第5話「神様との食事会」

 夢を見た。夢か現実なのか、自分の身体がちゃんと動いているという実感がある夢だ。

 私はその夢の中で、ただひたすら木刀を握り、振り続けて、目の前の相手を倒す事に専念していた。

 それは多分、現実世界で私がやっていた事。もはや現実でしかないその夢を見ていた私の前には、顔を黒く塗り潰された父が立つ。

 互いに木刀を持ち、睨み合った末に私は木刀を振り下ろした。


 やがて、私の手は――真っ赤に染まった。


 「っ、ぁはっ!……はぁ、はぁ、っ」


 目を開けると同時に起き上がった私は、知らない部屋の中に居た。面影も無く、全く以って認知していない部屋。

 その部屋のベッドの上で、私は大量の汗を流しているという状況。この状況が何なのかと思っていると、部屋の扉がゆっくりと開いて誰かが入って来た。


 「ん?おお、目が覚めたのじゃな。理沙よ」

 「……貴女がここにいるという事は、今までのは夢じゃなかったんですね」

 「なんじゃ?不満そうじゃの。せっかく第2の人生とやらを歩めるというのに。死んだままの方が良かったか?」

 「そういう訳じゃ無いんですけど、死んだという実感すら無かったので。えっと改めまして、私は榊原理沙と申します。神様、って呼べば宜しいですか?」


 私はベッドの上で正座をして、深く頭を下げてそう問い掛けた。そんな私の事を見て肩を竦めたのか、微かに呆れた様子で神様は言った。


 「はぁ、仰々ぎょうぎょうしいのう。確かに妾は神じゃが、お主が思っておる程に偉いという訳でも無いのじゃ。そこまで畏まらなくとも良い」

 「ええっと、じゃあどのようにすれば良いでしょうか?」

 「そうじゃのう。お主が友人と話す時の言葉遣いで構わないぞ」

 「友人……」


 私がやっていた友人との関わり方とは、一体どういう風だったのだろうか。改めて思い返してみたが、そこには虚無しか無かった。

 空っぽで、無関心で、歩く人形のように動いていた事しか記憶に無かった。それが分かった瞬間、私はこの人とどう接すれば良いのかが分からなかった。


 「……理沙よ。お主が過去に何をしていたか。どう他人との距離を作ってきたか、それは妾が良く知っておる」

 「なら、どうして私に友人と話す時という例を出したのですか?」

 「妾からすれば、お主はちと堅い。いや、堅過ぎるのじゃ。それも年不相応にの。じゃから妾は、お主にお主の想像する友人像を見せて欲しかったのじゃ」

 「私が想像する友人像、ですか……」


 考えた事も無かった。今まで私は、稽古や家の事が優先となるのが通常運転で、友人との関わり方までは考えた事は無かった。

 クラスメイトがどんな会話をしていたか、クラスメイトが何を楽しみに生きているのか、クラスメイトがどうして笑みを浮かべていたのか。

 私には、何一つ分からない事だと思ったから……。


 「どうじゃ?理沙よ。妾に答えを出せそうか?」

 「……少し時間が欲しい、です」

 「そうか」


 時間が欲しい。こんな事を言えば、相手は呆れる。呆れ果て、期待を裏切る結果となる。そしてやがては、私の前には何も無くなる。

 それが私の日常。私の望んだ物は、何一つとして叶った事は――。


 「――分かった。なら待とう。お主が答えを出せるその日を、妾は気長に待とうではないか」

 「っ……!?」


 また、だ。またこの人は、そうやって優しく笑みを浮かべる。その笑みを見れば見る程、私の身体に絡まった鎖が切れていく。

 

 「……宜しいのでしょうか?」

 「良い。妾が言っておるのじゃからな。妾は神じゃ。その神が良いと言っておるのじゃから、好きにするが良いぞ」

 「ありがとう、ございますっ」


 私はまた深々と頭を下げて、濁声だみごえでそう言った。言わなければならないと思ったから、私がそうしたいと思ったから。

 この人は……神様は、私にとっての神様だ。


 「ところで理沙よ。妾がしてられる事は少ないのじゃが、お主は生き返りたいとは思ってはおらんか?」

 「……」

 「まぁ生き返ると言っても、お主が暮らしていた世界ではないがな。全く異なる世界で第2の人生を歩んで欲しいと、妾は思っておる。どうじゃ?」


 そんな押し売り文句のように言われても、まだ私自身では死んだという実感が無いのだから、どうしようという考えがそもそも無い。

 だがもし、実際に死んでしまったと仮定して話せば、何不自由の無い生活というのを味わってみたいという願望も少なからずある。

 

 「ふむふむ。何不自由の無い生活……」

 「っ、勝手に他人の心を読まないでくれますか!?」

 「何を言っておるんじゃ。神なのだから、人の心を読み取れなければ務まらんじゃろうが」

 「それはそうですけれども。私にだって、知られたくない感情とか悩みとか、あるかもしれないじゃないですか!」

 「そこは自信を持ってあると答えんか。自分に自信が無さ過ぎるじゃろ、お主」


 そう言って神様は、肩を竦めて私の隣で腰を下ろした。足をパタパタと子供のように揺らしながら、私の顔を見て言うのだった。


 「お主の秘密とやらは聞かんよ。人にはそれぞれ悩みがあるのは当然じゃよ。妾の眼に映るのは、生き方をどうしようと悩んでいるお主だけじゃ。それ以外は映っとらんから安心しろ」

 「……本当ですか?」

 「神を疑うとは罰当たりじゃな。そもそも見られたくないと思っとる感情や悩みは、妾でも見る事は出来ん。だからこうして話を聞くしかないのじゃが、妾としてはお主の次の人生には協力してやりたいと思っておるのう」

 「良いんでしょうか?」

 「何がじゃ?」

 「私が、こんなに良くしてもらう事がです。他の人が知ったら、神様が咎められてしまうんじゃ」

 

 私がそう言った瞬間、神様は私の事を引き寄せて膝枕をし始めた。何が何だか分からない私は、心地良さと気恥ずかしさの間を右往左往していた。


 「か、神様?これ、恥ずかしいんですが……」

 「何じゃ?膝枕は嫌いだったかの?」

 「好きか嫌いかで問われれば、好きですけど……それでも不意打ちはずるいかと」

 「なら何も問題は無いな。理沙よ、妾が良くするのは妾が想う相手のみじゃ。それにたまたま理沙が選ばれ、そして妾の寵愛ちょうあいを受けるだけ。何もおかしな点は無いぞ?」


 そういうものだろうか。私が考えている神様像は、全員平等という形で見守られているというイメージ。だから、こうして一人にだけ贔屓ひいきする事など無いと思うのである。

 そしてだからこそ、私にとってはそれが申し訳無いのだ。

 気にするなと言われても、微かにまだ罪悪感が残っているし、くすぶっているのである。


 「では理沙よ、落ち着いたら食事にするぞ。妾とフリードとお主の3人でじゃ」

 「は、はい!分かりました」


 そう返事をしてから私は気付く。この人たちを前にした状態で、私は普通に食事を摂る事が出来るのだろうか。

 そんな不安を抱えながら、私は神様の後ろに着いて行くのであった――。


 「さ、食事の時間じゃな」

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