4、あったかいのお裾分け

「ハルくん、まだー」

「もう少し待って」


 リビングから飛んできた揚羽の声に、ボクは久しぶりに声を張り上げて応えた。


 完全に虚を突いた告白の後、揚羽は色々と冷静になったのか突然ソファに顔を埋めて悶絶し始めた。

 だが、しばらくして勢いよく顔を上げると、立ち尽くしていたボクに向かって「クリスマスイブなんだから、遊びに行こうよ!」と言ってきたのだ。


 最初はココアを飲んだら帰ってもらうつもりだったものの、このまま帰すのも流石に決まりが悪いのでその提案に乗ることにした。


 寝起きの状態で街に繰り出すわけにも行かず、揚羽に時間を貰って身支度を整えている状態だ。

 癖のある髪を手櫛で整える。


 普通、告白を振った後の男女間はギクシャクするものだと思っていたけれど、そんなことはなかった。

 揚羽が前向きな性格だからだろうか。

 リビングから聞こえてきた声も、いつもと変わらない。


『見てて! 絶対あたしに惚れさせてみせるから!』


「――ッ」


 先ほどの揚羽の言葉がフラッシュバックする。

 ……女の子にあれほどの好意を向けられることは、こんなにも嬉しくて、こんなにも恥ずかしいことなのか。


「ハルくんー?」

「っ、はいはい、今行くよ」


 再びリビングから揚羽の声が飛んできた。


 自分の両頬を叩いて気合いを入れる。

 浮かれていたらダメだ。

 ボクは揚羽の告白を断ったんだ。


 ……そうだ、ボクが好きなのは可憐なんだ。

 揚羽を可憐の代わりにしてはいけない。


 今一度胸に刻んで、ボクは洗面台の電気を消した。


     ◆


 しんとした冷たい空気が顔に張り付く。

 暖房の効いた家中にいたせいで、より一層寒く感じてしまう。


 コートを着ているのに体の芯が冷えてくる。

 ぶるりと体を震わせながら、ポケットの中に突っ込んできたカイロに触れた。


 正直、ここまで寒いとあまり効果がない。


「寒いね」

「クリスマスだもん」


 隣に並んで歩く揚羽にそう声を掛ければ、よくわからない理論を返された。

 ……そうか。クリスマスだから仕方がないのか。


「雪、降るかなぁ」


 はぁと両手に息を吹きかけながら、揚羽は空を見上げた。


 少し曇っている。

 念のために天気予報を見て来ればよかったか。


 普段は誰かと出かける予定があればその日何をするか、どこに行くかなどは前もってある程度考えておくのだけれど、今日は突然だったために何も決めていない。

 なので、揚羽と五分ほど話し合った結果電車で五駅先にある大型ショッピングモールで買い物をすることになった。


 クリスマスイブだから出かけよう、という話の割には行き先として至極普通ではあるけれど、恋人というわけでもないのだから丁度いいのかもしれない。


「手袋、していないんだ」


 しきりに手を摺り合わせているものだから、気になってしまう。

 見ると、ほっそりとした指が僅かに赤らんでいた。


「うーん、去年使ってた手袋なくしちゃったんだよねー。ほら、あたし結構ずぼらなところあるから。……お姉ちゃんは、きちんととってあったんだけど」

「? どうして今可憐の話が出てくるの?」

「っ、い、いやー、今日手袋着けていくの見たからね。……ぁ」


 そこまで言って、揚羽は固まった。

 そしてチラチラと、ボクの反応を窺うように覗き込んでくる。


 可憐が今日西条くんとデートに行っていることを気にしているのだろう。

 年下の女の子に気を遣わせるのはよくないよな……。


「ほら」

「ふぇっ!? あ、ちょっと、……危なかったぁ」


 ボクがポケットから取り出して投げたカイロを、揚羽は一度お手玉してからなんとか手の中に収める。

 そして、不思議そうに首を傾げた。


「あげるよ。ボクは別に寒くないから」

「いやいや、ハルくんついさっき寒いねって言ってたじゃん」

「言ったっけ」

「言ったよー」


 そういえば言っていたような。

 格好付けたつもりが裏目に出てしまった。凄く恥ずかしい。


 ボクが羞恥のあまり顔を背けると、揚羽はくすりと笑った。


「じゃー、ありがとう。貰うね?」

「う、うん」


 見ると、揚羽は受け取ったカイロを頬に押し当てて「あったかーい」と嬉しそうにしている。


「ねー、ハルくん」

「ん? わぷっ!?」


 突然、にゅっと伸ばされた揚羽の両手がボクの頬を押さえる。

 何をするんだと抗議しようとするが、上手く話せない。


 すると揚羽はふにゃりと顔を綻ばせた。


「えへへ、あったかいのお裾分けー」

「これってお裾分けなの……?」


 確かに顔がじんわりと暖かいけれども。


「お裾分けにはお返ししないとね。ハルくんにはカイロを貰ったから」

「じゃあ、ありがたく受け取ったからそろそろ離してくれないかな。……少し恥ずかしいし」

「っ、ご、ごめん」


 ボクが言うと、揚羽は弾かれたように手を離し、さっきまでよりも半歩分ボクから距離を取った。

 自分の行動を客観的に振り返ったのか、耳まで真っ赤にして俯いている。


 ……こういう、時々勢いで変なことをする辺りは揚羽らしいと言えばらしい。

 可憐にはない、揚羽だけの魅力とも言える。


 まぁ、巻き込まれる身としては辛いものもあるけれど。


 遠くから、電車が線路を走る音と踏み切りの音が聞こえてきた。

 先ほどまで感じていた顔に張り付く空気の冷たさは、内側からじんわりと昇ってくる熱によって消え去っていた。

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