35、告白
学校の授業とは違い、楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまう。
すでに日は傾き始め、青い空は徐々にオレンジ色に染まっていく。
幸い、乗ろうと思っていたアトラクションには一通り乗ることができた。
丁度室内型のジェットコースターから降りた揚羽は、僕の前で「ん~」と軽く伸びをしている。
「そろそろ帰らないとダメかぁ」
伸びを終えた揚羽は、振り返りながら名残惜しそうに零した。
沈む陽光が彼女を照らしている。
「うん、そうだね。暗くなる前には出ないと」
ボクたちがもう少し大人だったら、まだもう少し一緒に遊べたのだろうか。
そう思うと、早く大人になりたいと思ってしまう。
お互いの意見が一致したことで、足の進む先は決まってしまった。
揚羽の提案で門近くにあるショップに入り、お土産を買うことになった。
「んー、どれにしようかなー。ハルくん、どれがいいと思う?」
「え? うん、そうだなぁ……」
キーホルダーと睨めっこしながら訊いてくる揚羽の問いに、ボクは曖昧に応じる。
正直なところ、今はそれどころではなかった。
お土産を選ぶよりも遙かに大切な問題がボクにはあった。
――どう、切りだそう。
告白する。今日、揚羽に告白するんだ。
揚羽が好きだって。
明日でも、明後日でもなくて、今日。
こういうのは、もっときちんと計画して行った方がいいのだろうけれど、そうやって先送りし続けてきた結果が今なのだ。
もう、同じ轍を踏むわけには行かない。
……何より、もう我慢できなかった。
揚羽と付き合いたい。
彼女の笑顔を、彼氏として隣で見続けたい。
ただの幼馴染みとしてではなくて、彼氏彼女の関係で一緒に居たい。
「っ、痛いよ、揚羽」
突然頬を軽く抓られた。
不満げに見上げてくる揚羽に抗議すると、彼女は全く悪びれる様子もなく口を開いた。
「だって、ハルくんってばさっきからボーッとしているんだもん。どうかしたの?」
「……いや、今日楽しかったなって」
「なになにー、もしかして名残惜しいの~? 帰りたくないの~?」
「むかむかむかっ」
挑発するような笑みで煽ってくる揚羽に、冗談交じりで応じる。
不思議なことに、以前までなら多少なりとも苛立ったたり面倒に思った揚羽の煽りも、今はむしろ愛らしいとさえ感じてしまう。
揚羽に自分を変えられているみたいだなんて思っていると、揚羽が突然笑顔の種類を変えた。
煽るようなものから、屈託のない、無邪気な笑顔に。
「また来ようよ!」
「え……?」
「別に遊園地なんていつでも来れるんだからさ。……そりゃあ、今度はお金とかかかっちゃうけど、ハルくんと一緒に行くためなら、あたしお小遣い頑張って貯めるし!」
「……うん、また来ようか。遊園地だけじゃなくて、色んな所に遊びに行こう」
「うん!」
満面の笑顔を咲かせる揚羽に、思わず頬を緩める。
と同時に、ボクの脳裏に妙案が浮かんだ。
……今、結構いい雰囲気かもしれない。
これは、このまま告白する流れなのでは――。
「ありがとうございましたー」
心臓が高鳴り出すと同時に、レジを売っていた店員の声が響いた。
一気に現実に引き戻される。
……うん、ショップで告白はないよね。
◆
「ごめんね、待たせちゃって」
「いいよ、ボクも楽しかったし」
結局お土産選びに三十分ほど時間をかけてしまった。
ショップに入る前よりも帰路に就く人の数が多いように見える。
……これで、後はもう本当に帰るだけだ。
刻々と、タイムリミットが迫ってくる。
焦燥から特に意味もなく辺りを見回したボクの視界に、ソレが飛び込んできた。
ボクは半ば反射的に口を開いていた。
「……揚羽、最後にあれに乗らない?」
「ん?」
ボクの声に続いて、揚羽はボクが指差した方をついと見上げた。
そこには観覧車がある。
日本一を謳えるほどの大きさではないけれど、辺りを一望するには十分すぎる規模のものだ。
入り口近くにあるから完全に意識の外にあったけれど、告白のシチュエーションとしてはこれ以上ないと思う。
いかにもこれまで告白したことがない男にありがちなベタ過ぎる発想だけれども。
無論、揚羽はボクの意図なんて知らないわけで、即座に「うん、いいよっ」と返してくれた。
列に並ぶ。
幸い、それほど混雑していなくてものの数分で順番が来た。
スタッフの「お二人ですか?」という問いに答える声が若干強張ってしまった。
「わー、観覧車に乗るのなんていつぶりだろ。」
動き出した観覧車の中で、対面に座る揚羽は少し興奮した様子で窓に張り付くように外の景色を眺めている。
駅からこの遊園地まで高い建築物がないためか、まだ低い位置にいるにも関わらず割と遠くまで見ることができる。
思っていたよりも少ない揺れの中で、ボクは揚羽の言葉に「どうだろ」と曖昧に相槌を打った。
正直、あまり景色を見ている余裕がない。
やっぱり、告白はこの観覧車が一番上にいった時にするべきだろうか。
どう切り出したらいいだろうか。
そんな疑問と不安が次々に湧き上がってくる。
告白をしようとして、改めて揚羽の凄さを痛感した。
クリスマスイブの日、女の子から初めて受けた告白を思い返す。
あの時の揚羽の恥ずかしそうな顔は、今でも脳裏に鮮明に呼び起こすことができる。
……なんて言えばいいんだろう。
思わず、ズボンをギュッと握っていた。
たった一言、たった一言口にするだけでいいのに、その一言が喉の先へ出てこない。
「ハルくん、もしかして疲れたの?」
「――っ」
またしても思考の世界に埋没してしまっていたらしい。
気が付くと、揚羽が前のめりになってボクを覗き込んでいた。
ゴクリと唾を飲み込んで、慌てて取り繕う。
「ま、まあ、一日中ほとんど歩きっぱなしだったからね。揚羽こそ大丈夫?」
「もちろん! あたしはハルくんと一緒に居られるだけで元気が湧いてくるもんっ」
むんっと胸を張って言ってのけた揚羽に、気恥ずかしくなったボクは顔を背けた。
そこで、ようやく外の景色が視界に飛び込んできた。
宵闇に迫る空と遠くに広がる山々、そして、眼下で絶えず動く人の波。
それらを眺めながら、ぼんやりと思う。
どうすれば、今の揚羽のように恥ずかしがらずに自分の気持ちを臆面もなく口に出来るのだろう。
その答えを知ろうと、窓の外の景色から視線を切って揚羽を見返す。
「……ぁ」
揚羽もまた、ボクと同じように窓の外を見ていた。
その頬は、夕日よりも真っ赤に染まっていた。
胸が高鳴る。自分の中の衝動が、抑えきれないほどに加速していく。
「揚羽」
するりと、口が開いた。
名前を呼ばれた揚羽がこちらを向く。
さっきまで考えていたあれこれが、すーっと頭の中から消えていく。
ただ一言。心の内を埋め尽くしていたその一言を、ボクは口にしていた。
「――好きだ」
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