14、正反対な人

「……あ、そっか。ハルたちもここに初詣に来てたんだ。そりゃそうか」


 考えてみれば当たり前だよね、と照れ隠しのように笑う可憐。

 そんな彼女を、たぶんボクは呆然と見つめていた。


 毎年、初詣に行くとき彼女が着てくる、おばさんのお下がりだという淡い青色を基調とした着物。

 今年も、よく似合っている。


「っ」


 その時、揚羽と繋いでいた右手が強く握られて、ボクは揚羽の方を見る。

 しかし、彼女はボクを見るでもなく、少し怒った様子で前を見据えていた。


 このまま「それじゃあ」という風に別れる流れでもなかったので、ボクと揚羽は一度列を離れる。

 そのタイミングで、可憐の隣で困惑したようにしていた茶髪の青年が口を開いた。


「えぇと、相沢さん? 彼らは……」

「あ、ごめんなさい。えっと、彼女は私の妹の揚羽です。隣の彼は、……その、私の幼馴染みのハルくん、じゃなかった、春人くんです」

「へぇ、彼が……」


 青年は目を細めるとジッとボクのことを見てきた。

 そして、すっと一歩前に出ると、胸に手を当てた。


「初めまして、俺は相沢さんとお付き合いしている西条徹です。よろしく」

「よろしくお願いします」


 爽やかな笑みと共に名乗った西条先輩に、ボクは小さく頭を下げた。


 グラウンドで練習している所を見たことがあるからわかっていたけれど、やっぱり格好いい。

 一つ一つの所作が様になっているというか。一学年上だからだろうか、大人の余裕というものがある気がする。


 ボクとしては今すぐにでもこの場を立ち去りたいのだけれど、向こうが紳士的に話しかけてきてくれるのに何も話さずに帰るのも失礼だ。

 とはいえ、話すことが咄嗟に浮かび上がらなかったので、わかりきっている質問でお茶を濁すことにした。


「お二人も初詣に?」

「ああ、うん。今からぜんざいを食べようと思って来たら、相沢さんが君たちのことを見つけてね。……それにしても、君たち随分仲がいいんだね」

「いっ、あ、これは違うんです!」


 西条先輩の視線が、繋いであるボクと揚羽の手を捉えた。

 慌てて離そうとすると、またしても揚羽に強く握られる。


 抗議の視線を向けるボクを無視して、揚羽は満面の笑みを西条先輩に向けながら繋いだ手を掲げた。


「そーなんですよ、あたしたち仲良しなんですっ」

「ちょっと、揚羽」

「いーじゃん、変に空気悪くするのもお姉ちゃんたちに悪いし」


 囁くようにして揚羽の悪ノリを注意すると、先ほどまでの不機嫌な雰囲気はどこへやら、どこか嬉しそうに返してきた。


 ……確かに、そう言われるとボクに返す言葉はない。


 ボクが口を閉ざしていると、西条先輩は可憐の方をチラッと見ながら口を開いた。


「そうだ、君たちもぜんざいを食べようとしていたのなら、どうだろう。ここは俺たちに任せて、相沢さんは妹さんと一緒に向こうの焚き火の方で休んでおかないか?」

「え、でも……」

「いいからいいから。俺も少し彼と二人で話してみたかったしね。君たちも、それでいいかな」

「ボクは大丈夫ですけど……、揚羽もそれでいい?」

「う、うん。わかった」


 名残惜しそうに、ゆっくりと揚羽が手を離した。


 本音を言えば西条先輩と二人きりというのは気まずいけれど、雰囲気的に頷くしかなかった。

 可憐と揚羽が申し訳なさそうにしながら焚き火の方へ向かう背中を見届けてから、ボクと西条先輩は列に並び直した。


     ◆


「それで、ボクに話というのは……?」


 列に並び始めて早々に、ボクは気になっていたことを切り出した。

 西条先輩は一瞬虚を突かれたように目を丸くして、ぷっと小さく吹き出した。


「いやぁ、すまない、確かに俺の言い方だとそう解釈されても無理はない。いやいや、込み入った話があるというわけではなくて、ただ君と話してみたかっただけなんだよ」

「ボクと、ですか? すみませんが、先輩と面識があった記憶はないんですが」


 西条徹といえば校内の有名人だ。

 知名度は生徒会長に比肩する。


 対してボクはただの一生徒に過ぎない。

 そんなボクが先輩に話をしたいと言われる心当たりが残念なことに全くなかった。


 ボクが言うと、西条先輩はふっと表情を和らげた。


「なに、相沢さんから君の話を聞いていてね。どういう人なのだろうと、俺が勝手に興味を抱いただけだよ」

「可憐からボクの話を?」


 なんだろう、愚痴とかかな。


「君たちは幼馴染みなんだろう?」

「はい。幼稚園のころからの付き合いです。家も近いんで、家族ぐるみの付き合いというか」

「いいね、そういうの。なんというか、青春って感じがする」

「ボクからすれば、先輩の方が青春していると思いますよ」

「そうかな?」

「そうですよ」


 サッカー部のエースで、クリスマスも正月も彼女とデートをして。

 これを青春じゃないと言ったら世の男子高校生の大半が怒る。

 というか、ボクが代表して怒る。


「まあ、それはさておき。君と相沢さんの妹さんが付き合ってるなんて話は聞いたことがなかったな」

「誤解です。あれは揚羽の悪ふざけで、ボクたちは別にそういう関係じゃないですから」

「ふぅん? そういう風には見えなかったけど。少なくとも妹さんの方は」


 西条先輩の呟きに、ボクは言葉を失った。


 モテる人は、好意に敏感なのだろうか。

 少なくとも、揚羽の好意に六年間も気付けずにいたボクとはまるで違う。

 可憐はこの人のこういうところを好きになったのだろうか。


「君が相沢さんたちと親しくしているのであれば、必然的に俺と話すことも増えるだろう。どうかな、ニャインを交換しないか?」

「あ、はい。是非に」


 ……凄くナチュラルに連絡先を訊かれてしまった。

 西条先輩の言うとおり、確かに今後話す機会が増えるかもしれない。


 特に断る理由もないのでスマホを取り出して、ニャインを交換する。

 ボクのアイコンが、夜何気なく空を見上げた時に綺麗だなぁと思って撮った満月の写真であるのに対して、西条先輩のは自身がグラウンドでプレイする後ろ姿だった。


 なんというか、根本からボクと正反対のような人だ。

 そんなことをしているうちに、順番が回ってきた。


「意外と早かったな。困ったなぁ、もっと色々と話したかったのに」


 隣で西条先輩がそんなことを呟いていたけれど、ボクとしては助かった。

 このまま西条先輩との違いをまざまざと見せつけられると、可憐に否定されているような気がして辛かった。


 自意識過剰だとは、自分でも思うけれど。

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