49、感情と行動

「ん~、疲れたぁ~!」

「もう一時間ぐらいやってたんだ。一旦休憩にしようか」

「賛成!! お菓子とってくる!」


 言い切る前に勢いよく立ち上がると、揚羽は部屋を出て行ってしまった。

 部屋に備え付けの時計を見れば、もう五時を回っていた。


 ……今お菓子を食べて夕食は入るかな。


 そんな懸念を口にするよりも先に揚羽はいなくなったのだから、考えても仕方がない。

 両手を組んで、軽く伸びをする。


 勉強を始めてすぐは中々集中できなかったけれど、一度入り込んでからは結構集中できた。

 とはいえ、こうして教科書から目を離してボーッとすると、色々と別のことに意識が向いてしまう。


 先ほど可憐とすれ違った時の、彼女の様子。

 明らかに避けられていたような気がする。


「やっぱり、まだ気にしてるよね……」


 自分に非があったのを自覚している分、どう接すればいいかわからない。

 そもそも可憐は病人のようだから話しかけづらい。


 はぁ……と小さくため息を零していると、揚羽が戻ってきた。


「お待たせ~!」

「たくさん持って来たね。ご飯食べられるの?」

「うんっ、今日お母さんたち帰り遅いみたいだから!」


 お盆に載せてきたお菓子の山をテーブルに広げながら、揚羽は隣に腰を下ろした。

 上機嫌で袋を開けながら、個包装されたお菓子を取り出してボクに渡してくる。


「んっ」

「ありがと」


 包装を剥がして口の中に放り込む。

 何層にも重なった生地がサクサクッと小気味のいい音を立てる。


 ル○ンド美味しいなぁ。


 揚羽にはああ言ったけれど、お菓子って久しぶりに食べると止まらなくなる。

 もう一つ食べようと手を伸ばすと、隣で揚羽がにんまりと見つめてきた。


「はい!」

「あ、ありがと……」


 なんだか負けてたような気がする。いや、そもそも何も勝負していないけれど。


 糖分を取ったからか頭がスッキリしてくる。

 そろそろ休憩を終えようかというところで、不意に揚羽が訊いてきた。


「ねえ、ハルくん。お姉ちゃんと何かあったの?」

「んぐっ、な、なに、急に」

「さっき玄関でお姉ちゃんと会った時、ハルくん少しおかしかったから」

「お、おかしかったかなぁ」

「うん。ちょっとよそよそしかった感じ」


 す、するどい。

 どう答えようか悩んでから、正直に打ち明けることにした。


「ちょっと可憐と喧嘩してさ……いや、喧嘩っていうと大袈裟かもしれないけれど」

「珍しいね。ハルくんって喧嘩することあるんだ」

「そりゃあ、あるよ。まあ今回はボクが悪かったから」


 肩を竦めて言うと、揚羽は「ふーん」と零しながらお菓子を頬張る。

 天井を見上げるようにして何やら考え込んだ揚羽は、けろっとした様子で言った。


「何をしたのか知らないけど、多分大丈夫だよっ」

「大丈夫って、そんな勝手な……」

「彼氏の味方をするのは彼女の務めでーす」

「ボクが悪いことをしてても味方になってくれるのかな」

「それは話が別だよ。ハルくんが悪いことをしたらあたし多分怒るかな」


 一体何が話が別なのだろう。

 今回はボクが悪いことをしたと言っているのに。


「もしハルくんがお姉ちゃんに悪いことをして喧嘩になったら、お姉ちゃんあんな風にならないもん」


 ボクが眉を寄せると、揚羽が補足するように言った。

 その補足は、尚更ボクの困惑を強くする。


「あんな風に?」

「うん。ハルくんを避けたりしないよ、絶対。むしろ物凄くハルくんに話しかけてくると思う」

「それって感情と行動が矛盾してないかな」

「えー、そうかな?」


 不思議そうに首を傾げる揚羽を横目に、ボクは「そうだよ」と頷く。

 嫌なことをされた相手のことを避けるのは自然なことで、その逆は不自然だ。


 けれども、揚羽が言うとその通りなんじゃないかと思えてくる。

 姉妹という間柄が説得力を持たせていた。


「ちなみに揚羽はボクが嫌なことをしたらどうするの?」

「えー、ハルくんはそんなことしないよ」

「例えばの話」

「んー、凄く怒ってから、それから謝ってくれるまでベタベタするっ」

「……なるほどね」


 なんとなく、想像ができる気がする。

 涙目で目いっぱい怒って、それから拗ねた様子でベッタリとくっついてくる光景が。


「あたしはハルくんのことが好きだから、嫌なことをされても離れたくないもん」

「……光栄です」


 こんな話の流れになるつもりじゃなかったから、不意を突かれてしまった。

 熱くなった顔を押さえていると、今度は揚羽が訊いてくる。


「ハルくんだったらどうする? あたしがすっごく嫌なことをしたら」

「……想像できないかな」

「あたしも頑張って想像したんだから、ハルくんも頑張ってよー」


 むぅと頬を膨らませて睨んでくる。

 揚羽の言葉を借りるわけじゃないけれど、ボクだって嫌なことをされたぐらいで揚羽と離れるのは嫌だ。


「急にどうしたのって困惑するだろうね」

「それからそれから?」

「とりあえず、一緒に甘い物を食べに行こうとするかな」


 ボクが言い切ると、揚羽は目を丸くして固まった。

 それから「あははっ」と気持ちのいい笑い声を上げた。


「な、なに」

「ううん、ハルくんらしいなって思っただけだよ。うん、じゃあハルくんに嫌なことをして甘い物を食べさせてもらおうかな~」

「……それぐらい普通に誘ってよ」

「じゃあ誘う! テストが終わったら二人で食べに行こうよっ」

「お店、探しとくよ」


「やったー! 約束だよ!」と喜びはしゃぐ揚羽に、ボクはつい頬を緩めた。

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