27、高校生らしいもの

「西条先輩には、ああ言ったけども……」


 家に帰り、自室で制服の上着を脱いでハンガーにかけてから、どうしたものかと腕を組んで考える。


 揚羽には自分が一番と思うものをあげると言ったけれど、実のところまだ何をあげるかは決めていなかった。

 明日の放課後に、以前にも行ったショッピングモールで片っ端から精査して選ぶつもりだった。


 とはいえ、西条先輩と行くとなると話は変わる。

 いかにも揚羽のことは何もかも知りつくしている風を装わなければならないし、そこに迷いはあまり見せるべきではない。


 ……そんなところで見栄を張る意味が自分でもよくわからないけれど、なんというか、心持ちの問題だ。


 それにしても、揚羽が欲しがるものかぁ。


 季節が春ということで、どうしても渡すものは春物か夏物になる。

 去年はメモを挟む少しアンティーク調のクリップ台を贈った。

 受験生、ということで一日の勉強リストを挟んでおくのに便利だったと揚羽は笑顔で言ってくれた。


 今年は折角なので、高校生らしいものを贈りたい。

 とはいえ、高校生らしいものってなんだろう……?


 自室の真ん中でそうやって立ち尽くしていると、ズボンの中のスマホがぶるりと震えた。

 西条先輩だろうかと思って画面を見ると、揚羽から何やらスタンプが送られていた。


 トーク画面を開くと、『Hello!』という文字と共に手を上げている猫のイラストスタンプが表示された。

 自分でも頬が緩むのを感じながら、『どうかした?』と送り返す。

 既読はすぐについた。


 ベッドの端に腰を下ろしてトーク画面を見つめていると、突然揚羽から通話がかかってきた。


「もしもし?」

「あ、ハルくん? 返信がすぐに来るんだもん、びっくりしたよ」

「まあ、今家に帰ってきたところだったから。タイミングがよかったのかもね。それで、いきなりスタンプを送ってきてどうかした?」

「用がないとスタンプ送ったらだめなの~?」


 やや拗ねたような声に苦笑する。


「いや、そういうわけじゃないけど。じゃあ、もしかして本当になんの用もなかったの?」

「やー、もちろん用はあるけど、心持ちの問題っ。……この間さ、ゴールデンウィークにどこか行こうって話したじゃん」

「したっけ?」

「し、したよー」

「んん? んー、そっか、したかぁ」


 ボクがそう言うと、スマホ越しに揚羽の「よしっ」という声が聞こえた。


 したっけ。記憶にないんだけれど。

 ……まあ、揚羽の記憶違いだったとしてもボクとしては一向に構わないというかむしろ大歓迎なんだけれど。


「じゃあ、ゴールデンウィークどこかに行こうか」

「……う、うんっ。うん!」


 気色に満ちた声音で二度頷き返した揚羽は、「って、違う違う。行くこと自体は約束してたから!」と慌てて付け足してきた。

 ボクが「わかったわかった」と返すと、揚羽はむーっと膨れてからすぐに切り替える。


「それでね、ほんっとうに偶然なんだけど、あたしの手元に遊園地のペアチケットがあるの!」

「え、割と真面目にそのチケットの出所が気になるんだけど」


 遊園地のペアチケットともなれば、相当値段が張るはずだ。

 まさか揚羽が買ったとは思えないけれど、どうあれ、どのようにして入手したのかが気になる。


 ボクが少し警戒しているのがわかったのか、揚羽は観念したように答えた。


「お父さんが会社から貰ったんだって。皆勤記念? とかで」

「なるほど、そういうことだったんだ」


 会社によってはきちんと勤務に従属し続けた社員に記念品を贈るところもある。

 ペアチケットはその一環なのだろう。


 ボクが納得していると、揚羽はさらに続ける。


「お父さんは仕事で忙しくて行けないし、お母さんはお父さんが行かないならいいって言うから、それで貰ったんだよ」

「可憐は? 二人で行った方がいいんじゃない?」

「ゴールデンウィーク、お姉ちゃんの彼氏さんの練習試合があるとかで、ちょっと難しいみたい」

「今年は十日も休みがあるんだから、一日ぐらい都合はつかないの?」

「もー、ハルくん察しが悪い! ハルくんと二人で行くために、あたしが結構強引にお姉ちゃんから貰ったに決まってるじゃん」

「……そ、そっか」


 冗談っぽく怒ってみせる揚羽の声音に、ボクは堪らず閉口した。


 確かに、今のはボクが悪い。

 彼女がボクに好意を伝えてくれている以上、その可能性に思い至らなかったのはボクの不徳の致すところだ。


 こういうところがダメなんだろうなぁと、自分に呆れてしまう。

 好きな女の子の機微に気付けない男はダメだ。


「じゃあ折角だしお父さんの好意に甘えてゴールデンウィーク、一緒に行こうか」

「う、うん! 約束だからね!」


 それじゃあ、という弾んだ声と共に通話は切られた。

 少しの間、ニャインが表示されたスマホの画面を見つめて、ハッと妙案が思い浮かんだ。


 よくよく考えたら、身近にあった。

 揚羽にとっては、高校生らしいものが。

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