26、ベストとベター

「何を買うんですか? スポーツ用品とかでしたら、ボクはさっぱりですけど」


 半分冗談でそう訊いてみると、西条先輩はやっぱり爽やかに笑った。

 違う違うと手を振りながら、西条先輩は口を開いた。


「相沢さんの妹さん、確か揚羽さんだっけ? 彼女、誕生日が近いんだろう?」


 西条先輩の問いに、ボクは頷き返す。


 ゴールデンウィークが始まる直前、二日後の四月二十五日は揚羽の十六歳の誕生日だ。

 恐らく、可憐から聞いたのだろう。


 けれど、そのことと西条先輩の買い物に付き合うことになんの関係があるのだろうか。


「彼女に渡す誕生日プレゼントを一緒に選んで欲しいんだ」

「西条先輩が揚羽にプレゼントを?」

「うん、まあ。俺が直接渡すわけではなくて、相沢さんに渡してもらうつもりだけどね。面識はそれほどないけど、これから長い付き合いになるかもしれないから、……いや、長い付き合いにするからね。妹さんとは仲良くしておきたいんだ」


 なるほどと頷きながら、ボクはアイスティーの中にミルクとシロップを入れてかき混ぜる。

 付き合っている人の家族と仲良くしたいと思うのは普通のことだけれど、いきなり誕生日プレゼントを渡すなんて話をボクは聞いたことがなかった。


 ……まあ、揚羽のことだから多少戸惑っても最終的には喜ぶだろうけれど。


 ともあれ、大体の事情は掴めた。

 ストローでミルクティーを吸い上げながら、どうしたものかと考える。


 正直なところ、ボクにはこれっぽっちもメリットがない。

 人との付き合いを損得勘定で考えるのは我ながらどうしようもないと思うけれど、ボクみたいに普段目立たない人間が西条先輩と外を出歩いたら、たぶん余計な反感を買ってしまう。


 ……そうはいっても、可憐と末永く付き合いたいと先を見据えて揚羽と仲良くなりたいという西条先輩の気持ちを無下にもできない。

 ボクとしても、可憐たちに幸せになってもらいたい。


 果たして揚羽にプレゼントを渡すことがそれに繋がるのかは微妙なところではあるけれど、ともあれボクの答えは決まっていた。


「わかりました、そういうことでしたら。丁度、ボクも明日の放課後プレゼントを買いに行こうと思っていたので、その時でよければ」

「うん、もちろん。ありがとう、助かるよ。女性のプレゼントを贈ったことがあまりなかったから何を渡せばいいのか困っていたんだよ。君なら、妹さんの好みもよく知っているだろう?」

「まあ、人並み以上にはという自負はありますけど。それにしても意外でした。西条先輩のことですから、……あ、いえ、なんでもないです」


 すんでの所で、口にしようとした言葉を飲み込んだ。

 人によっては、不愉快に思うかもしれなかったから。


 しかし、西条先輩は苦笑に近い笑みと共に、「いいよいいよ、言われ慣れてる」と何でもない風に言った。


「俺が女性のプレゼントを贈り慣れてないのが意外だったんだろ?」

「い、いえ、……まあ、はい」

「基本的に、プレゼントを貰っても返さないことにしてるんだ。申し訳ないけど、まあ、本気にしちゃう子とかがいるからさ」

「……すみません」


 その重たい声音に、やっぱりボクは頭を下げた。


 人には誰しも触れて欲しくないことはある。

 たぶん、西条先輩にとってこれはその中の一端でもあるはずだ。

 何でもない風を装っているけれど、言葉の端々にそういった感情が滲み出ている。


 西条先輩は一瞬目を見開くと、「本当に気にしていないんだけどな」と笑ってから、小さく「ありがとう」と呟いた。


 感謝されるようなことはしていない。

 西条先輩の内情に踏み込もうとしたボクが悪いのだ。


 暫く、ボクたちの間をコーヒーを啜る音とミルクティーをストローで吸う音だけが行き交う。


 カラランという音と共に、また一組、店内に人が入ってきた。

 何気なく、彼らを視線で追いながらボクは伝え忘れていたことがあるのを思い出した。


「あの、西条先輩。揚羽のプレゼント選び、本当にボクでいいんですか?」

「もちろん。君以上に彼女のことを知る知り合いは、それこそ相沢さん以外にいない」

「……あれ、よく考えたらそれこそ可憐に頼めばよかったんじゃ」

「女性目線と男性目線じゃ、選ぶものが違うからね。それに、姉妹で好みのものが被っていたら、今度俺が相沢さんにプレゼントを買うときに困ってしまう」

「困る?」

「相沢さんのプレゼントは、俺がゼロから選びたいんだ。付き合いを重ねる中で知っていった彼女の好みから」


 わかるようで、わからない。


 確かにボクが揚羽にあげるプレゼントを選ぶときは、ボクの知る揚羽の好みを元に考える。

 けれども、ボクが彼女に対する好意を自覚したときには、すでにボクは揚羽のことをよく知っていた。

 それは、可憐にも言えることだ。


 もし、ボクが幼馴染みの二人以外と出会って、そしてその人に恋愛感情を抱いたとき、あるいは西条先輩のようなことを考えるのだろうか。


 わからないし、そんなことを考えても意味のないことだ。

 今のボクが、揚羽以外の誰かを好きになることは想像もつかない。


「それで、どうして自分でよかったのかなんてことを?」

「いえ、ボクが選ぶとなると、ベストのものじゃなくなりますから」

「というと?」

「揚羽が欲しがりそうな一番のものは、ボクが贈ります。なので西条先輩には、二番目以降のものを勧めることになりますから」

「―――」


 ぽかんと、呆気にとられた様子の西条先輩は、しかしすぐにくっくっくと小さく笑い声を上げた。


「ああ、もちろん。ベストは君からプレゼントしてくれ。俺はそれを除いた中でベターなものを選んでくれるといい。……いやぁ、でも、そうか。うん、よかった。安心したよ」

「へ?」

「いや、こっちの話だよ。よし、じゃあ明日の放課後、駅前に集合でどうだろう?」


 悩みが晴れたような爽やかな声音で、西条先輩は問うてきた。

 ボクは一瞬だけ悩んでから、小さく頷き返した。

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