2、クリスマスイヴの告白
可憐の告白から一週間が経った。
世間では、今日がクリスマスイブだっただろうか。
ボクはと言えば、自室のベッドの上で塞ぎ込んでいた。
可憐のことは好きだ。
好きだからこそ、彼女が笑って生きていけるのならそれでいいじゃないかと何度も割り切ろうとしたものの、ボクは自分で思っていたよりもずっとデリケートだったらしい。
結局、学校以外のほとんどの時間を、ボクは自分の部屋で過ごしていた。
「ボクって、可憐のことが本気で好きだったんだな……」
ベッドに仰向けに寝転がったまま額に腕を当て、天井をぼんやりと見上げながら呟く。
自分で口にした言葉が可笑しくて、ははっと力なく笑った。
今更それに気付いたところでどうしようもないのに。
ふと部屋の隅にある勉強机の上を見ると、そこには可憐と、可憐の妹の揚羽に渡す予定だったクリスマスプレゼントが綺麗に包まれた状態で置かれている。
……そのうち、渡そう。
ひとまず今はもう、一歩も動きたくない。
この数日間、ずっと眠っているような感覚がある。
眠たくはないけれど、意識を闇の底に沈めておきたい。
なにも考えたくない。
ボクは、この一週間何度も繰り返してきたようにゆっくりと目を閉じた。
――ピーンポーン、ピーンポーン。
「……?」
家中に鳴り響いたインターホンの音に、ボクは反射的に上体を起こしていた。
だが、家族の誰かが出てくれるだろうと思い直して再び横になる。
――ピーンポーン、ピーンポーン。
再度、頭に響く音が鳴った。
「……そうか、父さんも母さんも温泉旅行か」
少し癖のある黒髪を掻き上げながら、ボクはベッドから下りた。
毎年クリスマスのこの時期になると、両親は温泉旅行に行く。
当然ボクも誘われるのだけれど、ボクは可憐の家でクリスマスパーティがあるからと、毎年断っていた。
今年も、断っていた。
「はーい」
重たい体をなんとか引き摺って、緩慢な動きで階段を降りる。
玄関の扉をゆっくりと押し開けた。
「あーっ、やっと出てきた! おはよう、ハルくん!」
「……揚羽」
扉の前に立っていたのは、黒髪をツインテールに纏めた元気そうな少女――可憐の妹、相沢揚羽だった。
ボクは玄関脇にある時計に視線を移す。
午前九時二十分。
「何か約束してたっけ」
「ううん、なんにもー。揚羽が勝手に押し掛けてきただけだよっ」
「押し掛けてきたって、……まあとりあえず入りなよ。外、寒いだろ?」
「はーい、お邪魔しまーす」
このまま外で話していても仕方がないので揚羽を家の中に招き入れる。
そのままリビングに案内した。
「なに飲む? ココア? 紅茶?」
「ココア!」
元気に答える揚羽に、自分もなんだか元気になったような感覚を抱いてしまったことに思わず苦笑する。
リビングでは、揚羽が着てきたベージュのコートを脱いでソファの背にかけていた。
ボクは瓶に詰められたココアの粉末をマグカップに入れて、電気ポットのスイッチを入れる。
コポコポと真っ白な湯気を上げながらお湯が注がれていく。
「それで? なんの用?」
ティースプーンでゆっくりと混ぜ溶かしながらキッチンカウンター越しに揚羽に問うと、ソファに座って足をパタパタと揺らしていた揚羽は口を尖らせて答えた。
「だって、お姉ちゃん今日デートに行ってて暇だったんだもん。ハルくんも暇してるかなーって」
「うぐっ」
今それを言われると、結構辛いものがある。
チクリと痛んだ胸を押さえていると、揚羽は少し悲しそうに笑っていた。
「確かに暇だけど、どこかに行く気分でもないんだよ。悪いけど、これを飲んだら帰ってくれない?」
そっと揚羽の前にココアの入ったマグカップを置きながら告げる。
正直心苦しくはあるけれど、今の心理状態で彼女と過ごしても楽しんでもらえる自信がない。
テーブルを挟んで揚羽の対面のソファに腰を下ろしたボクは、ふーふーとネコのイラストが入った自分のマグカップに息を吹きかける。
揚羽は両手でマグカップを持ち上げると、神妙な面持ちで呟いた。
「……わかってるよ。ハルくん、お姉ちゃんのこと大好きだったもん」
「!? ごほっ、けほっ、――きゅ、急になにを言い出すんだよ!」
危うく口に含んでいたココアを吐き出してしまうところだった。
抗議の視線を向けると、揚羽は真っ直ぐこちらを見つめていた。
「ハルくん、お姉ちゃんのことずっと好きだったんでしょ? だから、お姉ちゃんに彼氏ができたって聞いて塞ぎ込んでるんじゃないかなーって。そうしたら、ビンゴ。目元、腫れてるよ」
そう言って、揚羽はリビングのテーブルに置かれていた手鏡をそっと差し出してきた。
受け取って、覗き込む。
……ひどい顔だった。
揚羽になにもかも完全に見透かされて、ボクは言葉を失った。
失恋を、よりにもよってその相手の妹に言い当てられるなんて、悔しいというよりも情けない。
揚羽はそっとマグカップをテーブルの上に置くと、なぜか少しだけ嬉しそうに口角を上げた。
「でもまあ、ハルくんにはそれぐらい悲しんでもらわないと割に合わないからねっ。……あたしはずーっと、今のハルくんと同じ気持ちだったんだから」
「? それって、どういう……?」
ボクが聞き返すと、揚羽はむっと頬を膨らませた。
どうやら怒らせてしまったらしい。
全くもって心当たりはないけれど、謝った方がいいのかな……?
ボクが考えこんでいると、揚羽はふっと表情を緩めると小さくため息を零した。
「相変わらず、ハルくんは鈍いんだから。まあ、お姉ちゃんもだったけど」
「?」
揚羽の言っていることの意味がよくわからない。
首を傾げていると、揚羽がローテーブル越しにずいと身を乗り出してきた。
「本当、鈍いんだから。……ハルくんのことが好きだって言ってるの!」
「……え」
頭の中が、真っ白になった。
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