59、連絡

 吐きそうだった。

 何がなんだかわからなくて、頭の中がぐるぐるになってお腹も痛い。


 西条先輩と別れて家に帰ってから、ボクはベッドの中で両足を抱きかかえるようにして丸まっていた。


 ハッキリさせたかった。

 西条先輩が浮気をしているのかどうかを確かめて、事実がどうあっても可憐にはそれを受け止めてもらって、自分を誤魔化さないできちんと前を向いて欲しかった。

 そんな自分勝手な理由で、ボクは西条先輩に問い質した。


 その結果、ボクは知りたくもなかった話を知った。


「可憐が、ボクのことを……」


 そんなはずがない。そんなはずがないんだ。

 これまで彼女と長く傍にいて、そんな素振りを見せたことなんて一度もなかった。


 それを西条先輩は可憐自身も自覚していなかったのだと話していたけれど……。

 そう説明された上でも、ボクはいまいち納得できずにいた。

 自覚できない恋なんてものがあるのだろうかと。


 ……でも。


 ――もしね、私がハルに告白していたら――。


「――ッ」


 あの時、ボクは可憐のあの言葉を冗談だと思っていた。

 けれど、西条先輩の話を聞いた後では全く別の意味合いに聞こえてしまう。


 ベッドの中で身動ぎをしながらスマホを取り出す。

 可憐とのトーク欄を開くけれど、メッセージを送る勇気が持てない。


「大体、何を訊くっていうんだ……」


 可憐に自分のことが好きなのか、なんて訊けるはずもない。

 だからと言って何もしないのは二人のためにも、自分のためにも良くない気がする。

 それで何かできることがあるかと言われても、ボクには何もできない。


「……自分の口から伝えろって、どの口が言えるんだ」


 結局ボクも自分のことになると何もできていない。


 思い出したかのように頭に鈍い痛みが走る。

 ……そういえば、今日はまだちゃんと寝ていないんだった。


 ボクは半ば縋るようにその睡魔に身を委ねた。


     ◆ ◆


 家中に鳴り響く着信音でボクは目を覚ました。

 母さんが出てくれるだろうと思って再び目を瞑るけれど、一向に鳴りやまない。

 仕方なくベッドを降りて階下の固定電話の前に行き、受話器を取った。


「はい、神田です」

「おぉ神田、大丈夫か?」


 受話器から聞こえてきたのは担任の先生の声だった。

 先生の質問の意図が汲み取れなくて首を傾げる。


「えぇと」

「珍しいな、お前が連絡もなく学校に来ないなんて」

「え」


 先生のその言葉で背筋に冷たいものが奔る

 慌てて近くの時計を見れば、時刻は朝の九時を回っていた。

 とっくに学校が始まっている時間だ。


 ……あれ? ボク、昨日何時に寝たんだっけ。


「それにしても辛そうだな。昨日も体調が悪そうだったが、テスト前だからってあまり無理をしないようにな。今回は先生の方で欠席届けを出しておくから、次からは風邪の時でもちゃんと連絡するんだぞ」

「……あ、はい、……すみません」


 完全に寝起きのボクの声を聞いて先生はボクが体調不良だと勘違いしたらしい。

 一瞬否定しようかとも思ったけれど、今から学校に行く気力が湧かなくて流れに身を任せることにした。


 受話器を置いて一度キッチンへ向かって水を飲む。

 もしかして十五時間ぐらい寝ていたかもしれない。

 お陰で眠る前の頭痛や吐き気は完全になくなっていた。


 思わぬ形で学校をサボってしまったわけだけれど、どうしようか。

 試験前だから勉強をしようかとも思ったけれど、それなら学校に行った方がよかったという気になって結局リビングのソファに倒れ込んだ。


 ぼんやりと天井を見上げて過ごす。


 ふと、起きてからまだ一度もスマホを見ていなかったことに気付いて自室に取りに戻った。

 画面をつけると、いくつかのアプリの通知が届いていけれど、ニャインの通知は一件もない。


「……そういえば、揚羽に連絡しておかないと」


 いつも昼休みには彼女と一緒に昼食をとっていた。

 ボクが学校を休むなんてたぶん予想もしていないだろうから、連絡をしておかないと大変なことになる。


 揚羽のトーク画面に安心感を覚えながら、ボクは断りの連絡を入れておいた。


 そして四時間後。なぜか揚羽がボクの部屋にいた。

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