第2話「騎士甲冑、出現!?」

 見える景色が全て真実ではない。そう言っていた親の言い分も分からなくは無いけれど、それでも目の前の景色が信じられない場合は仕方が無い。

 先程まで公園のベンチだったはずの私の視界には、遊具も無く、街も無く、見えるのは広大な草原のみ。

 これが真実では無いなどと言われた時には、私はその相手を病院に連れて行くだろう。主に頭の……——


「……」


 周囲を見渡して、人の有無を確認する。だが人の姿は無く、気配も無い様子だ。

出来れば人が居て、ここが何処なのかという事を聞ければ良かったのだが、生憎とそんな事が出来る様子ではない。

 例え街などがあったとしても、手持ちが無い状況では意味が無いだろう。つまりこの状況は……


 「詰み、ですか。困りましたね」


 この状況を打破する為には、屋根がある場所を見つけなくてはならないし、衣食住の内の食も何とかしなければならない。この際、衣は後回しである。

 そう思って私は、その場から一歩踏み出した。


 『待て、人の子よ。迂闊に動けば命取りになるぞ?』

 「……?」


 ふと聞こえてきた声は幻聴かと思ったが、すぐ近くから聞こえた事によって私は振り返る。

 振り返った先には、騎士甲冑に身を包んだ誰かが立っていた。ボロボロで、傷だらけで、戦場から戻ってきたばかりと思える程に泥だらけだ。


 『貴君は自分が、何故ここに居るのかを疑問に思わないのか?』

 「……すみません。気軽に話し掛けないで下さい。怪しい人に話し掛けられたら、すぐに逃げなさいという教育を受けてるので」


 そう言いながら私はお辞儀をし、その場から離れようとした。だがしかし、騎士甲冑に身を包んだその人は目の前に居た。

 間合いに入られた。警戒していたはずなのに……そんな事が頭によぎった瞬間、私は条件反射で行動に移っていた。


 「っ!」

 『をっ?』


 相手の体重移動を利用し、自身の両足を固定した状態での投げ技。騎士甲冑に身を包んだその相手は、重いという感覚はあったが、逆に体重利用がしやすかった。


 「ふぅ……でも重いものは重い……」


 肩を少し揉みながら、足元で大の字になっている相手を見る。何が起こったか分からないという様子で、自分の状況を確認しているようだ。


 「どうですか?女の子に投げられた気分は」

 『ふむ、なかなか良い腕をしている。今の私でなければ、貴君は死んでいたがな』

 「あら、負け惜しみですか?神様かもと思った私でしたが、あなたへの敬意レベルを2段階下げましょう」

 『待て。貴君は私の事をどんな風に思っているのだ?参考までに聞かせてくれ。——私に今、どんな印象を持っている?』

 「得体の知れない不審者です」

 『その前は?』

 「騎士甲冑の変態不審者」

 『その前はっ?』

 「戦場帰りの騎士様」

 『おお!……それで今は?』

 「未成年に手を出して返り討ちに遭っている変態騎士様マジ雑魚乙?」

 『何故そこで落としてくるのだ!そして何故疑問形なのだ!』

 「一応年上かと思われるので、僅かな敬意を払っただけですが?」

 『そんな斜めからの敬意があるか!それならば最初から無い方がマシだ!』


 ——ここまで罵声を浴びせても、折れる事は無い。何処かの誰かが分からない以上、私も警戒を解く訳にはいかない。

 かといって、このまま何も考えずにいれば前には進めないか。ここはあちらの動向を探りながら、この場所の事を聞くしか無いだろう。

 ここにはこの人しか居なさそうだし……。


 「えっと、変態騎士様?」

 『私は騎士だが変態ではない。何だ?人の子よ』

 「では騎士様、私からいくつか質問しても宜しいですか?」

 『……(空気が変わったな。この娘、ただの娘ではないとは聞いていたが、この状況で取り乱さないとは肝が据わっている。それにあの技、私を投げ飛ばす腕力が無いにもかかわらず、一切の迷いもなくその技を選んで見せた。ふっ、面白い)——良いだろう。私に勝った貴君だ。勝者には従わなければならんからな、遠慮なく聞くといい』


 騎士様?は、その場で胡座をかいてそう言った。気前の良い人なのか、それとも私が話しやすいようにという配慮なのか。どちらかは分からない。

 けれど、堂々しているおかげで裏表の無い空気を感じる事で、私は自然と口から声が出た。


 「……まず、ここは何処なんですか?」

 『……』

 「ここまでの経緯や貴方の存在を考えると、仮定としての答えは出てます。ですが、明確な言葉にして頂ければ助かります。答えて、頂けますか?」


 私はその場に座り、胡座ではなく正座をして真っ直ぐに相手を見つめた。対面している場面で、兜は外して欲しいものだが、この際は放置しておこう。

 それよりも今は、自分の置かれてる状況を理解する事が最優先事項である。


 『ここは、天国と地獄の間だ』

 「っ……間?」

 『つまりは、貴君は死んだからここに居るという事になる』

 「……」


 自らの死を言葉にされた瞬間、私は自分の頬に生暖かい感触があるのを感じた。それは涙という物で、喜怒哀楽に応じて出る感情表現の一種。


 『き、貴君っ?な、泣くでない。あ、あぁ、貴君?貴君は私に何かして欲しい事は無いか?』

 「慌て過ぎですよ。お気になさらず」


 ただその涙は私にとって、悲しみや悔しさから出たものでは無かった。


 ——やっと解放された。


 そんな感情が現れた物なのである事は、私以外には分かる事は無いだろう。やがて私は涙を拭い、切り替えてこの人に次の質問を促すのであった。


 「失礼しました。では次の質問です。——貴方は、何者なのでしょうか?」

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