6、二兎追うものは……
ショッピングモールは、当然のことながらクリスマス色で染まっていた。
至る所にクリスマスらしい飾りが施され、吹き抜けには立派なクリスマスツリーがその存在を主張している。
そして、モール内は普段よりも明らかにカップルの比率が高くなっていた。
「わっ、ハルくん、見て見てっ。きゃー、大胆」
前方を歩くカップルを指差して、揚羽が小さく黄色い声を上げる。
視線を向ければ、互いの腰に手を回して寄り添うようにして歩いている。
「こら、あまり人をジロジロ見るんじゃない」
「えー、いいじゃん。どうせあの人たちも見せるためにイチャイチャしてるんだからさー」
ぷーっと頬を膨らませて、揚羽は一見正論のような言葉を返してきた。
「……それで、今日は揚羽がエスコートしてくれるんでしょ。今からどうするの?」
「んー、あたしはハルくんの隣を歩けてるだけで幸せだから何もしなくてもいいんだけど」
「……それ、言ってて恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいに決まってるじゃん」
ボクが訊くと、揚羽は真っ赤な顔でどこか拗ねたように呟く。
なら、言わなきゃいいのに。
ボクだって恥ずかしいんだから。
「そ、そうだ、ハルくん! お腹空いてない?」
「まあ、空いてるかな。朝ご飯食べてないし」
揚羽に答えながら、ボクはチラッと腕時計を見やる。
十一時三十分。
昼食としては、それなりにいい時間だ。
「じゃ、じゃあさ! とりあえずお昼にしようよ。腹が減っては戦ができぬって言うし、食べながら午後何するか考えられるもん」
「ボクは大歓迎だけど……、もしかして揚羽、エスコートするって言っておきながら何も考えてなかったの?」
「い、いやぁー、エスコートすることからエスケープしちゃった、みたいな?」
「何ちょっと上手いこと言ったみたいな顔してるんだよ。全然上手くない、というか言いたかっただけでしょ」
「まーまー、細かいことは気にしないの。ほら、行こ?」
そう言って、揚羽はごく自然な仕草で手を差し出してきた。
だが、その顔は微かに赤らんでいて、瞳は期待と不安に揺れている。
ボクはその白い手をしばし見つめて、先ほどのカップルのことを思い出した。
……まあ、手を繋ぐぐらいなら大丈夫だよね。
どうにもボクは、揚羽の少し弱ったような目に弱いらしい。
そのことを自覚して溜め息を零しながら、ボクはそっと揚羽の手をとった。
◆
モール内にあるレストラン街に入ったボクたちは、手頃なイタリアン料理店に入った。
昼食にしては少し早めの時間の割に、店内はそれなりに混み合っている。
店員に案内されて店の中程にあるテーブルへ案内された。
「奥、座りなよ」
「あ、ありがと」
壁際のソファに座った揚羽に倣って、ボクも通路沿いのチェアに腰を下ろす。
コートを脱いだからか、多少体が軽くなった気がした。
「むむむ、メニューが多すぎて意思が揺らぎそうだよー」
ボクがテーブルの上にメニュー表を広げてみせると、それを覗き込みながら揚羽が悩ましげに声を上げる。
店に入る前に何を食べるか、店先に並ぶ食品サンプルを眺めてある程度目星はつけたものの、実際にメニュー表を眺めてみるとその豊富な料理の数々に、かく言うボクも目移りしてしまう。
イタリアン、ということなので当然パスタがメイン格に据えられているけれど、メニューに載っているピザの写真がなんとも美味しそうだ。
……ピザにしようかな。いやでも一人で食べるには多すぎるよなぁ。
当初の予定通り、大人しくパスタにしよう。
自分の中の誘惑を断ち切って視線をふいと上げると、そこにはいまだに真剣な面持ちでメニューを睨むようにして眺めている揚羽の顔があった。
姉妹らしく、可憐とよく似た端正な顔立ち。
だけれども幼さは残り、どこか子どもっぽい。
そう感じさせるのは、普段の彼女の言動や振る舞いが起因している気がする。
いつも元気で無邪気で、そこにいるだけで周りの空気を明るくする。
可憐とは対照的な、しかし掛け替えのない魅力を揚羽は持っている。
「? ハルくん決まったの?」
ジッと見つめすぎていたらしい。
不意に揚羽が顔を上げて小首を傾げる。
「うん、なんとかね。揚羽は?」
「むぅ、敵は中々厄介だよ。ピザにするか、パスタにするか。天秤がどちらにも傾かないんだよー」
「はは、ボクも丁度どっちにするか考えていたところだよ。まあでも、ピザは一人では食べきれないからね」
「そうだよねー」
パスタにしようかなーと少し残念そうに揚羽は呟く。
……ボクって本当、どうしようもないな。
「……揚羽、今お腹どれぐらい空いてる?」
「え? そりゃあ、ペッコペコだよ?」
「ボクもペコペコだ。今のボクたちなら、パスタとピザ両方食べられると思わない?」
「――! 思う思う! そうだよ、ハルくん。両方頼んじゃおうよ!」
途端に元気になった揚羽に頬を緩めながら、呼び鈴を鳴らす。
すぐに現れた店員にボクたちはそれぞれのパスタを頼んでから、ピザを一枚注文した。
「ハルくん、ありがとー」
店員が去ってから、揚羽がニパッとした笑みを浮かべた。
その笑顔を見ていると奇妙な居心地の悪さを感じて、ボクは顔を逸らしながら「ボクも食べたかったから」とだけ返した。
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