7、ささやかな反撃

 結論から言うと、パスタとピザというのはやっぱり多すぎた。

 ……イタリアンレストランとかのしっかりしたピザってどうしてあんなに生地が重たいんだろう。


 なんとか食べきって店を出たボクたちは、やっとの思いで喫茶店に入った。


「はぁー、やっと座れるー」


 席に着きながら揚羽がふぅと息を吐いた。

 流石にこれだけ満腹の状態で歩き回れないということで、ボクたちは一度喫茶店で休むことにした。


 ボクは紅茶を、揚羽はカフェオレを注文する。

 飲み物が届くまでの間、先ほどの時間で考えた今後のスケジュールの摺り合わせをする。


「ええと、この後は適当にウィンドウショッピングをしてから、クリスマスケーキを買って揚羽の家に行くってことでいいんだよね」

「うんっ。ハルくんが来るだろうって、ママがご飯作って待ってるから」

「じゃあ、お言葉に甘えようかな。家に帰っても何もないし」


 ……来年からはちゃんと温泉旅行について行かないとな。

 揚羽のお母さんに迷惑をかけてしまう。


「来年もうちに来てね。ママもきっと喜ぶよ」

「っ、どうかな……? 親子水入らずの方が楽しめるんじゃない?」


 まるで心を読んだような揚羽の言葉にビクッとする。


「そんなのいまさらだよー。もう何年一緒にクリスマスを過ごしてると思ってるの? 逆にハルくんが来なくなったらママ寂しがっちゃうよ。お姉ちゃんもいないし」

「……そっか」

「それに……」


 そこで一度揚羽は言い淀んだ。


 恥ずかしそうに俯いて、口をきゅっと引き結ぶ。

 そして、俯いたまま絞り出すような声でポソリと呟いた。


「……あたしも、寂しいし」

「――――」


 年下の女の子にこう言われたとき、どう返すのが正しいんだろう。

 少なくともボクの頭の中は一瞬真っ白になってしまった。


 ……揚羽って、以前からここまでボクに好意を剥き出しにしていたっけ。

 ボクが気付いていなかっただけなのか、それとも吹っ切れているのか。

 どちらにしても、ボクの心臓には悪い。


「ま、まあ……、父さんも母さんも、一年に一度ぐらいは夫婦水入らずでのんびりしたいだろうし……」

「――!」


 ボクが言うと、揚羽はパッと顔を上げた。

 次の言葉を急かすような眼差しを向けてくる。


 だから、その目はやめて欲しい。


「……うん、来年も揚羽の家にご厄介になるよ」

「えへへ、じゃあ来年もデートしようよっ」

「それは一旦保留で」

「えー、なんでー!」


 一度はにかんでから、ボクの言葉に不服そうに頬を膨らませる。


 ……なんだか、今日ずっと揚羽のペースに飲み込まれているような気がする。

 この辺りで気を引き締めないと。


     ◆


 午後になって、モール内の人だかりは一層増していた。

 はぐれてしまわないように気をつけながら歩を進める。


 すると、隣を歩く揚羽にくいくいっと袖を引かれた。


「は、はぐれたら、ダメだから……!」


 リンゴみたいに顔を真っ赤にして、手を差し出してくる。

 誘い方がベタすぎる……。


 でも、そんな揚羽をボクはバカにできない。

 好きな人に何もせずにただ傍観するしかなかったボクが、好きな人に積極的にアプローチしている揚羽をバカにしていいはずがない。


 ……揚羽の好きな人が自分であるということが、やっぱり恥ずかしい。

 ただの羞恥に留まらず、若干の嬉しさも抱いているのだから度しがたい。


「そうだね、人も多いし」


 取り留めのない言葉を返しながら、揚羽の手をそっと取る。

 柔らかくて、小さな手。

 ボクが握ると、揚羽は優しく握り返してきた。


 暫く無言で歩いてから、揚羽は躊躇いがちに顔を上げて、どこか見せつけるような笑みを浮かべる。


「ね、今のあたしたち、周りからカップルに見えてるかな……?」

「あのさぁ……」

「ふふっ、冗談だよ。あたしたち、まだカップルじゃないもんね」

「…………」


 強調するように、「まだ」と言ってのけた揚羽にボクは顔が引きつったのを覚えた。

 今日振られたばかりの相手によくもこれだけ積極的になれるものだと、いっそ感心する。


 同時に、喫茶店で抱いた決意を今一度胸に刻み込む。

 ……このまま揚羽のペースに飲み込まれてやるものか。


 黙り込んだボクを勝ち誇ったような表情で覗き込んでくる揚羽。

 油断しきっている彼女に、カウンターを浴びせてみせる。


「カップルに見えてる、か。じゃあさ、折角だし腕を組んでみる?」

「……え?」


 ボクの突然の提案に、揚羽の表情が固まる。

 数瞬後、ようやく言葉が飲み込めたのかボッと顔を真っ赤にして「いやいやいやいや」とぶんぶんと首を横に振った。


「その、そういうのはまだ早いって言うか、心の準備ができてないっていうか。……ううん、もちろん、いやってわけじゃないんだけど。その、やっぱり恥ずかしいし……」

「ははっ、冗談だよ。ごめんごめん」

「んなっ!?」


 先ほどまでの積極さはどこへやら。途端にしどろもどろになり始めた揚羽が可笑しくて、思わず笑ってしまった。

 すると揚羽はボクの顔を見上げて、何か言いたげに口をパクパクとして固まっている。


 ……正直、揚羽が断ってくれてよかった。

 これで「いいよ!」とでも返されていたら、ボクの心臓が持たなかった。


 ともあれ、これでなんとか流れを引き戻すことに成功した。

 少し揚羽に申し訳ないと思うけれど、これもお互いのためだ。


 ふぅと息を吐き出していると、突然揚羽がその場で立ち止まり、手を繋いでいたボクも引き戻されるようにして足を止めた。


「揚羽……?」


 振り返ると、両肩をプルプルと震わせた揚羽が頬を膨らませてこちらを睨んでいる。


 ……あ、これダメな奴だ。

 揚羽が口を開くよりも先に、ボクは目一杯頭を下げた。

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