚えたかったが諦めるしか無いだろう。


 「特訓で怪我をしても、治癒魔法があれば楽なのになぁ。って顔してる」

 「っ、そ、そんな事はありません。あまり私をからかわないでください?」

 「でも考えたんでしょ?」

 「うぐっ……どうして分かったのですか?」


 私はジト目を向けながら、こちらを覗き込むミレイナを見る。そんな訝しんだ視線を放置して、ミレイナは私の問いに答えた。


 「お姉様は分かりやすいですからね。思った事がすぐ顔に出るし、見てて飽きないよ」

 「人の顔をジロジロと見るものではありません。次からはしないで下さいね?」

 「えぇー?どうしよっかなぁ♪」


 ミレイナは両手を後ろで組みながら、私の少し前を歩いて笑みを浮かべた。そんな悪戯心と好奇心がある所は、可愛げのある所だがブレーキが無い。

 学園で余計な事をしないか心配で、実は気が気でないとは言わないでおこう。

 そんな会話をしてる合間に、私たちは目的地である学園へと辿り着いた。


 「はぁ……やっと着きましたね」

 「移動で疲れるのだけ、ちょっと何とかして欲しいなぁ」

 「それは激しく同意をしますが、もう学園なのだから貴女も言葉遣いをきちんとしなさい」

 「はぁい。……ではお姉様、ミレイナも行って参ります。お昼時になりましたら、お声を掛けても宜しいでしょうか?」


 私が言った途端、切り替えたミレイナの雰囲気には驚かされる。豹変という言葉すら生温い程、彼女の変貌ぶりには頭が下がる。


 「そうね。私も特に予定はありませんから、大丈夫ですが……ミレイナ、友人は作ったりはしないのかしら?」

 「私は友人を作るには技量が足らないと思っていますので、まだ作って良いとは思えません。それに」

 「それに?」


 私はミレイナが切った言葉を繰り返し、次の言葉を促す。ミレイナは目を細めながら、周囲の人々を一瞬で見渡したから言うのである。


 「私の友人よりも、お姉様の友人になりたい。という殿方の方が多いようですので」

 「……はい?」

 「だから、お姉様の友人になりたいとか……お姉様にお近付きになりたいという殿方がいらっしゃるのですよ?」

 「ええ……」


 私は心底困ったような声で、ミレイナの言葉を聞き入れる。そんな様子を見せた私の前で、ミレイナは蔑んだような視線を向けられていた。


 「あの、お姉様?お姉様の容姿は、妹の私から見ても素晴らしい物です。それなのにお姉様は、その美しさを持て余している。そんな事があってはならないと思うのですが?」

 「美しいって……私は別にそんなつもりはありませんけど……」

 「それでもです!お姉様はもう少し、他人との関わり方を考えてあげて下さい!」

 「はぁ……」

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