第3話「剣聖、フリード」
「——貴方は何者なのでしょうか?」
自分が死んだ。それは理解した。けれど、死んだからと言って、人生の全てが終わる訳ではない。
仏教では生まれ変わりがあると言い伝えを聞いた事がある。つまりは輪廻転生。記憶は引き継がなくても、来世の自分へと繋がる結果があるはず。
その仕組みがあるならば、恐らく私は今は肉体を持たない魂のみ。だが肉体があれば、私は私のまま生まれ変わる事が出来るはずなのだ。
その為にはまず、現状の把握が最優先。
『……それを聞いて、貴君はどうするつもりなのだ?』
「どうもしません。ただ貴方がどういう方なのか、それを把握しなければ前には進めないのでしょう?なら私は、自分が出来る最善の一手を進むだけです。それに貴方の話し方は、騎士そのものなのか、妙に古めかしい話し方だと私は思います。それで無くても、話し方やその立ち振る舞いは相当な身分の方だったとお見受けします。だからこそ、私は貴方に問うのですよ」
『クハハ、貴君は本当に14の子供なのか?流石の私も、貴君のような子供に会うのは初めての事だな』
そう言いながら、自分の膝を叩いて笑う。年齢的に言うならば、私よりも二周りほど生きていたと予想する。
だがそれは単なる予想でしかないし、明確な答えがある訳でも無い。だからこそ、私は真っ直ぐに問い掛ける必要があるのだ。
——前へ進む為に。
『良いだろう。気に入った。本来ならば剣を交える所だが、言動といい振舞いといい、貴君は申し分ない。クハハ、愉快愉快!』
「むぅ……何が可笑しいんですか?」
『いやすまぬ、これ程の子供を見た事が無くてな。久しく名乗る事が無かったのでな。貴君を試してしまった、許せ』
そう言いながら、両手を膝に付けて頭を下げる。謝罪をしてもらうつもりは無かったが、ここはこの人の行動に便乗しておこう。
「そうですね。私が勝利したというのに、敬まれるこそすれ笑われるなど万死に値致しますね。どう致しましょうか?落とし前のほうは……」
『そうギラギラとされても困るぞ。私は確かに敗北したが、私の本気を出していない以上、完璧に敬意を向ける事は出来んな』
「子供のような事を言いますね」
『男は歳を重ねても、童心は忘れる者は少ないだろうさ。私の生前は無敗将軍と呼ばれていてな。いやはや、死んでから素振りはしてたが、手合わせ出来る者は現れなかったな』
「……」
彼は顎に手を当てて、こちらを見据えながらそんな事を言った。本来ならば負け犬の遠吠えと言いたい所なのだが、確かに彼の本気はまだ見ていない。
投げられたのだって、私の事を子供と油断していたから招いてしまった結果だ。彼の言う本来の力がどれ程の物なのかは知らないが、〈将軍〉という事は剣か槍、その他の武器を使用していた可能性がある。
それを知った瞬間、私の中で高揚感が込み上げていたのであった。
『(凄まじい闘争心だ。この者と対峙する際は、十分な注意を払う必要がある。だが、扱う武器によっては容赦をする訳にはいかない。もし同じであれば……手加減など出来そうにない)』
「その言葉、私は宣戦布告と受け取りますが……どうなのでしょうか?将軍と謳われた過去がある貴方と何も無い私では、力の差は歴然。貴方にとっては、敗北の二文字……いえ、引分という言葉すら、出す訳にはいかないという立場になりますが?」
『……クハハ!では、その力の差を確かめようではないか』
そう言いながら立ち上がる彼は、手を中空へ差し出して何かを念じた。すると光の球体が出現し、彼が差し出した手の中へと収束していく。
そして徐々にそれは形を作っていき、やがて掴み取った時には剣が出現したのである。
「っ……(今、何して)」
『驚いたようだな。だがこれは私の過ごしていた世界では、日常的にやっていたものでな。幼少から魔力の操作を学び、貴君と同じぐらいには剣術を学んでいたのだ。……さ、貴君も武器を出すといい』
「……あの、私には魔力という物がどういう物なのか。それが分からないんですけど」
大体、〈魔力〉って何ですか?という疑問が浮かんでしまう。何も無い所から剣を出すだけでも驚いたのに、それをいきなりやってみろなど、到底無理な話である。
『……?』
「いや、そんな早くしろみたいな目を向けられても……私、手品師じゃないので無理です」
『……ふむ、そうか。貴君の世界では魔力という概念は無かったのだったな。失念していた、クハハ』
「……(陽気な人だなぁ、この人は)」
『ならば……この剣を使うと良い。貴君がどのような剣を使うかは知らんのでな。私と同様の両手剣だが、構わないかね?』
「……(少し重い)」
初めて触る形の剣だが、今まで使っていた木刀よりも遥かに鋭く、そして輝いて見える。
その見た目と重さが相まって、私は体の奥からゾクっとした感覚に襲われる。
「……すぅ……はぁ……」
精神統一をし、湧き出た高揚感から平常心へと戻していく。こういう時こそ冷静になり、身体全体が動くようにしなければならない。
「(大丈夫。動ける。少し重くても剣は私を裏切らず、必ずイメージ通りに動ける。今の私には、縛る者は居ない)」
『ふむ、準備が出来たようだな。では始めるとしよう。何処からでも来るといい』
「……すぅ……はぁ……っ!」
何処からでも攻めて良いとは、余裕のある物言いだ。だが、確かに余裕なのだろう。
まずは小手調べの——上段と見せ掛けて、下段斬り。
『(速く、そして鋭い。なるほど、良く鍛錬されている)』
「っ……(簡単に受け流されてる。このぐらいでは通用しないのは分かってる!)」
だから私は踏み込む速度と強さを上げ、ローペースからのハイペースで打ち込む事にした。
『ほう?』
「良かったです。ちょっとは楽しめそうと、思ってくれたようで!」
『……クハハ、いつの世も剣士同士はこうでなくてはな!』
楽しんでる様子を見たまんまだが、それでもやはり悔しい部分がある。何故なら、彼はまだ一歩も動いていないのだ。
こちらの動きに合わせて打ち込まれる位置から、受ける位置をズラして的確に受け流している。
その分……態勢を変える必要が無いと同時に、身体の向きと剣捌きに必要な腕力があれば可能なのだ。
彼は剣士としての技量だけでなく、身体能力の高さがあるという事の証明にもなる。
これが——力の差なのだろう。
「……(強い。これだけ打ち込んでも、崩れる気配が無い。——なら少し、もう一段階上の速度で)」
——ズルッ。
「あ……」
砂利の上で戦うのは初めてというのが、表に出てしまったのだろう。踏み込んだ足に無駄な力が入ってしまい、派手に態勢を崩してしまった。
『クハハ、大丈夫か?私として続けても良いのだが、思ったより消耗が激しかったようだな』
「……すみません。せっかく相手をして下さったのに、こんな結果を出してしまって」
『気にするでない。寧ろ、良く打ち込み続けたものだと感心しているのだがな』
完全に我を忘れてしまったのか、それとも気を抜いてしまったのか。自分でも良く分からないミスだ。
だが彼は私の肩を叩くと、兜を外して素顔を見せて言うのだった。
「私をここまで楽しませたのは、貴君を入れて三人目だ。素晴らしい剣戟であったぞ」
「あ、ありがとうございます」
初めて、剣に関して褒められた。自分で選んだ道だけあって、自分で繋いだ道だけあって、褒められる事がこんなに嬉しいのかと疑ってしまう程だ。
そんな事を思った途端、私はその場で崩れるように座り込んでしまった。座るつもりは無かったのに、急に身体が重くなった気がしたからだ。
『貴君は、真剣を握るのは初めてだったのだろう?ならば、そうなって当然だ。無意識に気を張っていた事すら、自分自身で気付いて居なかったのだろうな』
「……そう、みたいですね。もう正直、立てる自信はありません。——っ、きゃっ」
『安心したまえ。私が責任を持って休める場所まで運ぼう。何、心配するな。悪いようにはしない』
「っ……(だ、抱っこ!?お、お姫様抱っこっ!?これがクラスの人たちが言っていたお姫様抱っこ!?うわー、うわー!うわー!)」
「ん?貴君よ、どうしたのだ?」
「な、なんでもないです///」
恥ずかしい。そんな気持ちを抑えるように顔を両手で覆い、されるがままに彼の腕の中で丸くなる。
周囲に誰も居なくて良かった。それこそ、家政婦の方や道場に通っていた門下生の人達に見られていたら発狂物である。
そんな事を思いながら、私は指と指の間から彼の顔を覗き込む。黄土色の髪とやや褐色の入った肌。白い髭が混ざっていても、戦場で受けたような傷が猛者感を感じさせている。
私の家族が言っていた言葉で言うなら、そう、ハードボイルドとかワイルドとかダンディーな雰囲気である。
「そういえば剣を交えたというのに、私の名を言っていなかったな」
「は、はい」
「私はフリード。生前は、
「わ、私は理沙。
こうして私は、恥ずかしさを我慢しながら、剣聖フリードと出会ったのであった。
そしてこれが後々、私が〈剣聖〉と呼ばれるまでの最初の一歩になるとは知らなかったのである——。
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