24、制服デート

「揚羽、デートに行こう」

「……っ!?」


 昼休み。昨日とは違って人が増えた屋上のベンチに座って弁当を広げながら、ボクは隣に座る揚羽に言った。


 ところが返事がない。

 女の子をデートに誘って無視されるという図式ができあがっていることに羞恥を覚えながら、ボクは視線を揚羽に向けた。


「ぅぁ、っ……」


 タコさんウインナーを掴んだ箸をプルプルと震わせて、揚羽はボクの方を見て口をパクパクさせている。


「揚羽……?」

「っ、デ、デートって、それって……っ」

「ほら、クリスマスの日に約束したじゃん。揚羽が受験を終えたらデートに行くって。結局、まだいけてなかったでしょ?」


 揚羽がボクに告白をしてきたクリスマスイブの日。

 彼女の誘いでショッピングモールに向かう電車の中で、揚羽にデートに誘われたボクは受験が終わったらと応えた。


 無論、それは揚羽の受験勉強を気遣っての提案ではあったけれど、問題を先延ばしにしようというボクの小賢しさでもあった。


 てっきり受験が終わったら揚羽から誘ってくると思っていたけれど、彼女は彼女で高校の制服を買ったりと、色々と忙しかったのだろう。

 ……あの時は、ただ誤魔化すだけだったけれど、今なら迷うことなくボクの方から誘える。


 実際、その言葉は思っていたよりもずっとすんなりと口からこぼれ落ちた。


 春の風が屋上を駆け抜ける。

 その風が収まると、揚羽は何やら残念そうにタコさんウインナーを口に含むと、もぐもぐしながらあからさまに両肩をがっくしと落とした。


「そうだよね、うん、いくら春だからってそんなことないよね……」

「え、なに? ……あ、もしかして行きたくないとか」


 高校にも入れば、新たな出会いもあるだろう。

 だから、他に気になる人ができていてもおかしくはない。

 一度振った相手よりも、新たな恋を求めるのは普通のことだ。


 ……もしそうだとしたら、ボクはそれを黙って見過ごすわけにはいかない。

 振っておきながら何様だと自分でも思うけれど、何もしないというのはもうやめにするんだ。


 思わず箸を強く握ると、揚羽が慌てて首を横に振った。


「ち、違うからっ。行く! 行くってばっ!」

「そっか」


 ……よかった。

 揚羽に悟られないように小さく息を吐き出しながら、平静を装って話を続ける。


「いつにしようか。もうすぐゴールデンウィークだけど」


 今年は休みが十日も続く大型連休だ。

 凄く遅れてしまったけれど高校合格のお祝いでもあるわけだし、少し遠くに行ってもいいかもしれない。


 そんなことを考えてると、揚羽がポツリと「あたし、あれがしたい」と呟いた。


「あれ?」

「うん、あれ。ハルくんと同じ高校にはいらないとできないこと」

「……?」


 ボクが首を傾げると、揚羽は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


     ◆


「お待たせ、ハルくんっ!」


 一日の授業が終わり、人通りが激しい正門の隅っこで待っていると、校舎の方から揚羽が笑顔と共にツインテールを揺らしながら駆け寄ってきた。

 少し馴染んできた揚羽の制服姿には、まだ少し慣れない。


 周囲の視線がチラチラとこちらに向いている気がするけれど無視をして、目の前で息を整える揚羽に訊く。


「わざわざここで待ち合わせをしなくても、昇降口から一緒に行けばよかったのに」

「えへへ、この方が制服デートみたいでしょ?」

「……ノーコメント」


 あの後、揚羽は今日の帰りに制服のまま寄り道をしたいと言った。

 つまるところは、制服デートの簡易版のようなものだ。


 大型遊園地にカップルが制服姿で行くという話を聞いたことはあるけれど、果たして寄り道をデートと言えるかは微妙なところな気がする。


「それじゃあ行こっか」

「う、うん」


 揚羽に促され、ボクらは歩き出した。

 いつもの帰路ではなく、それとは正反対。駅前の方へと。


 鼻歌を鳴らしながら隣を歩く揚羽を覗き込むようにしてボクは訊いた。


「本当に駅前で適当にぶらつくってだけでいいの? 合格祝いでもあるんだし、休みの日とかにした方がよかったんじゃ」

「いいのっ。ハルくんと制服でおでかけするの、合格してるからこそできるんだもん」

「ならいいんだけど……」


 普通に登下校の間制服姿で一緒にいるのだから、一体全体どう違うのかいまいちよくわからないけれど揚羽が楽しそうなら別に文句はない。


 ……ただ、ボクとしては揚羽と少し遠出をしたかったなあというのが正直なところだ。

 いや、全然いいんだけれども。


 少し歩くと、最早慣れ親しんだ駅前が見えてきた。

 三年ほど前まではあまり整備されていなかったけれど、この数年で随分と様変わりをして、綺麗なロータリーなんかもできている。


 確かに、周りを見てみると同じ淀岸高校の制服を着た男女が並んで歩いている姿がある。


「あ、あった。ハルくん、あっち!」


 キョロキョロと周りを見回していた揚羽が何かを見つけてボクの手を掴んで引っ張ってきた。

 慌てて歩を合わせる。


 向かう先には、黄色を主体としたフードトラックが見える。

 人も結構並んでいるようだ。


 傍に置かれている看板を見るに、最近流行っているタピオカミルクティーなるものが売られているようだ。


「今日から二週間だけ出店するんだって! あたし、初めてなの」

「もしかしてだとは思うんだけど、揚羽、ボクがデートに誘わなくても今日行く気だった?」

「な、ナンノコトカナー」


 下手な口笛を吹きながらそっぽを向く揚羽をジト目で睨む。

 それならそうと早く言ってくれたら、別の機会にデートに行けたのに。


「結構人が並んでるみたいだし、揚羽は向こうで座ってなよ。一番の人気メニューでいいよね?」

「う、うん。あ、お金」

「いいよ、今日は揚羽の合格祝いでもあるんだし」


 カバンの中から財布を取り出そうとした揚羽を制しながら有無を言わせず急いで列に加わる。

 揚羽は呆気にとられたように立ち尽くしてから、渋々と言った様子でロータリーに林立する木を囲う丸いベンチに座った。


 なんだかんだで、ボクも飲むのは初めてだ。

 五分ほど並んでボクの番がやってきた。


 車内から「ご注文は?」と訊いてくる店員さんの言葉に、ボクはメニュー表を見る。


「ごひゃっ……!?」


 一番人気は、スタンダードなタピオカの入ったロイヤルミルクティーだった。

 価格はなんと五百五十円。え、飲み物でそんなにするの。


 ……いやいや、ここで店員さんを待たせるわけにはいかない。


「ロイヤルミルクティー二つで」


 注文して、財布からお金を取り出した。

 両手にカップを携えて揚羽の方に戻ると、揚羽は顔を上げてにへらと笑った。


「おかえり」

「はい、一番人気のスタンダードな奴」

「ありがとー!」


 嬉しそうに足をブラブラとさせて受け取った揚羽は、そのまま両膝の上に置いた。

 隣に座って、カバンを置く。


 互いに互いを見つめ合って飲むタイミングを窺っていたことに気付いて苦笑した。


「飲もうか」

「うんっ」


 ボクが言うと、揚羽は嬉しそうに笑ってストローに口をつけた。

 ボクもそれに続く。


 少し甘めのミルクティーと一緒に、モチモチとした食感のタピオカが口の中に入ってくる。


 ……あれ、思っていたほど美味しいとは思わない。

 流行っているものだから期待していた分もあったのかもしれないけれど、これなら普通のミルクティーでいいと思う。


「んー、美味しー!」

「えっ」

「ん?」


 思わず声が出てしまった。


 ボクの声に、揚羽は「なに?」といった感じで小首を傾げる。

 慌てて「なんでもない」と激しく首を横に振った。


 ……まあ、好みは人それぞれって言うし、揚羽が喜んでいるのならそれだけでタピオカには価値がある。

 美味しいなぁ、このタピオカ。また揚羽を誘って食べに来よう。


     ◆


「ん……?」


 玄関に入って靴を脱いでいると、ブルリと、ズボンのポケットに入れていたスマホが震えた。

 取り出して画面を見ると、西条先輩からニャインが来ていた。


『明日の放課後、空いてるかな。話があるんだ』

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