25、頼み事
正月の日にニャインを交換した時に交わした挨拶以外何も残っていないトーク画面に、西条先輩からメッセージが届いたのが昨日の夕方。
空いています、と答えると、集合時間と共に位置情報が送られてきた。
その位置情報に従って、ボクは国道を少し逸れたところにあるお洒落なカフェに入って西条先輩が来るのを待っていた。
……生まれたときからこの町で暮らしているけれど、こんなカフェがあるなんて知らなかった。
店内の年齢層も少し高めで、制服でいるのがなんだか恥ずかしいというか罰が悪い。
店の一番奥、窓際の席に腰を下ろしたボクは注文を後にしてもらって、窓の外を眺めていた。
春のポカポカとした陽気が窓から入ってくる。
眠たくなってしましそうになるけれど、それよりも何よりもボクの頭の中に巡る疑問が睡魔を吹き飛ばしていた。
一体、西条先輩がボクになんの話だろう。
以前に会ったときも、ボクと色々と話したがっていたように見えたけれど、ボクは西条先輩のことをよく知らない。
お互い接点がなかったのだから当然だ。
だからこそ、一体何のようなのかが気になる。
隠れ家的な、落ち着いた店内を見渡して、天井をゆっくりと回るシーリングファンライトを眺める。
少しして、カラランという静かなドアベルの音と共に西条先輩が現れた。
「や、すまないね、突然呼び出してしまって」
右手を申し訳なさそうにあげて、左肩にスポーツバッグを担ぐ西条先輩の装いは、サッカー部の練習用ユニフォームそのままだった。
店員に一言二言言葉を交わしてから、ボクの対面に腰を下ろした。
「……下校時は制服着用が原則ですよ」
我らが淀岸高校は変なところで校則が厳しい。
登下校時に制服を着ていないと生活指導の先生に怒られてしまう。
かと思えばこういった寄り道や買い食いなんかは問題にされないので、よくわからない。
ボクが言うと、西条先輩は爽やかに苦笑しながらテーブル脇に立てかけられているメニュー表をボクに手渡してきた。
「そっかそっか、じゃあ口止めしないとな。好きなのを頼んでくれ」
「あ、じゃあお言葉に甘えて……」
その慣れた所作にやや気後れしながら、メニューに目を通す。
暖かくなってきたので、アイスティー(ミルク)を注文する。
西条先輩はホットコーヒーを頼んでいた。
注文を終えてメニューをパタリと閉じた西条先輩は、ボクの方を見て申し訳なさそうに微笑んだ。
「呼び出しておいて遅れてしまってすまないね。顧問に声をかけられてね」
「美味しい紅茶をご馳走になれるので全然大丈夫です」
「そうか」
ボクの言葉に、西条先輩は面白そうに笑った。
「今日は部活はいいんですか?」
「ああ、今日は二年生以上は休みなんだ。一年生のポジション決めも兼ねたテストがあるんだよ」
「なるほど……」
曖昧に頷きながら水を呷る。
正直サッカーには詳しくないのでポジション云々の話をされてもよくわからない。
中学の頃、体育の授業でサッカーをする時は決まってゴール付近で突っ立っていた。
サッカーの経験がない者は結構そうしていることが多いので、ボクたち未経験者はよくそこで適当に雑談を交わしていたものだ。
体育の授業としてはどうなのだろうというところではあるけれど、あれはあれで楽しい。
「そういえば、西条先輩はキャプテンになったとか」
「ああ、うん。雑務が増えるから本当はやりたくなかったんだけどね。チームが勝つためって言われたら断るわけにもいかない」
「凄いですね、西条先輩は」
素直に、そう思った。
モデル並のスタイルに、県内屈指のサッカープレイヤーで、部のキャプテン。
おまけに他人思いで優しい。
「凄い、か。まあ、俺にはサッカーしかないからな」
ボクの言葉を反芻した西条先輩は、不意に窓の外を見てポツリと呟いた。
その声音が寂しそうで、どこか悲しそうな気がしたけれど、ボクは気付かなかったことにしてまた一口水を呷る。
そうこうしているうちに、ボクたちのテーブルの上に飲み物が届く。
西条先輩はホットコーヒーに息を吹きかけてから静かに啜ると、一息ついてからボクの方を真っ直ぐに見つめてきた。
「早速だけど、本題に入ろう。実は君に頼みたいことがあってね。ニャインよりも直接会ってお願いした方がいいかなと思ったんだ」
「ボクに頼みたいことですか?」
西条先輩に頼まれるようなことに心当たりはないし、たとえ何かを頼まれても応えられるとは思えない。
ボクが繰り返すと、西条先輩は小さく頷いた。
「買い物に付き合って欲しいんだ」
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