41、余計なお世話
「そういえば、月末って中間試験があるんだよね?」
「うん。だから、来週辺りからはそろそろ勉強を始めないとね。揚羽にとって高校で最初の大きなテストにもなるし」
「うへぇ……」
昼休み。いつも通り屋上で昼食を摂っていると、揚羽が突然月末に控える定期試験のことを訊いてきた。
ボクが答えると、揚羽は心底嫌そうな顔で、心底嫌そうな声を漏らした。
「そんなに嫌そうにしない。最初の試験は大切だよ。ここで良い点を取れなかった人はその後の試験でも勉強する気を無くすらしいし」
「……わかってるよぅ。まぁ、なんとかなるよ! たぶん」
「本当かなぁ……」
胸を張る揚羽を横目に、ボクは怪訝な顔をした。
とはいえ、なんだかんだで揚羽はやるべき時にはきちんとやる子だ。
受験勉強の時もそうだった。
ボクなんかが心配することもないと思うし、ボクも人のことを言ってられない。
二年生の成績は大学受験に向けても重要になってくるし、何よりも勉強しないと受験勉強の時に躓いてしまう。
今のところは何も進路を決めてはいないけれど、そういうボクだからこそどういう進路も選べるように備えておかないと。
そんなことを考えながら、不意に視線を揚羽に向けると、彼女は何やらしたり顔をしていた。
ボクは、その表情に気が付かなかった振りをしてごま塩のかかったご飯に箸を向ける。
「…………」
隣から、もの凄く視線を感じるけれど、ボクは食事に没頭することにした。
揚羽がこういう表情をした時は、大抵ボクが関わっている気がする。
ボクは基本的に面倒ごとに首を突っ込むタイプではないから、面倒ごとの方が歩み寄ってこない限り近付きはしない。
……もちろん、歩み寄ってくるのであれば話は別である。
「ハルくんハルくん!」
聞き慣れた声音と共に、ずずいと揚羽が覗き込んできた。
「……なに?」
「ハルくんってさ、あたしよりも学年一つ上じゃん?」
「そりゃあそうだろうね」
「ということはさ、どんな問題が出るかとか知ってるよね? ね!」
ずずいと覗き込みながら、キラキラと希望に満ちた瞳を向けてくる。
ボクはといえば、揚羽の勢いに気圧されて思わず軽く仰け反りながら溜め息交じりに応じた。
「流石に一年前のテスト問題を覚えているほどの記憶力を備えてはいないし、何よりボクと揚羽じゃ担当の先生が違うからね。全く違う範囲から出されるかもしれないよ」
「うっ、そ、そっかー……」
希望は潰えたと言わんばかりにガックシと両肩を落とす揚羽。
やっぱりちゃんと勉強しないとダメかー、などと至極当然のことを唇を尖らせて不満そうに言っている。
この話題はこれで一段落したかなと思いながら再び弁当に向き合おうとしたボクだったけれど、またしても揚羽が「あっ」と声を上げた。
それから、躊躇いがちにボクの方を覗き込んでくる。
「じゃあさ、あたしがわかんなかったところとか、教えてくれない……?」
「それは別にいいけれど、可憐に教えてもらえばいいんじゃないかな」
姉が妹に勉強を教えるというのはよく聞く話だし、実際中学生の頃は揚羽たちもそうしていた。
時々ボクも一緒に勉強していたりしたけれど。
ボクがそう言うと、揚羽は照れくさそうにはにかんだ。
「そ、それはその通りなんだけどさ……、やっぱり、彼氏に勉強を教えて貰うのって女の子なら憧れるかなぁって」
「っ、そ、そういうものなんだ」
「……うん、そういうものなの」
揚羽の表情と仕草があまりにも可愛いものだから、ボクは堪らず顔を上に背けた。
青い空が広がっている。
ボクは空を見上げたまま、「じゃ、じゃあ一緒に勉強しようか」と、ともすれば風に攫われてしまいそうなぐらいの声音で呟いた。
隣で「うん!」と嬉しそうに頷く気配を感じながら、ボクは慌てて付け加える。
「そ、それはそれとして、週末のピクニックのことは忘れないで欲しいけれどね」
「なんだ、ハルくんもしかして結構楽しみにしてるんだ?」
少し意地悪な笑みを浮かべて、喜色を含んだ声音で訊いてくる。
ボクは顔を背けたまま答えた。
「そりゃあ、そうだよ。彼女と一緒にピクニックに行くなんて、男なら憧れる」
「……そ、そうなんだ」
「そうだよ」
お互いに妙な羞恥が襲ってきて、無言で箸を進める。
慣れ親しんだ味付けのおかずを咀嚼しながら、ボクの脳裏に不意に昨日のことがよぎった。
西条先輩に突然呼び出され、可憐に何かおかしなことがないか気付いたら教えて欲しいと頼まれた。
ボクはそれに頷き返すしかなかった。
今日教室内にいた可憐の様子を注視してみたけれど、別段可笑しなところは見つからなかった気がする。
「ハルくん、どうかした?」
「……いや、少し考え事を――」
揚羽の気遣うような声音が耳朶を打った瞬間、ボクの中で何かが引っかかった気がした。
その違和感の正体を探るべく、無言で考えこむ。
すると、一層心配そうに揚羽が様子を窺ってくる。
一体、ボクは何に引っかかったのだろう。
西条先輩の焦燥した様子。可憐におかしなところがないかという問い。そして、今の揚羽の行動。
――ああ、そうか。
「揚羽はさ、もしボクの様子がおかしかったらどうする?」
突然の、何の脈絡も無いボクの問いに、揚羽は一瞬虚を突かれたように固まって目を瞬かせてから、心底不思議そうに小首を傾げた。
「どうするって……、そりゃあ、ハルくんにどうかしたの? って訊くと思うよ。今みたいに」
「そうだよね。……うん、ボクだってきっとそうする」
仲の良い友達同士でもそうするだろうし、カップルならなおのことだ。
もちろん、親しいもの同士言えないこともあるだろう。
けれど、相手の可笑しな所に気付いたら声を掛けるはずだ。
相手が大切で愛しい人ならば。
ボクも、揚羽の様子がおかしければそれとなく訊ねる。
そういう関係性になりたいからこそ、ボクは揚羽に告白した。
……もしかして、可憐たちは上手くいっていないのだろうか。
余計なお世話かもしれないけれど、そんな疑問が湧き上がる。
もしそうならば、二人が仲良くやっていけるようにボクも何かしらのサポートをしてあげたい。
なんていうのは、それこそ本当に余計なお世話なのかもしれない。
「えっ、もうこんな時間!?」
その時、五時間目が始まる五分前を告げるチャイムが鳴り響き、揚羽が慌てて弁当箱を片付けていく。
ボクもそれに倣って支度すると、ボクよりも先に立ち上がった揚羽が「ほらほら、早く行かないと遅れるよ!」と急かしてきた。
子どもみたいにその場で足踏みしている揚羽が少しだけ可笑しくて、思わず笑ってしまう。
その笑いを勘違いしたのか、「もうハルくんなんて知ーらない。置いていくよ?」と拗ねた声を上げて歩き出した揚羽に謝りながら、ボクも立ち上がる。
なんだかんだで、屋上から降りる階段の前で待っていてくれた揚羽に合流して、ボクたちは一緒に校舎内へと戻っていった。
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