57、真実

「最近少し暑くなってきたね。気が付けば春ももうすぐ終わりだ」

「そうですね」


 注文したクリームソーダを飲みながら西条先輩は気さくに話しかけてきた。

 ボクはそういう気分ではなかったから曖昧に相槌を打つと、彼はなおも続ける。


「もうすぐ試験だしね。ちゃんと勉強しているのかな」

「一応は」

「結構結構。勉学に励むように」


 茶化した様子で鷹揚に頷く西条先輩から視線を落とし、目の前のグラスの氷が溶けるのを見つめる。

 その間も、西条先輩はいつもの明るい感じで何気ない話題を振り続けている。

 こうして見ると気さくな良い先輩、という感じがして、やっぱり彼が浮気をしているとは信じがたいものがあった。

 けれど、いつもなら呼び出してすぐに用件の話に入るのに、今日は一向に入ろうとしない。

 そのことがボクの中にある疑念をより大きくした。


 やがて、ボクも西条先輩も目の前のグラスが空になった。

 それまで陽気に話していた西条先輩も黙り込み、嫌な沈黙が流れる。


 ボクはこの空気を打開しようと口を開いた。


「あの――」

「外に出ようか」


 ボクが言葉を終えるよりも先に、西条先輩はそう言った。


     ◆ ◆


「――今朝」

「はい?」


 あてもなくどこか浮ついた足取りで道を歩く西条先輩の後についていると、不意に彼が口を開いた。

 ボクが聞き返すと、少し声を大きくして繰り返した。


「今朝、メッセージを送った時にすぐに既読がついただろう?」


 ちょうど西条先輩にメッセージを送ろうと彼とのトーク画面を開いていたタイミングで、メッセージが送られて来た。

 当然、送られると同時に既読がつく。


「実を言うと、君が俺に会いに来てくれるか少し不安だった。だけど既読を見て安心したよ。君も、俺を呼び出そうとしていたんだね」

「……正直、悩みましたけれど、このままうやむやにはしたくなかったので」

「相沢さんのために?」


 彼が言う相沢さんというのが可憐と揚羽、どちらのことなのか、考えるまでもない。


「自分のためです」

「なるほど。……そう言いきれてしまうのは、正直羨ましいね。っと、ここだ」


 国道沿いの通りから脇に逸れ、細い道を進んでいく。

 少し歩くと石畳の敷かれた広場に抜け出した。


 こんな場所があるなんて知らなかった。


 ボクは一瞬周りを見渡してから、前方で足を止めた西条先輩に視線を戻す。

 彼はその場でくるりと回ってボクの方を向いた。


「神田君。君が俺を呼び出そうとした理由を訊ねてもいいかな」

「それは、先輩が一番わかっているんじゃないですか」

「……今日の君は、少し言葉に棘があるな」


 涼しい顔でいつものように振舞っているその態度に、段々と苛々してくる。

 その苛立ちを抑えながら、ボクは努めて冷静に言った。


「訊きたいことがあります。昨日、先輩と一緒にファミレスに現れた女性は誰ですか?」

「もし答えなかったら?」

「先輩の話も聞きません」

「……一つだけ確認したい。その質問は君の独断かい? それとも相沢さんに頼まれたのかな」

「ボクの独断です。さっきも言った通りですよ。これはボクがボクのためにしていることです」


 ボクが強く言い切ると、西条先輩は一瞬目を閉じた。

 考え込む素振りを見せてから、悩まし気に口を開く。


「改めて訊かれるとどう答えたものか言葉に悩むね。家族ではないし、友達でもない。かといって彼女と答えるのも何か違う気がする」

「その言い方は、まるで」


 まるで、浮気を認めるかのような。

 ボクが途中で言うのをやめると、西条先輩は僅かに目を逸らした。


「……まあ、そうだね。彼女との関係をどう言えばいいかわからないが、少なくとも俺たちの関係は浮気なんだろうね」

「……っ」


 あっさりと。なんでもないことのように西条先輩は言い切った。

 一瞬のことで頭が思考停止してしまう。


 だが、西条先輩はそれ以上の衝撃をもたらす言葉を投げかけてきた。


「今日君を呼んだのも、このことについて頼みがあったからなんだ。こんなことを頼むのも筋違いなのはわかっているが……、どうだろう、相沢さんとの仲を取り持ってくれないだろうか」

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