36、答え

 半ば衝動的にこぼれ落ちた告白に、揚羽は瞠目していた。

 口をパクパクと動かして、何か言葉を紡ごうとしている。


 彼女の口から言葉が放たれるよりも先に、ボクは溜まりに堪った想いを口に出していた。


「好きだ、揚羽。可憐の代わりなんかじゃなくて、ボクは相沢揚羽という女の子が好きになったんだ」


 台本も何も用意していないのに、言葉はするりと紡がれる。

 脳裏によぎるのは、去年のクリスマスイヴの日。

 初恋の女の子だった可憐に彼氏が出来たことを告げられて失意の中にあったボクに、六年前から好きだと告げてくれた揚羽の真っ赤な顔。


 それから四ヶ月。振り返れば、濃い時間を過ごしたと思う。


 揚羽の天真爛漫な姿に、率直な好意に、ボクは何度も救われた。

 彼女のどこを好きになったのかと訊かれたら、ボクはたぶん答えに詰まってしまう。

 誤魔化しでも何でもなく、揚羽の全部を好きになってしまった。


 揚羽と一緒に、もっとたくさんの時間を過ごしたい。

 喜びや楽しみ、時には悲しみなんかも共有したい。


 矢継ぎ早に紡いだボクの言葉に、揚羽はパクパクと動かしていた口を真一文字に引き結んでいる。

 そんな彼女に向けて、ボクは頭を下げながら右手を差し出した。


「――ボクと、付き合って下さい」


 狭い室内だ。

 ボクの手は、揚羽の目と鼻の先に突き出されている。


 ギュッと目を瞑る。


 ボクが伝えるべきことは伝えた。

 後は、揚羽の答えを待つだけだ。


 沈黙の中に、ゴゥンゴゥンと観覧車が回る音が響く。

 ゴンドラが僅かに揺れるけれど、ボクの体は石像みたいに固まって動かない。

 普段であれば心地良いとさえ思える沈黙が、今は耐えがたく感じられた。


 四ヶ月前に告白をしてくれたのは彼女だった。

 そして今日に至るまで、彼女はずっとボクに好意を向けてくれていた。

 だからといって、彼女の中での好意が別のものに変わっていても何も不思議じゃない。


 ……ボクの告白を、拒絶されるかもしれない。

 そんな疑念は、沈黙が続くほどに増していく。


 突然、観覧車の車内アナウンスが流れ出した。

 もうすぐ頂上につくことを知らせるものだ。


 ボクは反射的に顔を上げて――そして、揚羽と目があった。

 揚羽はボクのことを見つめていた。目尻に薄らと涙を滲ませて。

 視線が合った瞬間、揚羽は慌てて逸らそうとしたけれど、一瞬視線を彷徨わせてからまたボクを見つめてくる。


 来る、と直感的にわかった。


 固唾を呑んで揚羽を見つめ返す。

 躊躇いがちに、揚羽の口が開いた。


「……やだ」

「――っ」

「って言おうと思ってたんだけどなぁ」

「え?」


 ボクの困惑をよそに、揚羽は窓の外を見ながら大きく息を吐き出した。


「あたしね、ハルくんと一緒にいる間も時々考えてたんだよ。もしハルくんが本当にあたしのことを好きになってくれて、告白してくれたらどうしようって」


 言葉を紡ぐに従って、揚羽の声が徐々に震えていく。


「それで、ハルくんが告白してくれたら、一回断ろうって……そう思ってたの。少しだけ意地悪してやろうって」


 揚羽の話を聞いて、彼女らしいとボクは納得した。

 彼女の告白を断ったボクへの意趣返しのようなものを考えていたのだろう。


 そこで揚羽は言葉を句切り、一度俯いた。

 両肩が震えている。


 頂上に着いたことを告げるアナウンスが流れたと同時に、揚羽は顔を上げた。


「……っ」


 その瞬間、揚羽の両目から大粒の涙が流れ落ちる。

 慌てて服の袖で涙を拭いながら、揚羽は恥ずかしそうに笑った。


「でもね、そんなことできないよっ。ハルくんから告白された瞬間、胸がはち切れそうなぐらい嬉しくて、喜びで一杯になって頭が真っ白になって……そんな小賢しい考え、全部吹っ飛んじゃった」


 えへへ、とはにかんだ笑顔。


 ボクは思わず抱きしめそうになって、腰を宙に浮かしてしまった。

 だけれど、それをすんでの所で踏みとどまって改めて揚羽に問う。


「じゃ、じゃあ」


 先ほどまであった不安や緊張は吹き飛んで、期待が胸中を埋め尽くす。

 問いをハッキリと口にしなくても、揚羽はボクが聞きたいことをわかってくれた。


 ボクが座り直すのと同時に揚羽も背筋を伸ばし、僅かに赤くなった目を向けてくる。

 そうして、彼女の唇が動いた。


「――うん。あたしも、ハルくんのことがだ~~~い好きですっ。不束者ですが、お付き合いのほどよろしくお願いします」

「ははっ、何その口調……」


 安堵からか、震える声で突っ込みを入れる。

 それに揚羽は突っ込みを入れながら、何やら僅かに身動いだ。


 次の瞬間――視界が揚羽の黒髪で埋め尽くされた。


「っ、ちょ、揚羽……?」


 ボクが揚羽に抱きつかれていることに気付くのが遅れたのは、それがあまりにも唐突だったからだ。

 肩に顎を乗せる揚羽に声を掛けると、揚羽は震える声で囁いた。


「夢じゃ、ないんだよね……。あたし、ハルくんに告白されたんだよね?」

「――うん。待たせてごめん。待ってくれて、ありがとう。……揚羽、大好きだよ」


 揚羽の震える体を優しく抱き返す。

 ボクにしては、その行動は早かったと思った。

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