45、ピクニック

 待ちに待った休日になった。


 今日はかねてより計画していた揚羽と一緒にピクニックに行く日だ。

 前日のうちに予定の確認は済ませ、心配なのは天気ぐらいだ。


 ピクニックの醍醐味はなんといっても屋外での食事。

 雨が降ってしまっては到底味わえない。


 自分でもビックリするぐらいに、起きてからの行動は迅速だった。

 目を開けた瞬間に体を起こし、腕は迷いなく窓に垂らされたカーテンに伸びる。


 視界に映ったのは、晴れた空だった。


     ◆


 待ち合わせ場所である近所の公園に着いたのは、待ち合わせ時間の十分前。

 もっと早くに着く予定だったけれど、持ち物の確認をしていたら少し遅れてしまった。


 ボクの予想通り、すでに公園には揚羽の姿があった。


 白を基調とした花柄のワンピースに、薄桃色のカーディガンを羽織っている。

 そして普段はツインテールに分けられている髪も、今日は背で一つに纏められていた。

 大晦日の日と同じような髪型だけれど、普段と印象が変わってドキッとしてしまう。


 大人びた揚羽の佇まいに息を呑んでいると、揚羽の方もボクに気付いた。


「ハルくん!」


 左手でバスケットを持ったまま、空いている右手をこちらに振ってくる。

 大人びた雰囲気でも、笑顔はいつものように無邪気なもので。


 ボクは笑いながら揚羽の元に駆け寄った。


「おはよう。春っぽい服でいいね」

「でしょー、お気に入りのワンピなんだー!」


 おどけた調子でその場でふわりと一回転する。

 裾が靡いて、慌てて顔を背けた。


「それじゃあ行こうか」


 内心を悟られないように切り出してから歩き出す。

 一瞬不思議そうな顔をしてから、揚羽も隣に並ぶ。


「それってお弁当? 雰囲気あるね」


 揚羽が大事そうに持っているバスケットを示しながら訊く。

 ピクニックでバスケットはあまりにもベタだけれど、それだけにワクワクする。


 ボクが訊くと、揚羽はえへへと笑った。


「そう、いいでしょ? お母さんの借りてきたんだよ。お昼、楽しみにしててね!」


 言われるまでもなく楽しみにしている。

 ただでさえいい天気だ。外でご飯を食べるだけでも気持ちがいいだろうに、それが揚羽の手作りともなれば尚更だ。


 今日は駅ではなく、バス停へ向かう。

 その道中、右肩に掛けてあったトートバックの持ち手がズレて掛け直すと、揚羽が申し訳なさそうに声をかけてきた。


「ごめんね、色々と持ってきてもらって。重たいでしょ?」

「全然平気。こういうのは男の仕事って古来から決まってるから」

「あんまり力がないハルくんが言っても説得力ないなー」

「失礼な」


 トートバックにはレジャーシートなんかが入っている。

 どちらが持っていくかの話になったので、ここは彼氏らしくボクが持ってくることにしたのだ。


 そうして、晴れて良かったとか、少し寝不足だとか、そんなことを話しているうちにバス停に着いた。

 三十分ほどバスに揺られ、ようやく目的地に辿り着いたころにはお昼前になっていた。


 ピクニックの場所に選んだのは、地元でも有名な山の麓にある原っぱ。

 近くには花壇が敷き詰められた小道や、鯉が泳いでいる池、ちょっとした水場なんかもある。


 バス停を降りて、また少し歩く。

 周りを見れば子ども連れの家族や老夫婦なんかの姿があった。


「昔ここに来たことあったよねー」


 懐かしむように、揚羽が言った。


「あったね。家にいたら突然揚羽たちが現れて、山に行こうなんて言い出してさ」


 小学一年生の頃だったか。

 一人で家にいたボクの前に、相沢一家がいつものように現れた。

 そうしていつものように連れ出されて遊び回った思い出が脳裏を過ぎる。


 まさか、揚羽とデートで訪れることになるとは、当時は予想だにしていなかった。


 少し傾斜のある道を進み、山の麓に辿り着く。

 駐車場やお土産屋さんが立ち並ぶ道を抜けると、視界の奥に広大な芝生広場が映った。


「わー、綺麗!」


 辺りに植えられている花々を見て、揚羽が声を弾ませる。

 その場に屈んで花壇を覗き込む揚羽の姿を、ボクは一歩後ろから見つめていた。


「……? ハルくん、そこから見える?」


 ボクの行動に、揚羽が訝しげに眉を寄せて訊いてくる。


 ボクの位置からだと揚羽に遮られて花壇を見ることが出来ない。

 それを気にしての問いだろう。


 揚羽には悪いけれど、今のボクはあまり花壇に興味を持てなかった。


「大丈夫、見えるよ」


 その理由を面と向かって口にするのは少し照れくさかったから、ボクは誤魔化すように笑みを浮かべた。


     ◆


 のんびりと辺りを散策しているうちに、いつの間にか正午を過ぎていた。

 良さそうな木陰を見つけて、トートバックの中に入れておいたレジャーシートを取り出す。


 芝生の上に敷いて腰を下ろすと、無意識にふぅと溜め息が出た。


 少し涼しい風に、暖かな陽の光。

 木々が揺れる音と遠くで遊び回る子どもたちの声を聞いていると、心が落ち着く。


「もー、寝ないでよ?」


 少し横になってみると、揚羽が頬を膨らませながら言ってきた。

 けれど、その声音はいつも以上に優しい。


「わかってるわかってる」


 ゆっくりと状態を起こすと、その間に揚羽は手元のバスケットをボクとの間に置き直していた。


「はい」

「ありがとう」


 手渡されたウェットティッシュを受け取って、両手を拭う。

 そうしながらもバスケットを覗き込んでいると、揚羽が照れくさそうに笑った。


「そんなに見られると少し恥ずかしいかなぁ」

「ピクニックの約束をしてから楽しみにしてたんだから、多めに見て欲しい」


 ボクがそう返すと、「本当に大したものじゃないんだからね……」と零しながらバスケットを開けた。


「おぉ! 美味しそう!!」


 バスケットの中にはサンドウィッチが詰められていた。

 テンションが上がって、思わず大きめの声を上げてしまった。


「やっぱりピクニックって言えばサンドウィッチかなーって。さ、食べよ?」

「じゃあお言葉に甘えて。いただきます」


 色々ある中から、まずはタマゴサンドを手に取る。

 先端を囓ると、すぐにもっちりとしたパンの食感が伝わり、そしてすぐに少し粗めに砕かれた卵の甘みが広がる。


「うん、美味しい」

「よかったぁ」


 ホッと胸を撫で下ろしてから、揚羽もまたサンドウィッチを口に運んだ。

 その横顔を見ながら、ボクもサンドウィッチを頬張った。

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