15、いるよ

「はー、あったかーい」


 大きな焚き火の前まで来た揚羽たちは、その周りをぐるりと囲うようにして置かれているプラスチック製のベンチに腰を下ろした。


 キャンプファイヤーのような大きな焚き火のため、近くに居るだけで十分にその熱を感じることができる。

 揚羽は大きく伸びをしてから焚き火の方に向かって両手を突き出して、気の抜けた声を上げた。


 そんな揚羽を、可憐が「もー、そんな風にしてると折角の着物が崩れちゃうよ」と窘める。


「大丈夫大丈夫、いざとなったらお姉ちゃんに直してもらうから」

「もー」


 あっけらかんと言ってのけた揚羽に、可憐は困ったように眉根を下げてからふっと小さく笑う。

 そして、揚羽の隣に座った。


 ぷらんぷらんと足を揺り動かしながら、揚羽が口を開く。


「それにしても、お姉ちゃん本当に彼氏ができたんだね。実は半信半疑だったんだよ」

「どうして私がそんな嘘をつかないといけないのよ」

「そう言われたらそのとおりなんだけどね、やっぱり信じられなかったから」


 揚羽の言葉に、可憐は訝しみながら小首を傾げる。

 妹の言っていることが全くもって理解できないといった様子だ。


 そんな姉の様子に揚羽は小さく嘆息すると、「まあお姉ちゃんがいいならそれでいいんだけどね」と零す。


「それよりお姉ちゃん、彼氏の人とはいい感じなんだ」

「急にどうしたの」

「いやー、だって気になるじゃん。お姉ちゃんの恋愛話」

「前にも言ったけど、話すようなことはないよ。この間のクリスマスの日も、今日だって、ただ二人で一緒に過ごしていただけだから」

「なにそれー。そんなの、ハルくんとしてることと変わらないじゃん」

「そうかもしれないけど、付き合い始めってそういうものじゃないの?」


 揚羽の指摘に可憐は慌てて問い返す。


 揚羽はもちろんのこと、可憐にもこれまで誰かと付き合うという経験はなかった。

 しかし、友達から聞いた話を統合すると、付き合い始めのカップルはまずデートを重ねることから始まるという。

 これまで春人と当たり前のようにしてきたことと同じじゃないかと言われれば、否定はできないけれど。


 可憐は暫く無言のまま考えこむと、「でも……」とポツリと呟く。


「クリスマスも初詣も、ハルたちと居た方が楽しいだろうなって思っちゃってるんだよね。西条くんと一緒に居て楽しくないっていうわけじゃないんだけど」

「…………」


 顔を伏せながら語る可憐を、揚羽はジッと見つめる。

 焚き火の淡い光が、二人をじんわりと照らす。


 しんとした空気が二人の間を流れ出してすぐに、可憐はハッとしたように顔を上げると顔の前で両手をあたふたと動かした。


「わ、私の話はさておいて、揚羽の方こそどうなの? 今年も初詣ハルと一緒に来てるけど、好きな人とかいないの? 卒業してから後悔しても知らないぞー」


 空気を紛らわすためか、茶化すように問いかける可憐。

 対して揚羽は、何かを決意したようにキュッと唇を引き結んだ。


 妹の変化に気付いた可憐が「揚羽……?」と首を捻る。


 揚羽は一度目を瞑って大きく深呼吸をすると、胸元で手をギュッと握る。

 そして、目を開くと同時に言い放った。


「――いるよ」

「え?」

「好きな人、いるよ」


 突然の告白に困惑する可憐。

 そんな彼女に、揚羽は力強い声音で続けた。


「心配しなくても大丈夫。あたしはもう、後悔だけはしないから」


     ◆


 ぜんざいを両手に揚羽たちと合流したボクたちは、そのまま一緒に焚き火を囲んでぜんざいに舌鼓を打った。


 一緒に、と言っても特別何か話をしたというわけではない。

 西条先輩は場を回そうと色々な話を振っていたけれど、なぜだか可憐と揚羽が静かで、結果ボクが適当に相槌を打つ格好となった。


 これ以上カップルの邪魔をするわけにはいかないと、ボクと揚羽はぜんざいを食べ終えると二人と別れることにした。


「…………」


 帰路に就きながら、隣を歩く揚羽を見る。

 先ほどまでのテンションはどこへ行ったのか、黙り込んでしまっている。


 理由はわからないけれど、沈んでいる彼女を見ていると少し辛いし、寂しい。

 何かないかと顔を上げると、道路の両脇に立ち並ぶ出店に視線がいった。


 そういえば、帰りに買おうって話をしてたっけ。


「揚羽、何か食べようか。甘い物を食べたら変にお腹が空いちゃったし」

「……食べる」


 声は小さいものの、明らかに雰囲気が明るくなった揚羽に苦笑しながら、出店をいくつか見て回る。

 色々な食べ物がある中でたこ焼きを選んだボクたちは、道の脇にある公園に入り、空いているベンチに腰を下ろした。


 大きなたこ焼きが六個入ったパックをボクと揚羽の間に置く。

 二本入っている楊枝をそれぞれ掴んで、たこ焼きを口の中に運んだ。


「ん、うまい」


 口の中でとろりと広がり、タコのうま味が重なるようにして追いかけてくる。

 たこ焼きなんて、久しぶりに食べた気がする。


 隣を見ると、揚羽がハフハフしながら食べていた。


「美味しいね、ハルくんっ」


 飲み込んだ揚羽はパッと表情を明るくして二つ目に手を伸ばす。

 その様子に、ボクは思わず頬を緩めた。


「な、なに?」

「いや、揚羽らしいなって思って」

「……バカにしてるでしょ」


 抗議の眼差しを送りながらも、二つ目のたこ焼きを口の中に入れる。

 また、熱そうにハフハフとしている。


 普段の調子を取り戻し始めた揚羽に、ボクは訊いてみることにした。


「揚羽、何かあった? さっきまで元気なかったけど」

「んー、別になんでもないよ?」

「そういう風には見えなかったけど」

「あーもー、うるさいお口にはこうだ!」

「え、ちょっ、んぐっ」


 楊枝に刺したたこ焼きをいきなり口元に押しつけられて、ボクは思わず口を開いた。

 口の中が一気に熱くなる。


 暫くの間大人しく咀嚼していると、揚羽は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


 ……まあ、いいか。

 本人が話したがらないことを無理に訊いても仕方がない。

 それに、今はそれどころではない。


 揚羽は揚羽でもう一つ食べようとたこ焼きに楊枝を刺そうとして、その事実に気付いたらしかった。

 すなわち、たった今自分が行った行動によって間接キスをしてしまったことを。


 みるみるうちに顔を真っ赤にして、楊枝とボクとを交互に見る。

 見られても困るのだけれど。


 俯いて、両肩をプルプルと震わせた揚羽は、何かを思いついたのか勢いよく顔を上げるとボクに詰め寄ってきた。


「ハ、ハルくん! ハルくんもあたしに食べさせて! そうしたら、チャラだから!」

「何がチャラになるの!?」


 一体全体何がどうなってそういう結論に至ったのか全く不明だけれど、こうなってしまっては大人しく従う他ない。

 間接キスを気にする歳でもないし。


 ボクは大人しくたこ焼きに楊枝を刺すと、揚羽の小さな口に差し出す。

 パクリとくわえて、恥ずかしそうにモグモグとしている揚羽を見ながら、ボクももう一つ食べようとたこ焼きに楊枝を差し直す。


 ……あれ?


 間接キスなんて気にしない。

 そのはずなのに、どうしてかこの楊枝で食べることに僅かな抵抗があった。

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