51、混乱

 会計を揚羽に任せて、ボクと可憐は先に店を出た。

 遅い時間なのに店の入り口は混み合っている。

 ……いや、遅い時間だからなのかな。


 邪魔にならないように店の陰に移動する。

 目の前の駐車場では車が行き交っていた。


 お互い話すこともなく、ただ静かな時間が流れる。

 昔はこうなることも少なかったと、ふと思った。


 可憐と揚羽の三人と遊んでいたころは、話題に困ることはなかったし、困っても何かしら切り出せたものだ。

 いつからこういう風になったのだろうと、詮のないことを考える。


 答えはすぐに出た。

 可憐が西条先輩と付き合い始めたころだ。

 変に気を遣うようになったんだ。


 だからと言ってそれが悪いことだとも、変えなければならないことだとも思わない。

 高校に入って、互いに交流関係が増えて、ましてや彼氏彼女が出来れば幼馴染という間柄にも変化が生まれる。

 それは仕方のないことだ。


 別に仲が悪くなったわけでもないのだから、これはボクの勝手な感傷だ。


 もしかしたら、可憐とも疎遠になることがあるのかもしれないと思ったけれど、それは絶対にあり得ないなと一蹴した。

 揚羽は可憐の妹で、彼女と一緒にいれば顔を合わせることになる。

 そして、ボクが揚羽と別れる未来はあり得ない。

 ……ボクが愛想を尽かされなければ。


 そう考えると、彼女に支払いを任せて外で待っているこの状況は中々のダメ人間なのではと、唐突に思えてきた。

 ……いや、まあ揚羽がおばさんたちからお金をもらうことになっているし、店も混んでいたからなんだけれど。


「ちょ、ちょっと様子見て来るよ」

「う、うん」


 ボクがそう言うと、可憐が訝し気に頷いた。

 そそくさと入口の前へ行けば、ちょうどレジ前で揚羽が支払いをしていた。


 ここは店から出てきた揚羽を華麗に出迎えよう。

 かっこいい彼氏になるぞ、ボクは。


 胸中でそんな決意をしていると、国道沿いの歩道から一組のカップルがこちらに向かってきていた。

 腕を組んで仲睦まじそうにしているそのカップルから目を逸らそうとして、心臓がどくんと高鳴った。


(そんなわけがない)


 即座に頭の中で目の前の光景を否定する。

 けれど、その足は入口から――カップルの正面から避けるように可憐のいる場所へと戻っていた。


「……? どうしたの、そんなに慌てて」


 すぐに戻ってきたボクに、首を傾げて疑惑の目を向けて来る可憐。

 そんな彼女に、ボクは曖昧に笑った。


 可憐にあの光景を見せるわけにはいかない。

 だって、あそこにいたカップルの男の方は、西条先輩だったから。


「変なの」


 不思議そうにしながらも可憐は一言呟くと、それ以上の追及はやめてくれた。

 そのことに安堵する一方で、頭の中はぐるぐると混乱していた。


 どうして西条先輩が?

 いや、何かの勘違いかもしれない。

 でもあの様子は――。


 疑問と否定がない交ぜになって、何をどうすべきなのかが一向に定まらない。

 ひとまずこの場は何も見なかったことにしよう。


 問題の先送りのような答えを抱いたところで、揚羽の声が耳朶を打った。


「ハルくん? お姉ちゃーん?」


 会計を終えて店から出てきた揚羽がボクたちの姿を探して声を上げる。

 止めることはできなかった。


 妹の声に反応して、店の陰から顔を出す可憐。

 姉に気付く揚羽。

 そして――、二人の存在に気付く西条先輩。


 一瞬、空気が固まった。

 可憐の背中が硬直し、数瞬の間を置いて、彼女は西条先輩とは逆方向に走り出した。


「ちょ、お姉ちゃん?」


 突然走り出した姉に戸惑い、制止の声を上げる揚羽。

 その奥で、西条先輩が立ち竦んでいる。


 ボクは揚羽に「先に帰ってて」と叫びながら、可憐を追いかけた。

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