33、本物
「んー、着いたー!」
小一時間ほどかけて遊園地の入場口の近くまで辿り着いた揚羽は、そこで何か達成感に満ちた声と共に大きく伸びをした。
流石はゴールデンウィーク。
開場から三時間近く経っているのもあるけれど、もの凄い人で賑わっている。
チケットブースは想像を絶する長蛇の列をなしていた。
……あれに並ばなくてすんで本当によかった。
「ハルくん、行こっ」
「うん」
幼い笑顔でそう言ってくる揚羽の隣に並んで、入場口に近付く。
揚羽が従業員の人にペアチケットを渡して中に入る。
その瞬間に、賑わいは一層強まった。
「ね、ねっ、何乗る? やっぱり最初はジェットコースターかな?」
「やっぱりなの? まあ今日は揚羽のお父さんのお陰で来れたわけだし、揚羽に任せるよ」
極めて真っ当な考えだと思ったのだけれど、僕の言葉に何故か揚羽は不満げに頬を膨らませた。
「ハルくんわかってないなぁ。遊園地の醍醐味は二人で何に乗るか考えることじゃん」
「そういうものなの?」
「そういうものなのっ」
……女の子の考えることはよくわからない。
どう考えても一人が決めてそれに付き従った方が効率的だし、変に揉める原因にもならない気がする。
とはいえ、揚羽がそう言うのなら、大人しく従っておこう。
往来の邪魔になるので、入場口から少し歩き、二つのメインストリートが丁度交差する場所にある大きな噴水に向かう。
そして、噴水を囲うようにして置かれている洒落たベンチに腰を下ろした。
早速揚羽は入場口で貰った全体マップを取り出して膝の上に広げる。
拳二つ分ほど開けて隣に座り、遠慮がちにそれを覗き込む。
すると、揚羽が「それじゃあ見づらいでしょ?」と言ってずいとその隙間を埋めてきた。
肩と肩が触れあい、お互いの体温が重なる。
なんというか、少し照れくさい。
揚羽は平気なのだろうかと彼女の様子を窺うと、ツインテール越しに見える耳が真っ赤になっていた。
「ど、どれから行く?」
微妙に上擦った揚羽の声を聞きながら、僕もマップを見ながら曖昧に応える。
……やっぱり遊園地の醍醐味は、二人で何に乗るか考えることだよなぁ、うん。
◆
この遊園地のアトラクションは、大別すると五つのジャンルにわかれている。
ジェットコースターなどに代表される絶叫系やホラー系、謎解き要素があったりするチャレンジ系にアニメなどとコラボしたキャラクター系、それに家族でも安心して乗れるファミリー系のアトラクションだ。
キャラクター系はお互いに特に興味がわかなかったのでスルーしておいて、まずはお昼を食べる前に絶叫系に乗っておこうという話になった。
早速、この遊園地で一番人気のジェットコースターへ向かう。
……が、
「一時間待ちかぁ、やっぱり混んでるね」
アトラクションの前の長蛇の列は、チケットブースとは比較にならない。
最後尾でスタッフが掲げる看板には、『60分待ち」と記されている。
「どうする、揚羽。先に他のに行ってもいいけど」
「この数だし、お昼を過ぎてもあんまり変わらないと思う。体力のあるうちに並んでおこう!」
「な、なんだか慣れてるね」
「今時の女子高生はこのぐらいへっちゃらなのっ」
凄いなぁ、今時の女子高生。
たぶん、僕が一人だったら早々に諦めて空いているアトラクションを探しに行ったと思う。
基本的にこういう場所では、何に乗りたいかというよりも何に乗れるかというのを優先するのだ。
係員の指示に従って、揚羽と二列で並ぶ。
バッグからそそくさと取り出した園内マップと睨めっこしている揚羽の横顔を何気なく眺める。
自分でも、気持ちが浮ついているのがわかった。
四ヶ月前までは、違う人に向いていた感情。
失恋し、彼女の想いを知り、そうした過ごした四ヶ月。
自分の中に発露した気持ちを初めは誤魔化して、気付かないふりをして、けれども自覚してしまった。
その日から、もう一ヶ月が経とうとしている。
今日だって、僕は本当に楽しみにしていた。
並んでいるだけの今だって楽しい。
……そうだ、この想いは間違いなく本物だ。
いい加減、気持ちの整理を装って逃げ続けるのはやめよう。
「ハルくんは、次、どれに乗りたい?」
僕が揚羽を見つめていると、マップを覗き込んでいると勘違いしたのか幼い笑顔と共に訊いてきた。
思わず力が抜けてしまった。
「……?」
僕が堪らず小さく笑っているのを見て、揚羽は不思議そうに小首を傾げていた。
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