23、待ち伏せと変化

「ふわぁぁ……」


 月曜日の朝。

 ボクは学校までの道を歩みながら欠伸を零していた。


 土曜日に揚羽とニャインを交換した夜、何やら楽しそうに揚羽からメッセージが飛んできて、それに返信をしているうちにいつのまにか朝になっていた。


 慌てて眠ったボクだったけれど、結局起きると夕方になっていて、日曜日は丸々つぶれた格好となった。

 そして何より、そんな時間に起きてしまっては、夜に眠れるはずもなく。

 結果、ボクは寝坊をするよりはという精神で徹夜で過ごしたのであった。


 そんなわけで、凄く眠たい。

 気分も悪い。終始吐き気がする。

 これは休み時間にこまめに寝るしかない。


 目をしょぼつかせていると、突然前方から聞き慣れた声がかけられた。


「ハルくん、おはよー!」


 この元気な声は、言わずもがな揚羽である。

 ボクが視線をあげると、淀岸高校の制服に身を包んだ揚羽が今のボクにとっては眩しすぎる笑顔を向けて佇んでいた。


 ボクの家から学校までの道中に、相沢家はいる。

 この様子を見ると、ボクが来るのを待っていたのだろう。


「おはよう、揚羽」

「んー? ハルくんどうしたの? 元気ないけど」

「いや、揚羽こそどうして元気なの。ボク、今日寝坊するのが怖かったから寝てないんだけど」


 ボクがそう言うと、揚羽は不思議そうに首を傾げた。


「あたしは普通に昨日の夜早くに寝たよ? 夕方に起きちゃったけど、寝ないと朝起きれないから」

「それで寝れるの、本当凄いと思う」

「ふふん、寝る子は育つんだよ!」


 そう言って、揚羽は胸を張った。

 ボクは顔を背けながら歩き出す。


「ところで、もしかしなくてもボクのことを待っていた?」

「……うん」

「ボクが寝坊してたらどうするつもりだったの」

「待っとく!」

「お願いだから絶対にやめてね」


 躊躇なく言ってのけた揚羽に慌てて突っ込む。

 すると揚羽は不満そうに「むっ」とボクを睨んでから、そっぽを向いた。


「ハルくん、そういった事態を簡単に解決する完璧なプランがあたしにはあるんだけど、聞きたい?」

「揚羽が待ち伏せをせずに素直に学校に行くとか」

「ブブー」


 体の前でバッテンを作ってみせる揚羽。


「降参。なに?」

「簡単なことだよ。ハルくんがあたしと一緒に通学すればいいの。……お姉ちゃんとも、そうしてたんでしょ?」

「そう、だけど……」


 顔を真っ赤にしている揚羽を見るのがなんだか居た堪れなくなって、ボクは空を見上げた。


 ……正直な話をすると、気恥ずかしい。


 可憐とは小さい頃からずっとそうしていたから今更どうということはなかったけれど、揚羽と二人きりで通学するということがこれまで早々なかった。

 それこそ、可憐が風邪を引いたりしたときぐらいだろう。


 だから、つまりは慣れていないのだ。

 何より好きになった女の子と二人で通学なんて、まるでカップルみたいで恥ずかしい。

 とはいえ、揚羽と通学すること自体がいやというわけでもない。


 ボクは少し悩んでから、「わかった」と小さく頷く。


「明日から、一緒に行こう。可憐たちと出くわすとなんだか申し訳ないから、公園に八時に集合で」


 ボクが言うと、揚羽は小さくボクが言ったことを反芻してからにへらと笑った。


     ◆


「それじゃあ、またお昼に」


 人で賑わう昇降口に入ったボクは、揚羽に別れを告げる。

 すると揚羽は嬉しそうに笑いながら、「うん、またお昼に!」と言って一年生の昇降口まで駆けていった。


 人混みの中に彼女の姿が溶けて消えるまでその背中を眺めてから、ボクもまた二年生の昇降口に向かう。


 自分の下駄箱に靴をしまい、代わりに上履きを取り出す。

 軽くつま先でトントンと床を蹴りながら、ポジションを調整した。


 吸い込まれるように階段に向かい、二年生の教室がある三階まで昇る。

 教室に入ると、丁度可憐が廊下に出ようとしているところだった。


「あ、おはよう、ハル」

「お、おはよう」


 危うく正面衝突しそうなところをすんでのところで回避する。

 ……そう、なんの因果か今年も可憐とは同じクラスになった。


「ん、ハルなんだか疲れてる?」

「あー、うん、寝てなくて。昨日起きたら夕方だったから」

「もしかして、また揚羽が何かした?」

「いやぁ、ただ単にだらけすぎただけかな」


 す、するどい。

 まあでも、揚羽のニャインに付き合ったのはボクの判断なので、普通に自業自得だから彼女のことを責められはしない。


「それより、いいのこんなところで時間使って。どこかに行こうとしてたみたいだけど」

「うん、今日お昼休みに用事があって西条くんと一緒に食べられないから、お弁当渡しとこうと思って」

「お弁当?」


 そう言って、可憐は右手に持っていた女子のものにしては大きい弁当箱を掲げて見せた。

 それを見て、合点がいく。


「ああ、可憐が作ってるんだ」


 どうということはない。

 カップルの中では稀にそういうことをするという話を聞いたことがある。


 それにしても、手作り弁当かぁ。

 揚羽は……、いや、やめておこう。


 チョコのトラウマが脳裏を過ぎった。

 揚羽に頼んだら爆弾おにぎりとかが出てきそうな気がする。


 ……いや、そもそも揚羽にお昼を頼む道理がないのだけれど。


「じゃあ早く行ってきなよ。もうすぐホームルームが始まっちゃうし。ごめん、引き留めて」

「う、うん」


 ボクが言うと、可憐は困惑したように眉を寄せた。

 それからボクの顔を覗き込んで、悩ましげに顎に手を添えてから躊躇いながら言った。


「ハル、なんだか変わった?」

「へ? ボク? どこが」


 全くもって心当たりはない。

 普段のボクと違うところといえば、寝不足なぐらいだ。


 ボクがそう返すと、可憐はなおも何かを考える素振りを見せてから顔を上げて「ま、気のせいかな」と笑った。


「じゃ、また」


 そう言い残して、可憐は階段の方へと向かう。

 ボクも教室に入ると、教室の中心辺りに位置する自分の席に座り、机に突っ伏した。

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