3、六年越しの宣戦布告

「ええと、えっと……」


 今、揚羽はなんて言ったんだ。

 ボクのことが、好き?


「――ええっ、嘘!?」


 言葉の意味を理解して、ボクは思わず立ち上がっていた。

 対して揚羽はソファに腰を下ろすと、恥ずかしそうに顔を伏せて小さく頷いた。


 流石にこの反応を前にして、「それってLIKE? それともLOVEの方?」なんてことは訊かない。

 それは揚羽に失礼だ。


 それはそれとしても、突然の告白に考えが纏まらない。

 今まで女の子に告白されたことなんて一度もなかったから。


 立ち上がったまま固まっていると、揚羽が俯いたままポツリポツリと話し出した。


「小学四年生の頃から、……ううん、もしかしたらそれよりもずっと前から、あたし、ハルくんのことが好きだったの」

「小学四年生って、揚羽は今中学三年生だろ? ろ、六年も前から?」


 とても信じられない。

 というよりも、今まで全くそんな素振りは見せてこなかった。気付かなかった。


 ボクが面食らっていると、揚羽は不満げに顔を上げてぷぅと口を尖らせる。


「ハルくんだって、お姉ちゃんのこと六年以上も片思いだったくせに」

「な、なんで知ってるの!?」


 揚羽が言ったとおり、ボクが可憐への恋心を自覚したのは今からもう六年以上も前の話だ。

 そのころから見透かされていたというのか……!


 ボクの問いに、揚羽はふっと儚い笑みを浮かべる。


「わかるよ、ハルくんがお姉ちゃんと話しているのを見ていたら。だから、あたしもずっとこの気持ちを言えずにいた。仕舞い込んでいたんだよ」

「…………」

「でも、お姉ちゃんに彼氏ができたって聞いて、それで、これはチャンスだって……」


 一度弾んだ声音が次第に尻窄まりしていったのは、失恋したボクのことを思ってだろうか。

 優しいな、と。他人事のように思った。


 一度言葉を句切った揚羽は、やがてガバリと勢いよく顔を上げると再び正面からボクの顔を見上げてきた。


「ね、ハルくん。あたしと付き合おうよ! ……お姉ちゃんの、代わりでいいからさ」

「――――」


 揚羽の声が、僅かに震える。


 ボクが可憐のことを好きで、そして失恋した今でも彼女のことを想っているということをわかった上で、揚羽は言っているのだろう。

 そこまでボクのことを想ってくれていることが、本当に嬉しい。


 ……可憐の代わり。


 確かに、姉妹である二人は顔つきもよく似ている。

 穏やかな性格の可憐とは対照的に揚羽は活発的なところがあるけれど、そこに目を瞑れば確かに代わりになり得るのかもしれない。


 だけど、やっぱりそれはダメだ。


「……揚羽の気持ちは嬉しいよ。嬉しいけど、やっぱりダメだよ。揚羽は揚羽だ。可憐の代わりにはなれないし、なってもいけないんだ」


 絞り出すように、ボクは揚羽に告げた。


 彼女がどんな気持ちで「姉の代わりでいい」と言ってくれたのか。

 その気持ちを思うととても言い辛いことだったけれど、逃げてはいけないと思った。


 ボクの返答を聞いて、揚羽は瞠目すると目尻に薄らと涙を浮かべ、そしてそれを隠すように俯いた。


「やっぱり……」


 両肩が震えている。声も、震えている。

 やがて揚羽は顔を上げると、泣きじゃくりながらいつものように元気に笑った。


「ハルくんなら、そう答えると思ってたよ。……だからあたしは、ハルくんのことが大好きなんだっ」


 面と向かって言われて、ボクはなんと返せばいいのかわからなかった。

 揚羽は健気に笑っている。けれど、彼女は今失恋したのだ。他でもないボクの言葉によって。


 その失恋の気持ちを、ボクは痛いほどにわかっている。

 そうまで思うのなら、いっそ彼女の提案を受け入れたらよかったのでは。


 一瞬そんな考えもよぎってしまったけれど、こんなにも自分のことを想ってくれている少女を、誰かの代わりにするなんてことはできなかった。


 ごしごしと服の袖で涙を拭った揚羽は、「よしっ」と気合いの入った声と共に両頬を叩く。

 そして覚悟に満ちた瞳でボクを捉えると、ビッと人差し指を突き出してきた。


「見てて! 絶対あたしに惚れさせてみせるから!」

「――――」


 不覚にも。そう告げた揚羽が浮かべる笑顔に見惚れてしまった。

 当の本人はと言えば、自分で言って恥ずかしくなかったのかすとんとソファに座ると、また俯いた。


「そ、それに、受験が上手くいったら、来年からハルくんと同じ高校、だし」


 そういえば、揚羽の第一志望はボクらが通う淀岸高校だったような。

 姉である可憐と同じ高校が良かったのだろうとその話を聞いたときは思ったけれど。


「……まさか、ボクと同じ高校だから?」


 ボクが訊くと、揚羽はふふんと得意げに鼻を鳴らした。若干の羞恥を交えながら。


「今更気付いたの? 本当、ハルくんは鈍感すぎるよ。……来年からよろしくね、せーんぱい!」


 若干照れくさそうな笑顔を浮かべてそう言ってきた揚羽に、ははっと乾いた笑みを零す。


 初恋の幼馴染みに彼氏ができて失恋したこの冬に、ボクは幼馴染みの妹に告白されてしまった。

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